282話 読経を聞くと
愛の結晶、だと……?
何ことだr、あ背後のイチハツさんが首を縦にブンブン振ってる。
えーと……。
イチハツさんは首を縦にブンブン振っている。
……。
……。
頭上を見上げた。館の上空500メートル付近をワイバーンが緩やかに旋回していた。
そうか。
スミレさん達か。
「アレは刷り込みだ。孵化に同行していたのが俺たちだったってだけで、等親などの親族関係には無い」
背後のイチハツさんの首の動きが激しくなった。オウムか。
「イチハツちゃんの事は……母上だって……。」
拗ねたように唇を尖らす。
イチハツさん以外の全員が。
って、何でネクロシルキーもちゃっかり混ざってんだよ!? 流石に霊体まで刷り込みの対象になってたら、卵育なんて無理だぞ!!
「あの、厚かましいようですが」
恐る恐る、イチハツさんが小さく手を上げる。
「ワタクシが言えたことではありませんが、せめてクラン様だけでも同じようには出来ませんか、あなた? ――ひぃぃっ!?」
最後の余計な一言にクランが背後を振り向いた。冗談のつもりで虎の尾を踏んだな。
イチハツさんが「ナンマンダブ、ナンマンダブ」と唱え出した。
そしたらネクロシルキーが苦しみ出した。
……お前ら自由すぎるだろ。
「イチハツぢゃn……それ、どういう、意味がなぁあ……?」
「ひぃぃ、で、出来心でしたっ、何卒、何卒お許しを!! ナンマンダブ、ナンマンダブ!!」
「ぬぉおっ!! 我が子孫がこの期に及んでワタクシを祓うと申すか!! ぬぉお!! おのれー!! おのれー!!」
……いやほんと、勝手が過ぎるだろ?
「あれ、ちょっと待ってネクロ女将さん? イチハツさんはプリーストじゃないのに何でソレ効いてるの?」
「変な呼び方をしないで? それにワタクシ、読経を聞くとエッチな気分になるのよ?」
「ナンマダブ!! ナンマンダブ!!」
「んなわけ無いわ? サツキさん、お馬鹿?」
いかん、あまりの事に取り乱してしまった。
女性陣の冷ややかな視線が集中する。結果的にイチハツさんを助けた形になったが。
「と、ともあれアルストロメリアが落ち着くまではワイバーンの飼育に掛かる維持費も割けない。優先はあくまで人間だ――あー、もう、そんな顔するなよ。クランの分だけだからな?」
「……うん……嬉しい」
「ワタクシ達も依存はありませんわ。イチハツさんの場合は緊急な防衛に必要と伺っています」
スミレさんがそう言ってくれるのは助かる。
「ただ、あの件は全員に行き渡ることもできましょうや」
ん?
「何の事か分からないという顔をされてますわね」
「話が見えないが」
「……サツキくん……私も彼シャツしたい」
そっちもか!!
「分かった。善処しよう」
「これなら……みんなで出来る……。」
「え、全員分? いや、無理じゃないけど……承知した、夜に行おう」
「今じゃ……駄目?」
「これから王宮に行くのに皆んなが彼シャツして謁見したらエルフが恐怖に駆られるよ?」
そんな集団引き連れるのも嫌だ。
「テメェ、見かけによらずヤルじゃねーか!! 村一つをハーレムにしちまったんだってなぁ!!」
応接間で迎えたブルメリア王の顔には、昨日別れた時には無かった引っ掻き傷や青たんが増えていた。あの後も色々あったらしい。
「だけどな!! 女には充分気をつけないとな!!」
その姿のあんたが言うと重みが違うな。
だから笑うな。ピッタリ寄り添うクランを見て変な笑みを浮かべるな。
「謁見じゃないんだな」
広々とした応接間は王族のものだけあって、うちの面子が納まっても余裕があった。
全員と言っても虎人族はオカトラノオだけが出席した。彼の配下は引き続き警戒に当たっている。
……いつの間にか俺の傘下になったな、虎人族。
「子供たちの事は、礼を言っても言いたりねぇ。共和国からの防衛だってそうだ。救国の英雄じゃんかよ。コノ、コノォ」
肘でつっつく動作が、なんかむかつく。
「義理を果たす気は残ってるようで安心したぜ」
勤めて無表情、無感動を装う。
この人が分かってきた。ハイビスカスの王族だ。この挙動も計算のうちなら油断はできない。
「おう!! もう感じまくりよ!! 王様まいっちゃうっ!!」
……計算のうちだよね?
いかん、違う意味で不安になった。
「勝手にまいっててくれ。こちらは当初の申し入れた派遣の手配が滞らなければ、もうそれだけで多くは望まない」
だがアネモネの受け入れは話が別だ。それこそアザレアの行政だって関わる問題だから。
そういや、シラネさんとにゃーは滞在してるんだよな? 接触できれば良いけど、ハイビスカスがそれを良しとみない場合、もう一手間考えなくちゃ。
「ブルメリア陛下……人員の件で一言よろしいでしょうか……?」
意外にもクランが申し出た。何だ? 打ち合わせしてないぞ?
「おう!! おじちゃんに何でも言ってくれ!!
おちゃらけた王にクランは背筋を伸ばした。
胸の慎ましさが際立った。
「人選を選考されてるとの事ですが……前提として……本人の希望で募って頂きたくお願い申し上げます……。」
一瞬だけ俺に殺気を飛ばした後、凛とした声で訴えた。申し上げると言いつつも横暴な物言いだな。無理に推し通したいのか? 聞いてないが?
「立候補ってか!! そりゃいいがよ。能力値が選考基準を下回る事だってあんだろ?」
あれ? おっさん意外にも考えてくれてる?
「ステータスより希望を優先したいのです……優秀でも、やる気が無ければお互い不幸です……選抜には、多少なりとも因果を含める形なりますでしょう?」
回りくどいな。
それでも王は、変わらずニカっと笑った。
「いいぜ、分かった!! 第一基準を本人意識と、第二基準をスペックにする。立候補がある程度数になりゃあ、説得の手間も省けるだろうしな!! おーし、それじゃあオレからは以上だ。次は――。」
応接間に、瑞々しい木琴楽器を叩くようなノック音が響いた。
王に促されると、ハイビスカスでは珍しい厚手の外套をすっぽり羽織ったハナキリンさんが現れた。式典用のような紋様が描かれてるけど、儀式用なかな?
「ワタクシの番よねー」
相変わらずの間延びした声からは、例の訛は消えていた。




