270話 白騎士
今年度もよろしくお願いします。
手先の震えを意外に感じる余裕は無かった。別に疼いてるわけじゃない。焦燥感だ。
「藪をつついたつもりはなかったんだけどなぁ」
「くぅ、サツキ様にはあたしの藪をつついて頂く計画が」
「何だよそれ!? 聞いてないよ!?」
「こう見えて、スミレ様やアサガオよりも茂っていましてよ?」
小柄なのに!?
あ、いや……何が!?
「ふふふ、ふふふふふふ、フヒャーッ、ハッハッハッハッハッ!!」
おっとそれどころじゃ無い。
白銀の仮面から溢れた洪笑は、止まることなく周囲を困惑と恐れで満たした。
既に四女は走り出し、五女は飛び立っている。野生、優秀。
「初太刀を俺が受けたら全力で――子供達を連れて逃げろ。振り向くな」
白騎士から視線を離さず、顎でクイっともと来た道を指す。
視界の隅に、なんぞモコモコしたのが映るが気にしてられない。
「及ばずながらあたしの忍術で支援できれば」
「及ばねーんだよ!! 俺と合わせてもアレには!! 両断卿と同格って意味、冒険者なら覚えておけ――動いた!!」
フルプレートのボディが瞬時に移動する。正面に立つ、子供を人質にしていた男の前だ。銀光は左から右へ凪いだのに、男の左膝から下が吹き飛んだ。
「予備動作が一切ないなんて!! って、何であそこが斬られてるんですか!? 剣の軌道と無関係でしたよね!?」
「だからそういう物なんだって!!」
白騎士がこちらを向いた。
まずい、ロックされたか。
「村長!! 村人達の避難だ!!」
「君らはどうする!?」
「どれだけ抑えられるか自信が無いって言ってんだよ!!」
ヤツがブンっと右手を縦に一振りした。単に刃の鮮血を振っただけかもしれない。もう一人居た軽装備の男が、左肩から腹まで斬られた。
どう見ても剣の間合いじゃない。
「うそ……距離が意味をなさないんじゃ」
流石に滅茶苦茶だな。剣技なのか魔術なのか分からん。
「フヒャーッ、ハッハッハッ!!」
滑る様に全裸の代表へ向かい、その首が飛んだ。
俺の手元で火花が散った。
咄嗟に構えた蛇腹剣が切り結んだんだ。距離も離れていれば巻き添えとしか思えないのに、手応えが真正面から受けた感触だ。
「物静かなお嬢様に見えましたのに、中身は本当に同じ方なのでしょうか」
「そこは間違いない」
魔王陛下の四騎士なら、デタラメな実力差も承知している。
「鎧に呪いがあるのか、装着することで人格が変わるかだろうな」
夜の森で会った時はこんな事は無かった。
静かにバトルニホンカモシカの背に寝そべる姿は、先ほどの登場時と一致する。
「にゃ!? 既にシロ様がご乱心にゃ!?」
俺の隣に大きな影が到着した。村の入り口からノソノソとこちらに向かってきたモコモコする奴だ。やっぱり来たか。っていうか既にって何だよ?
「どうやったら鎮められる? 甲冑を脱がすだけなら手はあるが、近づくだけで切り伏せられちゃぁな」
シャマダハルに箱を括り付けて亜空間移動させようにも、『開ける』動作をして頂かなくてはパージできない。そも、エルフの呪いが四騎士の鎧に勝るものか。
「方法ならひとつだけあるにゃ!!」
「あの、サツキ様? この方は学園にいらしたお猫様ではありませんか? なぜこの様な場所に?」
「他猫のそら似だな」
「いいえ、紛れもなくあたし達の中堅、戦友です?」
そういや五対五とかやってたなぁ。五対五というかゴタゴタだったけど。
「にゃ!! にゃーはニャ次郎にゃ!!」
「ご無沙汰しております。アンスリウムの第一学園ではお世話になりました。アザミはアザミにゃ!!」
そのくだり必要か?
「村長はこの村の村長にゃ」
お前もしれっと混ざってくるなよ。びびるよ。
「で、にゃー? どうなんだ? 策はあるっていうけど」
「こう見えてもにゃーは茂ってましてにゃ」
うんそんな気がするよ?
「にゃ。ここはにゃーに任せてサツキにゃ達は逃げるにゃ」
「なっ!? ……何だよそれ? お前一人が、いや一匹? ん、一頭? 犠牲になるっていうのかよ?」
再開して早々に盾にできるかよ。
「猫の手は借りんぞ。動けるならにゃーこそアザミさん達を連れ撤退してくれ」
「サツキ様、アザミにゃ」
「アザミにゃ達とここを抜けろ。時期に俺の仲間が来るはずだ」
その時は巨大猫に子供達が攫われてる風に見えるかもな!!
「サツキにゃには無理にゃ」
拉致犯人の最後の一人が斬られた。
最初に足を斬られたヤツもトドメを刺された。
村人の方へ行く前に、こちらに誘導しなくちゃってのに。打開策が思いつかない。
「ああにゃったシロ様を止めるには、相応の対価が必要にゃ。シロ様もわかっているにゃから、滅多にゃことでは鎧を纏わにゃいと決めてたにゃ。よほどの事があったにゃ?」
「全裸になったにゃ」
「よほどの事にゃ……。」
猫の目が細まった。
「すまんな」
「剥いたのはサツキにゃにゃ?」
「結果的には」
「大変にゃ事をしてくれたにゃ……もしそれを聞いたにゃら、クロ様とアカ様とアオ様が黙っていにゃいにゃ」
「おそらくクラン様もスミレ様も黙ってはいないでしょう」
アザミさんがジト目で追撃する。
俺、非難されてる?
「まぁ、あたしは彼シャツして下さったので黙りますけど」
「命冥加と言っていいのかどうなのか……。」
まるで光明が指さないのな。
「どのみち、こちらを標的に向けるしか」
「あたしは、逃げませんからね」
「子供達が優先だと言っている!!」
いかん、怒鳴っちまった。
「にゃ。ならサツキにゃ達はそこで見ているにゃ」
「囮ぐらいは務まるからっ!!」
「足手にゃといにゃ」
……ああ、足手まといって言ってるのな。
にゃーがのしのしと前に出る。
俺が蛇腹剣を構えると、隣でアザミさんが腰を低くした。遠くからラッセル達が駆けてくるのが見える。最悪、あの子達に子供らを任せるか。
「御覧じるにゃ!! これがにゃーの生き様にゃ!!」
状態を大きく持ち上げると、にゃーは猫背な胸を張った。
その姿は、もう猫には見えなかった。
「ほうっ」
呼吸を窄め、蛇腹剣を放った。撹乱ぐらいなら今の俺にだって。
隣で小柄なの影が飛んだ。白騎士の頭上を取る気か。だったら!!
セパレートした蛇腹をその名の通り蛇の様にうならせる。
白騎士の腰で円を描く。
同時にアザミさんが甲冑の肩に差し掛かった。
越妙なコンビネーションのはずだった。
白銀に日差しを弾く重量が、一瞬で消えた。
分離した剣の腹が空を包み、標的を失ったアザミさんがその上を通り過ぎる。
「フヒャーッ、ハッハッハッ!!」
狂気の笑いは、にゃーの目の前にあった。
捉えきれなかった。
次に見た一連の光景は、流れるせせらぎの様に自然だった。
ゴロンとにゃーが仰向けに寝る。
飛びつく様に白騎士がお腹をわしゃわしゃし出した。「フヒャーッ、ハッハッハッ!!」とか笑いながら。
……。
……。
何、見せられてるの?




