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267話 アザミの望み

 凹凸のある馬車道を、灰色オオカミたちの背を追った。

 悪路なのは商隊の往来が小規模なせいだ。慣らされていない。


「過疎が進む村があります。アネモネの村、と」


 抑揚のない声が背中に響く。

 よく知っている。


「この地方の地理に明るいのかな?」

「拠点に居る間ですが、護衛にと付いて下さった方に、周辺状況についてご教示を頂きました」

「招き入れたの!? 聞いてないよ!?」


 戦士長の一人が内通者だったのに、迂闊が過ぎる。


「ハナショウブ様に従う幽霊の皆さんで拘束していましたので……護衛というより、人質? いえ、生贄?」

「それ……尋問になってないよね?」


 地理感が無いよりは動きやすいけど。お嬢様がたは目を離すとすぐ無茶をする。


「果然、村の位置と一致しますね。他国の誘拐団が立ち寄っているだけならいいのですが」


 アザミさん、そこまで懸念できるか。


「制圧されていた場合の村人の安否もある。役割を決めよう」


 頭上から黒く染まった円が俺たちを囲んだ。

 暫くこちらの進行方向に沿っていたそれは、来た時と同じく不意に右手へと逸れて行った。


「私たちは面が割れています。機会を待って強行するしか」

「同感だ。特殊戦のセオリーだな」


 同意したが、背後の反応が遅れた。

 違ったか?


「申し訳ありません、戦術は嗜んでましたが戦略には疎いもので」


 何の事はない。

 特殊戦の基礎は奇襲で出来てるんだよ。




 情報通り貧相な村だった。

 それにしても少ない。表に見える人数から換算しても150人弱なのは異常だ。出稼ぎが主な稼ぎ口だろうか、子供以外の男の姿が見えない。田畑が共同農園化した為、自給で賄えているようだが。


「あの朝に来た一団ですね。使節団とのことでしたが」


 村を一望できる丘に寝そべり、双眼鏡で状況を探っていた。アザミさんは実家から持ち出したという単眼の望遠鏡だ。年季があり表面の意匠が剥げていた。


「いい感だ」


 彼女に遅れて、建物の影に馬車のような物を見た。建物は平家だが坪面積は一番大きい。村長宅か、公民館だろう。

 離れて村人が集まり出した。

 拉致集団ならそのまま通り過ぎれば良いものを、こんな貧村で色気を出すから。


「気掛かりはあるが」

「何故、共和国から離れるルートなのでしょう」

「それな」


 道中、少年達が解放された形跡は無い。最短で帰国するか敗走中とはいえ残存兵力と合流するものだろう?

 そもそも、使節団を名乗りながら何故本隊と非同期だったんだ?


「足が止まっている内に動こう」


 起き上がり鹿を開放する。

 敵に捕獲されても面白くない。帰巣本能で森に帰れば後続が捕まえてくれる。


「ラッセルは西門、テキセンシスは東で待機。出てきたのが敵なら食っていい。アザミさんは」

「呼び捨てでお願いします」

「なら君もラフに行こう? アサガオさんに接するみたいに」

「おっすオラ、アザミ」

「そんな風だったの!?」


 水遁の術が絡まなければ常識人かと思ったが。甘かった。


「あたしも分かれた方がよろしいですね?」

「あ、うん」

「どちらへ向かいましょう」

「俺はあの大きな家屋へ行く」

「では幌馬車はあたしが」

「拉致被害者の保護が優先。制圧までは考えるな」

「もとより要救出者の安全の確保のため、手段は選ばない所存」

「選んで?」


 実戦忍術を修めているとはいえ、単独で動かしていいのかいまいち不安だった。


「……選ぶと言えば、このたびの救出が成功した暁には」


 ほら、なんか来た。


「是非とも御褒美を賜りたく」

「嫌な予感しかしないのだが」


 苦笑いする俺にアザミさんは呼吸を整え、意を決するように瞳を見つめてきた。


「今後、アサガオがどのような行動を取っても、何卒お見捨てになりませぬよう、お願い申し上げます」


 意外な注文だった。




 村の周囲に見張りの姿は無かった。敵も村人側にもだ。それだけで起きてる異常性が伺えた。

 素早くゲートをくぐり正面通りを中央へ向かう。

 念のため村人の視線を避けた。敵に通じてないとは言い切れないから。

 その点、アザミさんの潜入術は優秀だ。気配を消す初歩もさることながら、姿まで消しちまう。


「ふふふ、どこから水遁の術が掛かってくるとも知れぬ恐怖。果たして貴方様に耐えられるでしょうか」


 いかん調子に乗り出した。

 水遁したいだけの娘になっていた。

 唇に人差し指を当てて見せる。


「……あたしに水遁するなと仰せですか? 鬼ですか!?」

「ここからは声を出すなって言ってんだよ!!」


 やはり村の外へ残しておくべきだったか……。

 民家の集まる地区へ入り、ハンドサインだけで幌馬車へ向かわせる。

 俺は予定通り、大きな家屋だ。

 木造建ての平家だ。外には自称使節団の連中は見なかった。全員中か?

 ここにも見張りは居ない。いい加減不用心に思えてきた。或いは自信の現れか。

 戸口から様子を探ると言い争う言葉が響いた。


「そのような事を!! 水と食料を全てだと!? ましてや女や子供まで求められては困る!!」

「我々の要求に従わない事は、国際的な差別に当たるぞ!!」


 いきなりずっこけた。

 思わず戸口から内側に転がり込んじまう。出だしから飛ばしてくるな!!


 全員がこちらを向く。

 言い掛かりを付けられていた村長は、アザレアの人類系だ。40を過ぎたくらいだろうか。日に焼けた顔は精悍だが目鼻立ちがはっきりしており美しい造形だ。突然の来訪者の横暴に困り果てている。


 問題は自称使節団だ。

 声を荒げていた奴には見覚えがある。ダンジョン攻略前に因縁を付けてきたアレだ。

 他に二名。コイツらもあの朝に居たな。拉致されたエルフの子供は居なかった。幌馬車の方か?


「何だお前は? どこかで見た顔だな? こんな田舎では礼儀も知らんのか?」


 制服や装飾こそ共和国の文官だが、今なら分かる。本隊に合流しなかった理由も。

 コイツら、もとから共和国の派遣じゃないな。偽装してるが共和国の侵攻に便乗した別口だ。


「いえ、お父様の身が心配になり戻ってきました」


 適当に言ってみた。

 床にパンツルックの足を放り出し、しなを作ってみせる。ガザニア達には見せられない姿だ。

 相手が想像通りの連中なら、これで引っかかるはず。


「ほう? このような娘が居たとはな」


 代表の口元がイヤらしく歪む。

 あの時と同じで助かるよ。

 ついでに、今なら正体も把捉(はそく)する。

 コイツら、ラァビシュ(偽物)じゃねぇか。

 近隣国だが、アザレアを含む他国で欺瞞に満ちた権利を主張したがる連中だ。

 国是も虚偽なら成り立ちまで偽証ときた。元は文明や技術が発達せず、芳躅(ほうたく)のない生活文化は著しく低かった。そこに各国が支援並びに教育を導入したのが間違いの始まりだ。国交を結んだ後のお粗末な対応に撤退する(見放す)政府自治体企業が相次ぎ、現在ではその支援の殆どが打ち切られている。

 さらに連中の国では当時、貧富の差から特権階級による支配と、周辺国で禁止条項となった奴隷制度が根付いていた。その根底が奴らの傲慢さを増長させたんだ。

 何が怖いって、一部の者が虐げられるのでは無く、虐げられる者が他者を虐げるのだ。この根性は理解に苦しむ。

 逆に、欲望を刺激してやれば幾らでも隙は突けた。今の俺のように。

 機会を見て拘束。要救助者の確保。村の解放。よし行ける。

 代表に気づかれないよう村長へ目配せする。


「ならば娘を大人しく差し出すがいい!! 我々が所望してるのだ当然の事であろう!!」

「ああっ、父のオレを案じて戻ってきてくれたばかりに!! 娘がお父さん大好き過ぎるあまりにこのような不幸が!!」


 いかん村長まで調子に乗り出した。

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