278話 アネモネの酪農家
農墾地と反対側に酪農エリアがある。距離を設けるのは家畜に作物を荒らさせない為だ。
共同飼育ではあるが、主要な酪農家は限定されていた。動物を扱うノウハウの差だ。
「最後まで連れていけないから、ハイビスカスで売却するか食用に卸すことになるけど抵抗はあるかな?」
「乳牛として優秀なんです。このままエルフの皆さんで世話をして頂けるなら」
酪農娘が歯に噛んだ笑顔を見せる。
タイトなミニスカートから伸びた健康的な太ももが朝の日差しを反射していた。家畜の世話には向かない。色が白いのも普段と違うからだろう。衣装が。
視線を巡らすと、質素なオーバーオールにデニムシャツの女性が、グローブを脱ぎながらやってきた。
娘の母親かな? 麦わら帽子の下の顔はあどけなかった。あと、とにかくデカい。これでもかと山懐がデニムを内側から突き上げている。
「むむぅ」
娘がちょっとだけ頬を膨らませる。
いかん、見すぎた。
「開拓現地で補充はしていただけると伺いましたけれど」
酪農母が幼げな笑顔で聞いてきた。セミロングの明るい髪と、おっとりした表情がよく合っている。
「同じ品種は保証できないが、アテはあります。生体は指導できますが、どうしてもという時は詳細さえ言って貰えば手配できるから」
「何で敬語なのよ?」
娘が不満そうに会話を遮る。
いやだって、相手は年上だし? あとオーバーオールだから迂闊にパンツ脱がないだろうし?
「そんな風に言っては駄目よ」
「もう!! お母さんは!! せっかくサツキさんがデレデレしてるのにそんなんだから!! 昨日だってパンツあげてなかったよね? そんなんじゃみんなに置いていかれるんだから!!」
そうか。真・村人活殺陣には居なかったのか。
「そんな事を言ってもね、こんな可愛らしい子の目の前でパンツを脱いで、それを手渡すなんて……お母さん恥ずかしくて、どうしたらいいか……。」
めっちゃ顔を染めてモジモジしている。あ、可愛い。なんか常識的な所が凄くいい。
「だったらこうよ!!」
娘がタイトスカートに手を差し入れそのまま中の布地を抜き取った。
「ってオメーが脱いでどうすんだよ!!」
「侮ってもらっては困るわね。確かに今の今まであたしが履いていたパンツよ? でもこれは、お母さんが昨日履いていたパンツでもあるんだから!!」
「洗濯しようとしたら無かったからどこ行っちゃったのかと思ったら、どうして貴女が履いてるのよ!!」
「これぞ!! あたしとお母さんの二毛作!!」
「さっきも聞いたがそれ流行ってんのか!?」
ていうか、衛生的に駄目だろこれ二毛作しちゃ。
「付着した毛があたしのかお母さんのか悩むがいいわ!!」
「二毛作の時点であえて触れないようにしてたのに!!」
極めて遺憾だ。
「あ、あのね、やっぱりこんなおばさんの下着なんかより、もっと娘のような若い子の方がね、冒険者くん?」
「そうやって頬を赤らめる姿も可愛い」
「か、かわっ……!?」
いかん、うっかり本音が。こういうのはコンプライアンス的にアウトなんだっけ?
待ってコンプライアンスって一体?
「脈ありと見たわね!! 清純派年上パンツ!!」
「君で中和されちゃったけどね!!」
「ぬかったわ!!」
「どうしてこんな風に育っちゃったのかしら……。」
教育方針で悩んでる場合か。
「アピールポイント!! そうアピールポイントさえあればあと一押しなんだから!!」
また余計な事を……。
「そんな事を言っても、お母さん酪農家のスキルしかないから。お父さんも婿養子だったし」
「それよ!! サツキさんサツキさん、こんな純情そうに見えてお母さん、長太いものから手で白濁したものを絞るが得意なのよ!!」
「やめろ乳製品が飲みづらくなるわ!!」
乳幼児の親や、子供や体力の衰えた者はオカトラノオ達虎人族の荷車に乗せた。無論、一団であれば移動速度は低下する。平方メートル当たりの人口密度と踏破予定を鑑みれば標的のリスクは大きいが、テキセンシスとラッセルが張り切ってくれた。魔獣系魔物に対する護衛はこの子らで十分だろう。その上、低空でワイバーンが旋回するんだ。下手な野盗も手出しはできまいて。
……ていうか、普通に関わりたくない一団だなこれ。
「スイレンさん、上手く話を進めてくれた」
ガザニアの操るフォレストディアの背で中立ちになり、森の入り口から向かってくる三騎の影を見つける。
「ワイバーンが良い目印になったのでしょうな」
「条件無しでの受け入れ、いけると思うか?」
「交渉の段階は終わってると思えば、オカトラノオ殿が動けたのも分かります。問題があるとするなら……。」
背後の村人の一団に目を向ける。
「エルフの男性を襲わないかの懸念ですかな」
「……。」
「「「サツキ様!? 今、何やったんですか!?」」」
「取り出しだけど?」
「「「取り出し!?」」」
ハイビスカスが受け入れの区画に用意したのは、昨日のキマグロ砲が焼き払った一角だった。
一から開墾する手間は省けたが、優秀なのは単身で先行したアサガオさんだ。
焼いた後の整地や残った木々の面倒を見てくれていた。アルラウネのスキルによるものらしい。
ハーフとは言ったが、ここまで自生の植物を自在に操れるものか?
「伺ってはいましたが、見事に女性ばかりなのですね」
ウェーブ掛かった長い髪をポニーテールに纏めた彼女が、肩に引っ掛けた手拭いで首元の汗を拭った。冒険者というより、農家の娘みたいだ。
「事情は聞いてるんだよね?」
「サツキ様が丸っと村一つをハーレムにしたとだけ」
「何でそれだけ伝わっちゃってるの!?」
「それよりも、皆さんがお待ちです。私も。家屋設備の展開と避難された方々の割り振りが終わりましたら、館へお願いしてもよろしいでしょうか?」
嫌な予感しかしないのだが。
「特に、パンツのくだりなど」
予感は夜更け過ぎに確信へと変わるだろう。




