289話 ハイビスカス壮行会
新章、拐われた花嫁偏の開幕で御座います。
果たして、花嫁は誰なのか。
壮行会当日。
先頭に居並ぶ顔ぶれに、壇上のブルメリア王は口をあんぐりと開けた。
細い琥珀色のアイグラスがずり落ちる。民衆の面前だ。予想だにしなかったんだろうけど、参列者からは特段声は上がらなかった。つまり、いつもの興行か何かか?
「な、なな、何でオメーらがそっちっ側に居る!? いや、キョトンとされてもな、ボクまた何かやっちゃいまいしたみたいにされてもな!!」
王の指す先に並ぶ顔ぶれ。
15名のエルフを背に、ハナキリンさんが居た。向かって右側にスイレンさんとランギクくんが胸を張っていた。左側には、ダンジョンで見たリーダー格のエルフに、もう一人はよく王の側に控えていたエルフだ。確か大戦士と言ったような。アザレアでいう大将軍かな。
「派遣団の定員はあれど、その資格は本人の希望が優先されたはずです。ならワタクシがそこに加わろうが何ら問題は無いかしらー」
「大アリじゃねーか!!」
「無いかしらー」
「いやいや、一国の王妃なんだよ? 開拓の支援部隊に混ざって技術交流の遠征に出るとか無いわー、いやほんと無いわー」
ぱん、と自分の額を叩いた。
民衆もこれにはどよめいた。
「それにハニーだけじゃなく」
ブルメリア王が、目を覆った手のひらの隙間から他の面子をチラ見する。
いや普段からハニー呼びなのかよ。
「スイレンはまぁ放蕩者として、何でランギクまで連れて行くんだよ? おじちゃんのそばですくすく育ってくれよ?」
「陛下のおそばに一人置いて行けないからです」
スイレンさんがピシャリと言ったもんだから、王様はさらに情けない顔になった。普段の行いだな。
「アラマンダ、オメェはSランクに昇格したばかりだろ。故郷に残って冒険者界隈を盛り上げるじゃなかったのかよ」
ダンジョンでガラ美が世話になった一団のリーダーだ。Sランクになったってのは、俺たちと会う前に何頭かワイバーンを狩ったからかな? 純粋なドラゴンには及ばないが、短時間で複数体ならワイバーンでも認められるはずだ。
「Sランクを拝命したからこそ、外界へ赴き我がハイビスカスを喧伝すべきかと存じます」
「勝手に赴くなよ!! そういうことは相談してから決めろよ!! めっちゃ国を巻き込んでるじゃん!!」
「ですので、王妃様に相談申し上げた次第でして」
あちゃーと頭を抱え出した。
そうか。
奥さんの機嫌を損ねると大変か。気をつけよう。
「?」
俺の視線に、クランが可愛らしく首を傾げる。
「んじゃあれだ、そっちだ。モカラ大戦士。流石に駄目だろ? 戦士長の欠員が出て軍備の再編が迫られてんのに、大戦士何で国外行っちゃうのよ?」
「王族が森から出られるのです。自分が護衛せずに何とされましょう。何より我がハイビスカスの戦士は勁兵揃い。安心して後は任せられるというもの」
「ほら見ろ、王族が出てっちゃうからみんな迷惑するんだよ!? な? 王妃や甥兄妹が遠征なんてやめよ? な?」
スイレンさん達、甥叔父の関係だったのか。ランギクくんも叔父さんって言ってたけど。
「ブルメリア王よ。かくなる上はこのモカラ、大戦士の称号に恥じぬようハイビスカスの威光を世に知らしめて来ましょう」
「オメーも言葉のチョイスおかしいし。いや、ふんすってされてもな、いや」
撫めようとする王様をそっちのけで、スイレンさんが勝手に登壇する。スタスタと行くから誰も止められない。群衆が今か今かと見守る中、その細い右腕が振り上げられた。
「ハイビスカスに栄光あれ!!」
民衆が同じ動作をとる。
「「「ハイビスカスに栄光あれ!!」」」
「おいこら、まだ話は――。」
グラサンがまだ何か言ってるが被せるようにアナウンスが流れる。
『えー、続きまして余興に入ります。のじゃ村長様で曲はお馴染み【土器メッキポポロン】。張り切って歌ってもらいましょう』
暗黒偶像崇拝のようなひらひらした衣装姿ののじゃロリ村長がマイクを持って現れる。
「皆のものー!! いくのじゃー!!」
「「「おおおっ!!」」」
はいっ!! はいっ!! と掛かる声援がうるさい。
そしてボルテージの上がった会場に、低音響くグロウルボイスで歌い出した。
男女の差が一見して判別しづらいエルフだが、今回の開拓支援隊は女性が多いような気がする。早い所、選考委員から人事の引き継ぎをすべきだが、当の委員長まで開拓に付いてくる気だ。
「内定の五人ってのはハナキリン王妃たちだったか。スイレンさんのアレは茶目っ気にしては大事ですよ?」
「無為徒食でこの時を待っていたわけでは無いの。ハナキリンでいいわー。これでも冒険者時代は長かったんだから」
「ご支援は有難いのですが、女性が多いな。ハナキリンさん」
「多いかしら? 7名なら半数といったところよ?」
「男所帯になると思ってたんだよ!! ハイビスカスの民は森の民族だからアルストロメリアの踏破は苦にならないだろうけど。むしろそのノウハウを期待しての申し入れだけど。それでも遠征になれば男の方が気遣いが無いでしょ」
「冒険者にだって女性は居るわー?」
うちの面子に目を向ける。
それを言われると、女性どころか貴族令嬢なんだよなぁ。
整地が終わった後の開拓団後続組なら分かるけど、わざわざパーティに参加を望んできたちょっと待って!!
「選考の第一条件!! まさか女の子たちもみんな志願なの!?」
「見た目はこうだけれど、その大半は人妻よ?」
「家庭にさざなみ立てるなよ!!」
「大丈夫、小さな子が居る家庭じゃないから心配は無用なんだからー」
「あ、そうか。男性エルフが伴侶か。それで半数」
「いえ、特に関係無いわね」
「関係ないの!?」
「関係ない人たち」
「いや奥さんだけ旅に出させちゃ駄目でしょ」
「サツキさんの可能性に掛けてみたいのよ」
そう言って同胞たちを慈しむような目で見る。ハナキリンさんは、ワタクシも、と付け加えた。
「俺の可能性? 確約できるものなんて無いぞ?」
「そこは分かるものでは無いわ」
しれっと言いやがって。
「でもね。愛する人と三日間も繋がっていたサツキさんなら、きっとエルフ族が直面する少子化解消への足がかりになるって、信じさせてくれたっていいじゃない?」
「誰から聞いたの!?」
「よほど嬉しかったのね。ちょっと当てられてしまったわ」
「本人かよ!!」
クランの姿を探した。
あ、開拓支援隊の女性エルフの前で何か講義を始めた。クランが身振り手振りで説明するたびに、エルフのお姉さんたちからキャーキャーと黄色い歓声が上がる。
次第に激しくなるジェスチャーに、差し込む日差しが強くなった気がした。
「そうした溺惑はもっと秘めて欲しいが」
「きっとおかわりが欲しいのね」
え? 俺さらに搾り取られるヤツ?




