275話 父上、そして母上
スミレさん達が名乗らないのは、立場をわきまえたからだ。アザレア貴族の出自だが今が冒険者の身分なら、相応しい場くらい見極める。でなきゃ五重塔で同行を許すだなんて。
「失礼。もういいわよ」
綿の前開きシャツの下で、抑圧の不満を訴えるように大きな質量が突き上げていた。また弾けやしないかヒヤヒヤものだぜ。
「サツキさん?」
スミレさんの非難めいた視線が痛い。
いかん、見過ぎた。
「ワタクシたちにはそんな視線は向けてくださらないのに」
それ俺が悪いの?
「コホン、立場を明確にした所で状況をすり合わせよう。まずは村の現状だが、共和国侵攻において独自に陽動作戦が行われた。村長?」
日焼けした肌に短めの髪が似合うお姉さんと化した村長へ振る。
「最後の一人になるまで勇猛に戦い抜いてくれたわ。本来の村長、我が夫もまた命をとして村を守った。お陰でこうして女だけは無事で済んだよ」
人口比率が歪なのはそのせいだ。
「本件に関して、本来はアザレア国で復興支援と共和国への賠償要求が発生するが、その話は後でするとして、村民の早急な一時保護が必要だ。これ、その流れでいいよね?」
これも村長に振る。意向を優先するかは別として。
「今は特に女性しかおらぬでな」
頷いてるけど、お姉さんから村長モードになるの何なの?
「目下一番の課題は半減した人口の回復じゃ。そこでSS冒険者サツキ様じゃよ。故に真・村人活殺衝」
「何で話が逸れるの?」
あと技名が微妙に違う。
「なぁに、一晩で全員とは言わんて。一ヶ月程度じっくりと相手をしてもらえば」
「だから何で俺なんだよ!!」
他所から男性村人を婿として招くなり集団お見合いを開くなりあるだろ? むしろそっちの方が安定するだろ?
「わかる気がするわ」
スミレさん? また分かっちゃうんだ。
「サツキ様は愛らしいから」
「いやこの場合、逆に男としてどうなんだって話だよ?」
言ってて悲しくなる。
「むしろそこがいいのですじゃ」
村長……。
「この、つい路地裏に連れ込みイタズラをしたくなる風貌が、こう、こう」
村長!!
「わかる気がするわ」
スミレさんはちょっと待て。
「つまり僕の役目は連続でできるようサツキさんに一服盛ると」
「スイレンさん違うよ? アネモネの村についてだよ?」
「ですから人口の回復が必要じゃと」
「視野を広げよ? 現状、管轄の領主があてにならない。シラネさんが一族ごと始末しちゃったから向こうは向こうでてんやわんやだ」
「ぶいっ」
視線を向けられ、Vサインで返してきた。
「一応、理由を伺ってもよろしいですか? 僕らへの侵攻脅威に関わらずアザレア国との国際問題に発展するよね」
「軍事支援の邪魔だったから。ねー」
「にゃー」
だからにゃーと頷き合うな。
「邪魔? アザレア国を通過するのに行政との折衝は済んでいるものでは?」
「国王陛下直々に承認して頂いたけれど現場に反映されてなかったわ。共和国の軍部は見逃すのに、こちらは足止めよ。だから連れてきた部隊には囮になってもらってポーチュカラで呑んだくれてもらってるわ。その間に腐敗の元をチョチョイと、ね」
スイレンさん口がポカンと空く。俺はこめかみを押さえた。いや、この場に参加させたのは俺だけどさ。
「アザレア国の一部の貴族が共和国に忖度していやというのですか!? 馬鹿なことを!!」
「俺に預けられた書簡がそれだな」
スイレンさんがはっとしてこちらを見る。
俺自身、ジギタリス以降に何かと遭遇したもん。共和国との癒着を王政府が早い段階で察知していれば、第一学園のタイミングで変態王子が出てきたのも分かる。
そうか。あの時はクロユリさん達も各々の立場で独立していたな。シラネさんもとなると、魔王の四騎士へのヘイトは意図して操作されたもの……?
「だったらハイビスカスだって言えた義理じゃないでしょ。ホワイトブロッチみたいな外患誘致、他にも居ると思うよ」
「それは、そうですが……しかし、侵略を目的とした軍事行動ですよ」
「侵略する側はハイビスカスを共和国の一郡部と公言してんだ。元からアザレア領でもなければ俗物どもにはさほどその価値も真の問題も察せないさ」
「我々の側にそれを納得しろと仰せか」
同じ仮説にたどり着いたなら、公式に手打ちにしてくれなきゃってのは分かる。どこに着陸するかは別として。
「憤りは理解できるけどね。責任を追求するにも」
とシラネさんを見る。
むふー、と仰け反りやがった。
「本人に及ばず家族、一族も皆殺し。ついでに賛同した行政役人や子飼いの小貴族も後を追わせたわ」
「待ってください、子供だって居たでしょうに」
「居たわね。いい見せしめになってくれたわ」
言葉の裏にある残虐性に、スイレンさんが絶句した。
俺だってドン引きだよ。
わざわざ見せつけたのか。
「シラネ王女、貴女は、貴女という人は」
スイレンさん。食って掛かる相手を間違えたな。
「共和国は、ラァビシュみたいな無能がご近所で騒ぎを起こす迷惑集団とは違うわ。いいようにされれば何千万という民が非道の目に合うもの」
だから彼女は最も残酷な命の使い方をしたと語った。信条なら外道これよしの冒険者なら分かる。王族にしてはスイレンさんは純粋すぎるんだ。
「アザレアにはハイビスカスの森に相当する防壁がありません」
スミレさんが断言するよに割って入った。
「こちらでも予てより他国からの女性や子供の誘拐拉致は確認されていました。それ以上――共和国を受け入れるという事はそこから生まれる被害を民に強いられる事になります。内政に対してせめてもの抑止力を得るなら、ワタクシはシラネ殿下の行為に甘える方を選びますわ」
「それは……。」
スイレンさんが言い淀んだ。反射的な発言の迂闊さを恥じる分別は持っていただろう。
「殿下はよして」
シラネさんの抑揚のない声は、本気で嫌そうだった。気をつけよう。
村長が息苦しさから胸元のボタンを緩める。谷間がエグい事になってるな。嗅いでみたい。
「……分かりました。先ほどの話ではこの村も被害者だと認識しました。こちらとしても単にアザレア政府に責任を強弾するより有意義だと思います」
「スイレンさんが話を進めてくれるから助かるよ」
「そりゃあ」
馬車へ目を向ける。
今発てば夕暮れには森へ入れるはずだ。
「引き止めてすまなかった。引き続きスミレさんとアザミには護衛に付いてもらう。彼女たちならコマクサもいう事を聞くから」
「ワタクシだけその呼び方は不本意ですけれど、承りましたわ」
にこやかな公爵令嬢だが、目が笑ってない。
「えぇと、シラネさん達も同行するよね?」
「遅まきながらハイビスカス王には軍事支援の事実は知っておいて欲しいから。ねー」
「にゃー」
だから頷き合うな。
「シラネ王女がこの度、共和国の侵攻妨害に力を発揮された事は僕からも伝えておくよ。着いたらすぐ謁見の場を設けるから」
結果的にアザレアの落ち度も浮き彫りになるが、それも一族郎党漏れずに粛清されてれば、ハイビスカスも強弾に踏み込めない。結果的に両国の関係を保った事になる。
「なら森まで同行してくれた方がいいね。そうしよ?」
「やぶさかではない」
よし。最強戦力の護衛ゲットだぜ。
「あ、でも鹿は返して?」
「四女とは一心同体だから」
「いやそれだと俺たちの帰り足がなくなるから」
灰色オオカミに乗れるのはアザミさんが限界だろうし。
「にゃ。こっちの子が父上なら乗せてもいいと言ってるにゃ」
「ガウガウ」
ニャ次郎がワイバーン語を略してきやがった。
「待て、父上だ?」
「サツキ様、ワタクシの知らない所で一児の父になられるとは」
「冒険者サツキ、五女の父上という事はシロの父も同然」
だから待て、師の師は我が師も同然みたいになってんぞ。
「未婚の父というやつですな。この際、ご養子でも」
「早まってはいけません、ガザニアさん。あたしが母ということも。ほら、彼シャツの実績もありますし」
「アザミさん、貴女……。」
出し抜かれたスミレさんが驚愕を隠せない。ちゃっかり妻の座に収まられちゃこちらも敵わん。
「にゃ。母上はオデコの母上だと言ってるにゃ」
「ガウガウ」
また余計な通訳しやがった。
「「イチハツさんに産ませたんですか!?」」
そうはならんやろ。
「言われてみれば、よく拝見すると目元などはママそっくりですわね」
ならんやろ?
「侯爵家のご令嬢と、巨大マグロの上で抱き合ってましたからな。その折にこの者が産まれたのだ。そう刷り込まれても仕方があるまい」
「「どういう状況ですか!?」」
ガザニアめ。
「イチハツさんの心象を下げる発言は控えろ」
「……失礼しました」
「話が逸れてすまない、スイレンさん。王の方はそちらに一任したいが?」
「構わないよ。誰かが整理しなくちゃね」
「助かる」
いや、本当に。
余談だが後日。
男女間での告白の際に、女性は脱ぎ立てのパンツを意中の男性に渡し、男性側も好意があったその時は、受けたパンツを手揉み洗いで洗濯して返すという風習が生まれた。
滅んでしまえこんな国。




