274話 村長の中
いつもありがとう御座います。
そろそろ物語を予定の路線に戻す必要があります(戻すとは言ってない
元から不自然なんだよ。
人口の比率が圧倒的に女性へ傾いている。それも、村長しか男が見えない。
「実は」
全裸の村長が背中のジッパーをじゃーっと開ける。
え!? 中に人が居るやつ!?
一瞬覗き込んですぐ目を逸らした。サラシに巻かれた弾力は窮屈そうだった。
もとが切長の目と高い鼻が際立つ美貌だった。年齢は40を超えているだろうが、日焼けした精悍な顔は女性的でもあった。逆に、篝火の下でシナでも作れば婀娜ぽくも見えただろう。
首から下が幻影を施したスーツだったとは。
「ふぅ、蒸れて仕方がないのはどうにからんものか」
「幻影迷彩ボディスーツ『スペクター』。知られているものでも無い。言っちゃ悪いがこんな小さな村で見かけるものじゃ無いよ。あんた貴族と繋がりがあるな? それも――辺境伯」
ブラック婆ちゃんのハンドメイドだ。3着だけ作ったって聞いた。カメレオンスーツの上位互換って話だけど、スイレンさんの木箱に耐えたんだよな。エルフの魔術を出し抜くか。
「学生時代の後輩が嫁いだ先の義母殿には、とても懇意にして頂いてね」
妙な繋がりだ。
「……しかし、事ここに至っては話すしかあるまい。この村に纏わる悲劇を」
思わず身構えた。
女性である事を隠してまで村長を務める理由。村の男たちはどこへ消えた? 元から居ないわけじゃあるまい?
「先日のことですじゃ」
あ、喋りはそのままで行くんだ。
「丘向こうの平野地に、他国の軍が侵攻するのが確認できましてな」
「おう」
「村の男衆が皆こぞって迎撃に出たのですじゃ」
「おう……。」
僻村での因習でも語られるのかと少しワクワクしたが、割と現実的な問題だった。
ハイビスカスに向けた共和国の侵攻が、アザレアの貧村を掠める形になったか。
「そうなると話はデリケートになるな。ちょっと待ってくれるか」
片手で村長を制しウチの馬車へ向かう。
立場を整理する必要があった。
扉をノックをすると腕まくりをしたスイレンさんが現れた。子供たちの面倒を押し付けたままだったな。
「問題は無いかな?」
「身体的にも良好で、呪詛の類も検出しないからこのまま帰らせてあげたいよ」
「何よりだ。少しよろしいか?」
ハイビスカスに関わる事と察したスイレンさんが、子供たちに待機するよう話しかける。
「移動かけたいところすまない」
「どのみち休める時間は必要でしょうし」
「それと紹介したい人も居るんだ」
軽口で言ったつもりだが、スイレンさんは急に眉を歪め声を潜めた。
「……先ほどの、全裸だった方でしょうか?」
「貴方の魔道具の成果でもあるから、避けないでやってほしい」
シラネさん、ハイビスカスじゃ国賓に相当する筈だ。王族同士とはいえ、スイレンさんは顔を知らないのか。いや同盟国の王女が貧村で全裸になってるとか思わないか。
「そうだ、これもう必要ないだろうから」
王家の書簡箱を押し付ける。
誰とは言わないが、下手に悪用されたら収拾がつかない。ならいっそ、製作者に任せた方が精神的衛生上に好ましい。
「深刻に伺えたのは全裸が問題だからでは無いのでしょう?」
いやそっちも問題だけど。
「実はハイビスカス侵攻の巻き添えにあっていた。村自体はのがれたが、人口の半数、子供以外の男性が犠牲になっていたんだ」
「アザレアから共和国への抗議は?」
「そもそも内陸まで侵攻を許してんだ。この方面の領主は生粋の左派だ。奴らが手引きした可能性が高い。本来ならハイビスカスにだって説明が」
「では」
と俺から受け取った木箱を掲げて見せる。
「そちらの国王陛下に動いていただく旨、親書の返信を手配しよう。手始にこの方面の領主とやらを引きずり出して」
「――その男ならここに来る前に一族もろとも始末したわ」
シラネさんが混ざってきた。
待てなかったの?
「うちの馬車だわ」
コマクサと黒塗りの車両を見る。ああ、それでか。
「ジギタリスで同行した折にサクラさんから貰ったんだ。車両自体が機密の固まりみたいなものだ。引き上げるかね?」
俺に拒否権はないからなぁ。
「ううん。父がそうしろと仰せなら、サツキくんの下にあるのが正しいわ」
「て事だ。そう警戒しなさんな」
うちのメンツ、スミレさんやアザミさんだけでなくガザニアの緊張まで伝わってきた。帝国の百人隊長までも?
早いところ済ませなくちゃな。
主要人物を広場に集める。
「では紹介しよう。こちらはハイビスカス国の王家の」
「スイレンと申します。要職は辞しして久しく研究に没頭する身ですが」
丁寧な言葉は、目の前の白い少女に向けてか。
「スイレンさん、こちらはサクラサク国の」
「にゃ!! にゃーはニャ次郎にゃ!!」
「違う。お前はちょっと待て」
この期に及んでぐだぐだにするな。
「魔王陛下よりハイビスカス国への軍事支援で派遣された、シラネよ」
「シラネ姫自らとは、一万の軍勢に劣らぬ戦力をよくぞ遣わせて頂きました。サクラ陛下の我が国を思ってのご配慮、感謝の念に耐えません」
スイレンさんが深々と頭を下げる。
その一人で一万の軍勢にさっきまで手を焼いていた。
「最も、侵略軍は片付いたみたいだけれど。冒険者くん?」
「そうだよ、遅いよ?」
最初からこの子が到着していれば、あんな苦労はしなかった。
「野暮用を済ませていたから。ねー」
「にゃー」
にゃーと頷き合う。
ちょっとイラっときた。
「その辺の釈明は後日という事で。もう一人紹介したいのだが。このアネモネの村の村長をしている――。」
「アネモネ村長よ」
シャランとポーズを取る。
40代と思えた顔は、いつの間にか若く見えていた。どうやらそっちもメイクで偽装してたらしい。
「あら?」(ぼんっ)
姿勢を正した勢いで、こともあろうにサラシが弾け解けた。
「サツキ様」
ちょうどの所でアザミさんに目潰しされた。




