277話 母娘、二毛作
村の外に拠点ロッジを広げた。念のため外縁を丸太の杭で囲う。
その夜。隙間のない柵の向こう側で、切ない呻きと共に徘徊する、亡者のような影があったという。
――あぁ、サツキ様。
――口惜しいや。
――口惜しいや。
――なぜ出てきてはくれませんの?
カリカリ、カリカリと。彼女達はひたむきに丸太を掻く。だが、やがて東の空が白じむと、一人また一人と姿を消していった。
「お陰で寝不足よ?」
「俺が悪いみたいに言わないで?」
朝一で、気色ばむ女たちから苦情がきた。
「むしろこっちが愁嘆場にくれる気分だよ……。」
「まこと、慨世の念に堪えません」
やだこの村民。何仕出かすか分かったもんじゃねーな。
「流石はサツキの姉ご兄貴と言いますか」
「どっちだ?」
「どちらもですよ」
一晩で仕上げた住基台帳を捲り、オカトラノオが感嘆に目を丸めた。
早朝に二名の配下を連れてきた。二人ともハイビスカス入りの時に会った虎人族だ。
「総勢で132名。よくまとめられました。いや、それよりその三割がサツキの姉ご兄貴のハーレム要員と、それ以外ですら予備軍とは」
「違うよ?」
「市井に現実的な解決策を重視する様を態度で見せる。この虎人族のオカトラノオ、感服いたしました」
「何聞いてたの? え? 解決策?」
ガザニアに何か吹き込まれたなこれ。
「アルストロメリア開拓のランニングコストに見合う健康体は数が要るってだけだ。役割の斡旋を代表者に投げる予定だけど、上手く回ってくれる保証がなけりゃシチダンカやアマチャにだって皺寄せが」
「戦闘要員でしたらうちの部族からも、王国軍換算で大隊規模を用意させますが」
「何人連れてくる気だよ!!」
後ろの二人が苦笑いしている。
そうか。一応は止めてくれたのか。
「あ、待って。だったら虎人族の若い衆で有志を募って街コンすれば」
「恐れ入りますがサツキの旦那。それをするとうちの女達からオカが吊し上げにされちまう」
配下の一人が申し訳なさそうに、やんわり断る。
そういや彼らの事は聞いてなかったな。
「君らのとこ、男女比率ってどうなの?」
「男不足ですねぇ。出生の下地からして低い上に、野郎は村を出たり、狩や戦闘で亡くなるものも居るので」
どこも世知辛いな。
そして嫌なことに、オカトラノオの顔が輝いた。
「つまり!! その穴埋めの為には我が一族にサツキの姉ご兄貴の血を取り入れる事も!!」
「俺に一族を売り渡すんじゃねーよ!!」
「部分獣化で猫耳とかも出せますぞ!!」
「いらんわ!!」
「「「えー……。」」」
お前ら、どんだけ推してんだよ。
「ひとまず早朝に来てくれたのはありがたい。準備が出来次第、アネモネは放棄する。オカトラノオ達には大八車を一任したいがよろしいか」
「へいっ、ガッテンでぇ!!」
頼もしいことで。
「アネモネの女は皆、働き者なんだがねぇ」
村長が訝しげに首を捻る。
「三割が一様に寝坊するなんて初めてだよ」
「暖かくなってくればそんな日もあるさ」
何名かは朝一で苦情を上げて来たけど。
いや、まさか貫徹組か?
「はっ!? まさかサツキ様、昨夜村の女たちの所に……!?」
何もしてないのだが?
「ご想像にお任せする」
もう面倒になってきた。
「家畜の先導はうちの灰色オオカミに任せたいが、よろしいか?」
「乳牛が怯えて乳を出さなくなるのは困るわねぇ」
「ああ、そちらも引継ぎの説明もあるから。担当と直接話を付けたい」
「分かったよ。話は通しておくから、サツキ様の都合で面談をお願いするよ」
話が早いのは助かるが。
「ん? どうしたんだい? お姉さんに興味でも?」
揶揄うように胸元を緩めて見せる。
相変わらずの健康的な谷間だ。
「村長夫人はみな手際がいいものなのかと」
俺の疑問の返答は、朗らかな笑いだった。
「あははは、SSランクにお褒め頂けるのは光栄だねぇ」
茶化して来やがった。
誤魔化されたか?
村の建物を収納する。
「「「ええ!? 冒険者様!? 今何をしたんですか!?」」」
「収納だけど?」
「「「収納!?」」」
村の畑を収納する。
「「「ええ!? 冒険者様!? 今何をしたんですか!?」」」
「収納だけど?」
「「「収納!?」」」
お前ら……。
「うむ。様式美はこうでなくては」
ガザニアが満足そうだ。
そうか。お前の仕込みか。
「畑は持って行くが俺が居ないと展開できないから、早急な収穫を要するものはエイビスカスにつく前に申し出てくれ。向こうで一度展開するけど、その後は持ち歩く」
「畑を持ち歩くというワードがもう……。」
農家の村娘が唖然とする。
「用水路や井戸までは無理だよ。いや頑張ればなんとかなる気もするけど、展開する先が無いから」
「は、はい、それは現地確保できればですけれど。開拓するのでしたら水源が先と思いますし。開墾の初期リスクと労力が不要になる分、そちらに力を割いてもいいと思います」
へぇ、意外と頭の回転がいい。
「君は歳の割にはしっかりしてるね」
ハイビスカス入りして以来、何気にまともな女の子だ。
「母がぽわぁっとした人なので。私が畑の仔細を見たり他の農家さんと交流したり……この辺の子はみんなこんな感じですよ」
つまり、駄目な大人が多いと。
その母親はというと、桑を地面に突き立てこちらへ艶かしい視線を送っていた。若いな。あと農家の割に胸元が大きく開いている。
どちらも気づかない振りをしたが、女は口元を笑いの形に歪めやがった。
「娘とあたしで二毛作てのはどうかしらー?」
年頃の娘に何言ってんだ?
「お、お母さんってば、もう!!」
一応は抗議するが、農家娘も満更では無いという風に頬を赤らめる。
理知的な表情であったが、ちらりちらりと上目遣いで見てくる瞳は母親とそっくりだ。
「ふふふ、お母さんね? その為の下地はしちゃったのよ?」
ほんと何言ってんの?
戸惑いと呆れとが交差する俺に、農家未亡人がビシッと指を差してきた。
「昨日、冒険者様に渡したあたしが脱いだパンツ!! あれは娘のだったのよ!!」
「どうしてお母さん履いてたのよ!!
「あんた本当に何やってんだよ!!」
「ふははは!! SSランク冒険者サツキ様恐れるに足らず!! この農家妻が娘ともども討ち取ったりィ!!」
「私まで討ち取ってどうするのよ!? もう!!」
この期に及んで濃いのが来たな……。
「ち、違うんですサツキお兄ちゃサツキ様!! 私は、違うんです!! ただお兄ちゃんみたいに甘えられたらなぁとは思っていても、そんな風には!!」
「……いやうん、君だけでも強く生きたまえ」
農家娘を励ますしかなかった。
「しかし、開拓民の件はひとまず保留としていたはずだが」
「えぇと、あ、はい、どこかの庇護下に入るしか無いなら、サツキお兄ちゃサツキ様の下がいいって意見が多いんです。次の領主が信用できるとは限りません。ところで、私のパンツ返して頂いても?」




