265話 のじゃ
273話で心が折れました……。
プルメリア王に促され現れた相客は特殊だった。小さなエルフの娘だ。
見た目通りじゃないんだろうな。
姿態で本性を断じること無かれ。冒険者業界あるあるだ。辺境伯なんてその最たるものだろう。
「王妃様への謝罪中にすまんのぅ、プルメリア王よ」
「いいや、そいつはもう終わったぜぇ」
「ふふふ、陛下ったらまたまたー」
ハナキリンさんの笑顔にチンピラみたいな王様が凍りつく。
そうか。まだ決着は見ないか。
「それで大事ってのはなんでぇ、ダンジョンの方は落ち着いたって話だが?」
ていうか、この子が古老? スタンダードロリのじゃエルフっ子?
「村の子供が三人、奴らに連れ去られたのじゃ!!」
「「「のじゃ!?」」」
驚愕の言葉、それでいいのか?
「どういう事だ? 共和国の侵略者どもは冒険者サツキが蹴散らした筈だぜ? な? そうだよな?」
正しくはキマグロで勝手に自滅した。
「数名、森に潜伏しておったのじゃ。目撃情報から察するに森の外へ移動中だったようでの。たまたまワシらの村に辿り着いたのじゃ」
「「「のじゃで!?」」」
……。
……。
あ、マジでって言いたいのか。大丈夫かこいつら。
「自分のせいだのじゃ!! 自分が侵略者どもの言葉に乗ったせいで子供たちが!! すまねぇ村長のじゃ!!」
ひとまずお前はのじゃの使い方を見直せ。
「しかしよぉ、俺らの目を盗んでまだ潜伏してたとはなぁ。そいつら、どこから湧いてきたんだ?」
「……。」
ハナキリンさん? なんかガクガク震え出したけど……あ、仮拠点に来たアイツらか!!
霧の中彷徨ってるうちに不運にも村に辿り着いたのか。
「横から失礼。自称使節団の集団を森で見かけた。迷子になっていたようなので、恐らくは連中だろうね」
口を挟んだ。ハナキリンさんの事は言わないでおく。
「おのれ、我れが出て行った妻にすがりついてる間隙を狙うとは!!」
狙ってできねーよ!!
「ともかく侵略国側も平野の軍は瓦解させたんだ。搬送するにしたって距離は稼げない筈だ。人相が分かる俺が先行して追跡する」
「おめぇさん……こちとら浮世の義理を課させたいってわけじゃないんでぇ。なのによぉ」
琥珀色のサングラスの向こうで涙ぐんでいるが、あんたの為じゃない。
「子供が拉致されてんでしょ」
プルメリア国王との確執なんざ言ってられるか。
「親や家族と引き離される無体を看過できない性分でね。それに、目撃したあの時に皆殺しにしておけば――どうした? 気分が悪いのか?」
俺の隣でクランが血の気の引いた顔で震え出した。
「う、ううん……大丈夫……大丈夫だから……ごめんなさい」
「お、おう?」
「……平に……平にご容赦を……。」
何に詫びられてるのか分からんが。
「何だったら……私のことをママと呼んでもいいから……。」
ほんと俺なに詫びられてるの!?
「奥方様、ご案じ召されますな。時間が解決してくれましょうぞ」
ガザニアが小声で慰めている。
あまり深入りしちゃダメかな。
「おおっ、人類系の冒険者よ!! ありがたいのじゃ!!」
長老が子供のような笑顔で手を叩いた。まるで子供だ。
待って、その前に。
「古老という事だが、随分とお若く見えんだなのじゃ?」
いかん、うつった。
「今年で15になるのじゃ」
「って、そのままじゃねーか!?」
いや、それでも年齢よりも幼く見えるが。
「先月の末に先代の長老が亡くなられての。ワシが襲名したのじゃ」
「他に居なかったのかよ!!」
「弟子はワシ一人だったからのぉ」
弟子しか認められない何かがあるのだろうか。
魔術的な引き継ぎとか?
「失礼した。このまま思案投げ首のうちに日が暮れちゃ敵わない。すぐに現場の村に伺いたいのだがのじゃ?」
「歓迎するのじゃ」
「そういう訳でのじゃ、スイレンさん。森の外にフォレストディアを手配できないかな?」
それなら、と言いかけてスイレンさんが小首を傾げる。
「村への移動でも使われるでしょう? というかヤケクソになってないかな?」
「コホン、分けて使わせてほしい。足の速いやつと、森の外には耐久力のある個体がいいな。乗り換えて追跡に入る」
「承知したよ。他に必要な物が有れば申し付けたまえ」
何か無いかと身内を見るが、特に無いかな。
ガラ美はダンジョンから、クランだってさっきまで魔法を乱発していた。ガザニアも得物を失い、イチハツさんだって奥義を出し尽くしただろう。
「そちらは後続の指揮、よろしくどうぞ。俺とオカトラノオで村へ入る。ガザニアはイチハツさんと、ハナショウブさんの館へ頼む。ラッセル達だったら勝手に来てくれるから」
「賢いのは分かりますが、灰色オオカミがそう思い通りに動いてくれますかな?」
殺人鬼のような風貌は無表情だが、内心、何言ってんだコイツと思われてるんだろうな。
「侮るな。中身は犬だ」
「オオカミどころか魔物ですら無いとは……。」
「アイツらの鼻が頼りなんだよ。それとガザニアはコマクサを頼んだ。場所は、馬車を預けた村だ」
ダンジョン最寄りの村だったとハナキリンさんから聞いていた
馬車は後続で構わないがコマクサじゃなきゃ牽引できないから。
「熾烈であらんという様は認めますが、いささか甘すぎでは?」
む? 政治的引き合いを見せないことが不満なのか。
「恐懼されるよりはマシだけど、はっきり言ってくれる」
「姫様より仰せつかっていますので。先に外に出られますかな?」
「敵性誘拐団の頭を押さえるのを優先したい。馬車は要救助者の為と思ってくれ」
ハイビスカス外での行動を前提にする。
「森は抜けられると思うか?」
話し相手をのじゃ村長に切り替えた。
実際目撃していないから断定はできないだろうが、近隣地理を鑑みた意見が欲しい。
「問題は時間じゃの。今朝から行方が分からなく、別の村の者が目撃して通報してくれたのじゃ。人の足でも十分じゃろうて」
3名の拉致被害者を森の中搬送するのも踏まえて、距離を稼がれたか。
「なら」とプルメリア王を見る。
「申し出た形になったが、王命でいいよな? な?」
「こちらからは願ったりだがよぉ」
「現場の話をスムーズにしたい」
「おう!! これを持っていけ、これ」
書簡用の木箱だ。
「って何持たせんだよ!!」
「王家しか使わんし、今は俺しか使ってねぇんだよ。他国に渡してあるのもこの前回収したしな」
アレか!!
天幕を出たら背後から呼び止められた。
クランが駆けてくる。
今更気づいたが、マントの中身は王都の辺境邸で見かけたブラウスとタイトスカート姿だった。今はそれが露わになっている。
少し離れて、ガラ美が恭しく見守っていた。彼女の手に、大切そうにクランのマントが折り畳まれていた。
「同行はご遠慮願うぞ。二人とも回復を優先だよ? 不測に備えるのは冒険者の基礎だ」
「いえ、そうではなく……。」
一瞬だけ、恥じらいと躊躇いの赤味が差したと思うや、
「いってらっしゃい……あなた? ……お早いお帰りを」
何だこの可愛いの?
おっと、うちの奥さんか。
「ああ、行ってくる」
辛うじて出た言葉に、口の中の渇きを感じた。俺が緊張している? クランに?
「……。」
「どうした?」
何か言いたげに見つめてくる。
一瞬だけ目を伏せたが、真っ直ぐ見上げてきた。
「……お布団、準備してお待ちしていますね」
何言い出してんの?
あ、後ろでガラ美とイチハツさんとランギクくんが、テンション上がる人の四コマみたいにガッツポーズしてる。




