269話 術の代償
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今後も品行方正で臨みたいです。
敵は7人。
我が姉妹は5人。うち、子供たちの救助を意識するのは俺とアザミさんだけ。
なら打てる手は一つだ。
「お待ちなさい、その、使節団? の方々よ。聞くのです」
俺が囮になる。
「私たちが何故遅れてこの場に参じたか、その真意を知りたいとは思わないかね?」
間合いを図る。
第一優先。子供たちの確保。敵の無力化はその次でいい。
「真意だと? 貴様らが我々に賠償を払うのに何一つ変わりは無いのだ。今更真意など」
「ハイビスカスの王命」
「何だと!?」
男たち7人が全員、こちらに反応した。
「何と!? ちょ、長女よ? お父さんに内緒でお前はエルフの森に入ったというのか!?」
あ、こっちも反応した。
「フォレストディアが平地に居ると思ったら、そういうカラクリだったのね……。それで王命とは?」
シラネさんもか。
『どうするんですか?』
予想外の食いつきにアザミさんが戸惑いの視線を送ってくる。
『ま・か・せ・ろ』
ジェスチャーで返す。
「ハイビスカスの王族が扱う書簡を預かっています。他国への親書に相当すると伺いました」
ストレージから例の木箱を取り出した。箱自体については嘘では無い。攫われた子供たちに素性を信じさせるのに必要だった。現にほら、少年たちが、
「それは!? お姉さん、本当に王様とお知り合いなのですか!?」
「ああっ、お姉さんの様な若い女性が!!」
「なんとお可哀想に!!」
……助けに来た子供たちから同情されてるのだが?
「長女、どうしてあなたがそれを持っているの?」
シラネさんの食いつきがいい。
そうか。他国とはいえ彼女も王族といえば王族か。
「お前は!! そんな重要な物を持つなど分不相応だと思わんのか!!」
状況を見た代表が声を張り上げる。
コイツ、この木箱の重要性を分かっていないな。周りの反応で興味を示したんだ。いや、独占欲か?
「国交を結ぶための小紋を預かっていると言えば、ご想像もつくのではないのでしょうか? ハイビスカスは侵略国からの脅威に晒されています。憂を排除するのに同盟国を足がかりにすのは必然でしょう」
こんな嘘に騙されるヤツなんて居ないだろうな。
「ならば、その役は我々にこそふさわしい!!」
いやアンタら偽装してるとはいえ、侵略側の使節団名乗ってるんだから駄目だろ。
「長女。三女は実はある国の要人と懇意にしている」
うん、だと思うよ。
「ああ、オレの娘が、その様な大役を仰せつかるとは!!」
おっさん泣いてんなよ。
って言うか皆んな信じちゃってるよ!? 誰だよ騙されるヤツ居ないとか言ったのは!!
「いやお前ら、コレが欲しいのか?」
「「「欲しい!!」」」
代表、シラネさん、村長が飛び掛からん勢いで迫って来た。
「分かった分かったから、近い近い、ちょ、迫って来ないで!!」
思わず箱を手放してしまった。
「「「もらった!!」」」
三人が手を伸ばす。
まずいと思った瞬間、体捌きと踊り子スキルを総動員して距離を取った。
被害に巻き込まれたく無かった。バレるもん。女の子じゃ無いって。
もしそうなったら……どうせこいつらの事だ。それでもいいとか言い出すに決まってる。あたし知ってるもん!!
彼らが木箱を掴みに掛かった時、予想通りそれは発動した。ブシャーって感じで。
爆発に巻き込まれたように、衣服が弾け飛ぶ。
「なんだこれはー!?」
「ううむ、豪快にいきおったわ」
全裸の代表が驚愕してる。全裸の村長も驚嘆している。
待って、頭に「全裸の」て付けるとそういう部族みたいに見えてきた。
てことは!?
「ふぅ、間一髪」
ちっ、シラネさんだけ白騎士のアーマーを装着しやがったか。
……。
……。
「別に期待したりしてないからね?」
「まだ何も言ってませんが」
アザミさんのジト目に辛い。いや、この子は前からジト目がちだったけどさ。
「そんなに女の子の脱衣シーンが見たいのなら、いっそあたしが」
何で嬉々としてるの?
「ええぃっ、おかしな術を使いおって!! 見せしめに子供を一人痛めつけてやろうか!! おい、やれ!!」
要救助者を連れてきた男達に命令すると、どこかで奪った様な、規格のまちまちな剣を抜いた。
代表と共に居た男達もだ。
次に起きた光景は、ちょっと濃すぎるのでダイジェストで送ろうと思う。
血走った目で命令する全裸の代表を、同行していた仲間が背中から斬った。
「キサマ!! 裏切ったか!!」
「たまたま高官の服を奪ったからって、威張り散らしやがって!! 誰もテメェをリーダーとは思っちゃいねぇよ!!」
あー、うん。裏切られる方も裏切る方も実にコイツららしい。
権力を持った時の傲慢と、持たざる者の妬み。
得をした者のおごりと、得るものが無い者の妬み。
他者の失敗を嘲り、同時に他者の成功を妬む。
本当に、コイツらはどうしようも無い。
「お前らっ!! 何勝手にしてやがる!! ガキ共がどうなってもいいのか!!」
少年を連れてきた男がロングソードを抜いた。
それが振られる瞬間、三人の少年は三体の丸太に変わった。
「忍法身代わりの術オルタナティブです!!」
子供達を抱き寄せるように俺の背後に着地したアザミさん。白いブラとパンツ姿だった。
「何でお前が脱いでんだよ!?」
「幼気な少年を脱がせるわけにはいかないんですよ。ですが、誰かが術の代償を払わなくては」
「むしろ幼気な少年たちにイタズラする痴女にしか見えないぞ!?」
「それは……あ」
抱き寄せたままの三人に目を落とす。
少女の喉元がゴクリとなった。普段ジト目の瞳が大きく見開かれているが、そこに湛える光が怪しい。
「何が『……あ』だ!? いいからこれでも着てろ!!」
ストレージから前びらきのシャツを出し忍者令嬢に覆いかぶせる。俺のシャツけど小柄なアザミさんには余裕があるはずだ。
彼女は手早くそれを羽織ると、袖の所で口元を隠した。
「あたし今、サツキ様の匂いに包まれてる……。」
「子供の前で余計なことするな!!」
「くんかくんかくんかくんか……。」
「か・ぐ・な!!」
「嗅ぐな様は告白されたい」
反射神経で意味不明なこと言うのやめろよ……。
「下着のお姉ちゃん、彼シャツ?」
エルフの少年が不思議な物に遭遇した様な瞳で見上げていた。どうしよう? これ、エルフの長老に怒られるよな。
「まだ事後ではないので、誤解されませぬように」
ジト目に笑みを湛えて子供たちを諭していた。
うん。後で怒られるやつだ。
どのみち目的は達成だ。拉致犯人を無力化してずらかろうぜ。うちの馬車とも落ちあえるはずd――ゾクリと来た!?
咄嗟に身構えた。
アザミさんも両手に短刀を構え少年達を庇っていた。
嫌な汗が、全身の毛穴から滲み出る感覚。じわり、じわりと。
「ふふ、ふふふ……。」
白銀のフルヘルムから溢れるくぐもった笑い声は、静かに、だが浸食する様に喧騒の場を彷徨った。




