284話 マイヨウレン
十六身はいずれ全員登場予定ですが、
こんなのをあと11体も出すのか……。
「落ち着いた所で、始めようかしらー?」
何も落ち着いちゃいねー。
「式はワタクシが取り仕切らせて頂くわ? 子供たちのお母さんも巫女として資格があるから安心して」
「……いや、この人らパンツ履いて無いんだよね? 安心? ん?」
「ふふふ、降臨式の正装は着衣の一歳を纏わぬ事よ。流石に目のやり場に困るからって今ではこんなローブを着せられちゃったけど」
「何!? つまりその中身は――。」
「ご想像の通りよー?」
なんて事だ。
こんなんで儀式とか、邪教の所業じゃねーか。
「……ハナキリン様……私たちは……?」
「巫女じゃ無いからそのままでいいわー?」
「そう……脱いじゃ駄目なのね……。」
何で残念そうなの!?
「それじゃあ、祭壇に向かって皆様、合掌よろー」
軽いなおい。
全員がハナキリンさんに従うと、正面の女神像の目がムーンって光った。
それからは、祝詞だ踊りだ一発芸だと、色々怪しい儀式が続いた。食器を倒さずテーブルクロスを引いたり、水を浸したグラスを並べて演奏したり、ノコギリのほわわーんでおーまーえーはーあーほーかーしたり、アクションしながらカクテル作ったり――もはやマチアキの域だ。帰りたい。
しかも、肉感的な稜線を張り上げる薄布の向こう側は、みんな全裸なんだよな。あ、帰るのもうちょといいかな。
「我らが女神は降りて来ませり。我らが女神がこの地に。それでは皆様。いってらっしゃいませ」
ハイビスカス王妃の祈りの言葉に押されるように、俺たちの指先が、足が、腕が、徐々に白白とした輝きに溶け込んだ。
どこかで見た空間だった。
厚みが無い。奥行きがない。なのに広大で、果てしない。
部屋という表現が適宜か疑問だが、お馴染みリンノウレン達と最初に会った例の白い部屋だ。
……いや馴染んじゃ駄目だよな。
空気の動きを感じた。
その瞬間まで停滞していた事に気づかなかったとは。
正面に、白いカクテルドレス姿の何かが居た。
何か、だ。
ドレス以外剥き出しの肌は、輪郭も色も滲んでいた。実体かも判然としない不確かな存在に、しかし恐怖は感じない。
思い出したように仲間たちを確認する。
クラン、ガザニア。居る。正面の存在に跪き、頭を下げている。凝視するのを恐るように。
同じくガラ美。むしろコイツの言動を直視するのが最近は恐ろしくなってきた。今だけは何も漏らさないで欲しい。
スミレさんたちご令嬢。全員居るな。クランに習い跪くが、凄くソワソワしてる。
ネジバナ、ストック。もう血の気まで引いていっそ蒼白になっていた。
エルフ達は居ない。本当に俺たちだけか。
「……サツキくん……どうして平然としてられるの……?」
彼女にしては珍しい。絞り出すような声だ。そうか。誰も喋らないと思ったら、誰も喋れなかったのか。
「二度ほど死んでりゃ、慣れもするさ」
この場所が何か知っている。
女神の謁見の間なんかじゃない。こいつは比良坂の一種だ。エルフの女どもめ。いくら信仰が厚いからって、黄泉路を擬似的に構築し放り込みやがった。
「来るぞ」
正面の変化をいち早く感じ、周囲に警戒を促す。言ってから警戒したところでどうしようもない事に気づく。
正面で、肌の部分が輪郭を獲得した。細く白い手足としなやかなくびれ。それでいて溢れんばかりの谷間を持つ胸部。その上の首から先には、ウエーブがかったセミロングの美貌が乗っていた。
女神『マイヨウレン』。十六身の一柱よ。
「さて、教義は知ってても実践が伴わない無作法者だ。何と挨拶申し上げたらいいか」
俺の切り出しに、全員がギョッとなりこちらを見上げる。
俺だけが自然体だった。
「冒険者サツキと、その仲間たちよ」
銀鈴のような声が響く。
きゅんきゅん来る声だ。
「この度はマイヨの仲間がごめんなさい」
うちの面子が騒然となった。公爵令嬢ですら驚きを隠せない。
女神が頭を下げたのだ。
両手を下へ真っ直ぐ伸ばした、美しい姿勢での礼は見惚れるものがある。
いや、そうじゃなくて、
「急に詫びられても困るよ? ほら、うちの連中も突然の事でビビってるビビってる」
「どうか顔を……お上げ下さい、マイヨウレン様……。女神様に……お詫びいただく事など、何も……御座いません」
クランの呼吸が荒い。あまりの事態に過呼吸になってる?
「いいえ、冒険者サツキ。マイヨの仲間が変な事を言ったせいで、サツキの元に己のパンツを手にした年上の女性が次々と蝟集する事態になり」
「待て待て!! これお前らの仕業だったの!? ……いてて!!」
クランがぎゅっと俺の脇腹を抓ってくる。
コイツ、いつの間にこんな握力を――俺がゴリラパワーが好きだとか言ったからか?
「サツキくん……女神様に失礼な態度をとることは……看過できない」
普段は無気力な瞳に、ギロリと睨まれる。
こんな表情は初めてだな。
「いいのよ、可愛らしい魔法使いさん。そこのサツキとはマイヨも知らない仲では、」
「どこでこんな……美人さんな女神様と……知らぬ仲になったの……?」
「痛いって!! ちょ、お前、ステップ踏まないと防御盾も使えないんだから!!」
「何年一緒に……のたくったと思ってるの? ……サツキくんのスキルの弱点くらい……承知しているから」
「いっ、脇腹がもげるっ!!」
「あの、クランちゃん? その辺にしておいてくれないと、話が進まないというか、ね? ヤキモチはその辺で、ね?」
女神が戸惑っている。
俺も戸惑っている。
「お言葉ですが女神様……こちらのサツキ、年上の女性にだらしない面が多々あり……一昨日も……私の事を可愛がってくれると言いつつ村の女丸ごと懐柔したり……。」
「うんうん、分かったから、落ち着こうクランちゃん? サツキ、そろそろ顔色がヤバい事になってるわよ? 力を抜いて上げて? 男の子はちょっと痛いくらいが気持ちいいのよ?」
女神が何か適当な事を言い出した。
そっか。
俺はコレに巻き込まれたのか。
「マイヨウレン様が……そう仰せなら……。」
コイツらの仰せを鵜呑みにしてはいけない。
「理由は聞かせてもらえるだろうか? この世界のパンツの理を」
「マイヨたちの世界が変な理になってしまったわ?」
女神がしょっぱい顔になっていた。




