280話 貴女が黒幕なのね
「知らぬまに他所から居着いた女性が村長に治るのを、誰も不可解に思わない事こそ不可解では御座いませんか」
見上げる視線は、すがる様だった。
この人なら理解してくれるでしょう。私の不安を共有してくれるでしょう。
そんな想いだったろうか。
悪いな。共感はしてやれない。
「違和感無く紛れ込んだのは彼女の、ポリアンサ女史の特殊スキルだろうね」
「お分かりになられるのですね? あぁ、サツキさん、貴方だけは……。」
安堵に口元が緩むのを、不謹慎な感情で見下ろした。
唇。
娘のような瑞々しくもなければ、同年代の王族や貴族のように艶やかでもない。
酪農家に嫁いだどこにでも居る村の女の唇だ。
それを淫猥に受けるほど、俺はこの人に壊されていたんだと思う。
「言っておくが、貴女の不安には同調できない」
身を離した。
これ以上、この人の体温を感じるのは危うい。
「そんな!! お分かりになっていただけたのではないのですか?」
「そもそも疑懼の念を抱く事が不要なんだ。彼女は……まぁこの後、本人に聞くけどさ。アザレア国に属する何らかのシンジケートの内偵なんだよ」
「内偵……。」
意味を理解しようと、俺の言葉を小さく繰り返す。
教えを請う生徒の様だなと思った。
「共和国の進軍はもっと早い段階で観測できたはずだろ。進路上の自治体の動きが目立ったはずだから」
後者は王政政府の対応次第だけど。明らかな外患誘致だ。内乱罪や国家転覆罪で手配されても不思議じゃない。
そうか。だからアザレアはシラネさんを自由にさせていたのか。
「では」
と離した距離を縮めてきた。一瞬で密着まで持ってこられた。何かの達人か?
「あのお方は、お味方?」
「俺にとってどうかは分からないけど、少なくともアザレアに属する農村には。ならアネモネにも」
「それは良かったです」と俺の胸に顔を埋めて来た。思わず肩を抱きしめてそうになった時だ。
「私を休憩所に追いやって、この様な所で何をなさっておいでです!?」
戸口で知った声が掛かった。少女の声は苛立ちと怒気を含んでいた。日差しを逆光に細身のシルエットが浮かぶ。冒険者の装備だが、腰から下はスカート姿だ。
「誤解だよ?」
「分かっていますわ、サツキ様。その女がサツキ様をたぶらかしたのでしょう? えぇ分かっています。ですから――。」
スカートを両手で摘む。
来ると思って警戒していた。細い素足の太ももが顕になる。勢いでさらに上まで捲られた時、戸口から差し込む日差しが増した。
予想外に光は強く迂闊にも目を細めてしまった。
瞬間、
勢いよく飛び出した濃緑の蔦が俺を掠めて背後へ走った。そちらが狙いかよ!!
「ああっ!?」
酪農女の悲鳴が小さな納家に反響する。
あれよあれよと、迸る蔦に両手両足を捕らわれ、空中に浮かされた。
腕を左右に伸ばされ脚も左右に折り曲げて開かれる、なんか昨日モフモフされたにゃーの様な格好だな。これがアレか? M字何ちゃらってやつか?
「って何やってるのアサガオさん!!」
「この女が!! この女が!! ちょっとばかりバストとヒップが豊満だからってサツキ様の気を引いて!!」
目がやばかった。
え? アサガオさんってこれほどまでに俺に依存してたっけ? 何で?
「って、落ち着け!! 未亡人をおっ広げとか、色々、そう色々大変だよ?」
とはいえ、厚手のオーバーオールだ。惨事にはなるまい。
「いや……見ないで」
涙目で訴える紅潮した顔の、なんと婀なることか。
「君は君で何でそんなにぴっちり体のラインが出てるんだよ!?」
「そ、そんな事を言われましても……あん」
「またそうやって!! そうやってサツキ様を誘惑する!! もっと締め上げて差し上げますわ!!」
「だからアサガオもお待ちなさいって!! それ以上締め上げないで!! めっちゃ食い込んでるから!!」
ちなみ新たに差し込んだ光で細部はよく見えない。
「あ、アサガオ……だなんて……まるで自分の所有物みたいに。やっと私も呼び捨てにして頂けるのですね……。」
陶酔した表情は、あえて言うなら女の顔だった。
俺に依存する理由が分からないが、アザミさんも許してやって欲しい的な事を言ってたけど――この子、なんかヤバくない!?
いや今はこのまま押し切らせて頂く!!
「そう、そうだよ。これからはさん付けはなしでいかせてもらう」
「イカせて頂くだなんて……やだ私ったらどうしましょう?」
おいニュアンス。
やはり変だ。こんな子だったか? 常識人のイメージがあったが、なんぞ精神汚染でもされたか?
「ハ!? 何ヤツですかそこに潜んでいるのは!!」
蔓の一本が農具入れのロッカーに向かった。あ、うん知ってた。最初から気配がしたもんな。
木製のロッカーから引きずり出されたのは酪農娘だった。
「ぐぬぬ、今一歩の所を邪魔が入りよったわ!!」
一歩どころか二歩も三歩も遠いと思うよ。
「貴女が黒幕なのね!!」
しゅるるると追加の蔦が迸る。
逃げようと身を躱した所で捕えられた。ちょうど背後から手足を封じられ宙に持ち上げるものだから、スカート姿のお尻がこちらに向く。
寸での所でまたしても外から差し込む光が一条増え、俺たちと酪農娘の間を遮った。ちょうど捲れた局部が隠れた形だ有能。ていうかコレどういうシステムなんだ?
「ああっ、サツキさんの目の前でこんな恥ずかしい格好を強いられるなんて!! ああっ、もっと!! もっと強くだ!!」
何で喜んでんだよ!!
「どこまでも不適な奴よ。でしたら望み通りくれてやるわ――ここをこうして、こう!!」
日差しの幅が広がった。
「凄いっ!! これ凄いです!! ああっ!!」
「ああ……私はどうなってもいいから、娘だけは許して」
「貴女も同罪ですわよ? ほうら!!」
「凄いっ!! こんなの初めて!! ああっ!!」
似たもの親子だった。裏切られた気分だ。
いや今のうちだ。
向こうに夢中になってる隙に、そぉっと逃げ出そうと戸口へ振り返った時だ。
「お楽しみのところを、失礼します。よろしいでしょうか、サツキ様?」
「待って、これ俺の趣味じゃないからね? 俺がやらせたんじゃないからね?」
殺人鬼の様な風貌が、鎮痛な面持ちで佇んでいた。
しくじったか? 彼が?




