287話 生命への冒涜
1話からおかしかったヒロインが違う方向でおかしくなっていきます。
冷徹な美貌の上に掴みどころの無い立ち居振る舞いが、滲んだ色気の正体だと知った。
相反する二つの推論が同じだけの妥当性を産み続ける。そんな魅力が彼を只者と思わせない。
そして今、テーブル席に隣り合っていた。何故だ?
「ゴクリ」
誰かの唾を飲み込む音が、静謐な聖堂に鳴る。あ、いやイチハツさんだ。これイチハツさんだ目が爛々としてる。
彼女だけでは無い。
この一瞬を見逃すまいと、その場の視線が集中した。
……ご期待に添えるような話じゃ無いからね? みんな揃っての昼食だからね?
「開拓支援団体の選考委員を任されててね。最初の段階で五名は確定してるけれど、残りの15名については選考中なんだ」
「そんなに手配して頂けるのか?」
「うん、今日になって応募要項に一筆入ってね。本人希望を優先するとなった途端、希望者が一気に増えた」
「それは、まぁ手間を掛けさせた。手が回らないなら俺が……あ、いいえ何でもないです」
スイレンさんとは反対側の隣。左手の席に陣取ったクランの手刀が脇腹に入った。武人の抜き手だ。
分かってる。今日も出て行ったきり、なんてのは流石に不誠実だ。
今夜が決戦と心得た。
「気に病まないでおくれ。応募の増加はサツキさん達の奮戦への感謝の現れだから。虎人族の護衛や、イワガラミさんの迷宮調査クエスト。そしてハイビスカス防衛戦。感謝の念に絶えないというやつさ」
本当、数日で色々ありすぎて……特に昨日。
「ただ厳選を重ねる必要があるから、そこは時間を掛けさせてもらうよ」
「こちらとしては願ったりだが、いいのだろうか? スイレンさんや選考委員を拘束する事になるが」
「その間はゆっくり過ごしてくれ。王宮にも部屋を用意したけれど、あの館を近くに広げてもらってもいい。陛下も了承してるから遠慮なく」
ハナキリンさんを見た。
可愛らしいガッツポーズが返ってきた。
「何日掛かるのだろうか?」
「四日だね。五日後には壮行会を開く予定だけれど、サツキさん達はそちらの都合で旅立ってもらってもいいよ」
「いや参列する。セレモニーに居ないんじゃ王家の面目だって立たないでしょ」
「お気遣い、有り難く」
「五名は決まっていると言ったが」
「そこは、んー、うん。当日のお楽しみという事で」
はぐらかすか。
彼なら悪いようにはしないだろう。要するに丸投げだ。
「物資の補充に対応してくれるのはありがたい」
「正当な報酬とでも。最も僕としてはランギクを助けてくれたお礼には足らないと思っているけど」
何の話しだっけ?
ああ、ハイビスカスに入って直ぐの頃か。つい先日なのに何ヶ月も前の出来事のような気がする。
「あ、そうだワイバーンだ」
「外で待っているね。よく躾けられている」
「もう一体出すけど、許可とかいるかな?」
「サツキさん達で制御してくれるなら特には。街から外れてくれれば、こちらとしても止める理由は無いから」
「さっき掘削機器を試射した岩場でやろうかな――クラン、食事が終わってからでいいか?」
隣を見ると、頬を染めながらボソボソ呟いていた。
大丈夫かこの子?
「……腕、組んでも……いい?」
腕どころか体全身を絡める勢いだ。
「ちょ、近い」
「……こうでもしないと……父と母って認識……しずらいかも」
先ほど槍を試した岩場だ。
ワイバーンの孵化が珍しいのか、神殿にいたエルフたちも集まっていた。流石にイチャつくには視線が多い。
「さっさと始めよう」
ストレージの卵を地面に置く。
もう一つ。青い玉を取り出す。日差しが入り込むと玉の中身が湖面のように揺らいだ気がした。
「手を重ねて」
「……ん」
俺にまとわりついたまま、小さな手が青い玉に重なる。
キマグロ攻防の時はやらなかったが、クランの魔力操作で介入できれば孵化時の成長に余裕が生まれる。
「始まりますわ」
背後でイチハツさんが息を呑む。
あの時は空中戦での突貫だったものな。
「……熱は……無いのね」
俺たちの手のひらで上下に挟まれた玉が、透明な光を溢す。
地面に置いた卵が僅かに震える。頂点にひびが生まれた。やがて上半分を破り小さな命が生まれる。
そうだ。命だ。
躊躇った理由がそれだ。魔物とはいえこちらの都合で命を軽んじて、『あはははは!! さぁ進め!! 斬れ!! 斬り倒せ!! 俺に斬られたくなければ迫る魔物を全て斬り伏せて見せろ!!』うんこれは無いわ。
「俺、最低だな」
「!? ……どうしたの……今更」
え!?
「ほら……出てきたわ……そんな顔しないのよ、パパ」
「お優しいママなことで」
じっくり魔力調整をしたせいか、卵の殻を破って現れたのは先のワイバーンよりも大き目の固体だった。或いは最初から品種が違うのか。
「このままある程度まで成長させる」
「……ある程度? 曖昧な指示は……感心しないわ?」
「飛べそうなくらいを目指そう」
「みるみる育っていく……この時点で……イチハツちゃんの子よりも……お大きいわ?」
「切り上げる!!」
青い玉、つまりはダンジョンコアをストレージに仕舞う。
「経過時間はそれ以下なのに、やっぱクランの魔力操作の差かな」
「それって……つまり……。」
期待を込めた眼差しが見上げてきた。
俺の口から言って欲しいのか。
「ま、俺とお前の子ってことでいいんじゃないのか?」
「……うっしゃ」
小さく腰溜めにガッツポーズを作った彼女が、妙に可愛らしくて仕方が無かった。
それからフラフラとワイバーンに近づいて行く。
「やっと……やっと産まれて来てくれた……私とサツキくんの赤ちゃん……。」
一気に成長させちゃったけどな。生命の冒涜だよこれ。
「ふふ……ふふふ……私の赤ちゃん」
やばい笑みに顔を歪めてる。大丈夫かこの女?
「おめでとうございます奥方様。母子共に健康で何よりですな」
「心が疾患してる風なこと言ってるけど!?」
次回、ハイビスカス偏最終話。




