260話 花びら合わせ
前話のイチハツの台詞は俳句ではなく、所謂、言霊信仰です。
(例えば、名を口に出すのも恐れ多いかの名作において、シュープリーム・サンダーの前に「我が守護木星よ嵐を起こせ、雲を呼べ、雷を降らせよ」と唱えるのも、言霊信仰によるバフ効果を期待したという研究結果がありました)
イチハツ(ロゼ)の場合、
・蒼咲けば: 空中戦を仕掛ける枕詞
・むらさきだちたる: イーリダキアイ家を表現
・銀ごろも: 百の鏃
を表しています。
「で、お前らはどうなんだ?」
ガザニアとオカトラノオだ。
「得物を欠いた状態では、三度目は厳しいですな」
「……。」
精悍な若々しい顔は魂が抜けたように蒼白だ。言葉がない。部分獣人化も解けていた。あと髪の毛が逆立っていた。
イチハツさんも今の大放出で弾切れだな。
どうしたものかと巨人を見上げると、平野から草原を蹴る騎馬が小さく見えた。
「正面に入りました!! 足元にご主人様です!!」
「……ランギクくん……このまま直進で」
フォレストディアだ。ランギクくんが手綱を握り、その後ろにガラ美とクランが居た。来やがったなマップ兵器。
「合体魔法で射抜く……ガラ美、準備して……。」
「わたくしの、まだ未完成ですよ!?」
「杖を構えなさい……考えるのは撃った後で」
疾走するフォレストディアの背でクランが上体を起こす。右手に錫杖のような杖。左腕をガラ美の体に回し彼女を支えた。
魔法砲撃による流鏑馬の完熟訓練を修めたクランが主軸になる。分かる話だが。
「やっぱり……仲間」
「どこ触って共感したんですか!? と言いますか揉まないでください!! だから指先で技を使わないでください!!」
何が起きてるのだろうか。え? 技?
「……ふふふ……サザちゃんもクテんってなったテクニック。果たして……未成熟の身でどこまで保つか」
「男の子が居るのに何をするんですか!!」
「お二人とも暴れないでください!! この子、先の砲撃で興奮してるのを宥めながら走ってもらってるんですから!!」
「「すまんのう」」
こんな子供に嗜められる冒険者って。
「でもね……ガラ美はほら、イジワルされると力が増すから」
「否定はできませんが」
だから子供のそばでやめろよ!!
「それより軸線上に入りますよ!!」
ランギクくんに言われ、ガラ美もこちらへ構える。俺たちの上。キマグロだ。
「スペル詠唱に入ります!! トリガーはクランお嬢様に!!」
「……任された」
二つの杖が上がる。先端が指す先はキマグロだ。フォレストディアの進路が一直線のまま安定するのは、ランギクくんの技の冴えか。
可憐な唇が二つ、同時に詠唱を発した。
流れる風を渡り、先端の宝石に光を宿す。
あぁ、魔導の娘よ。幼げな姿の裏に潜む、おどろおどろしくも妖しい花よ。
そう。二輪。
一人はガラ美。イワガラミ。赤を受け継ぐ小さな蕾。
そして一人はクラン・ベリー。風花の白よりも白い妖精姫。
「「彼岸の花道」」
進行方向10メートル先で幾重にも魔法陣の文様が浮かぶ。いつもの三倍が並んだ。
フォレストディアが一気に距離を詰め、最初の一枚に差し掛かった時だ。クランの小さな唇が「シュート」と号令を掛けた。
決着は一瞬で着いた。
収束した火群の線が、正面の魔法陣を次々と打ち抜く。そのたびに先端は研ぎ澄まされ威力と熱を増す。吸い込まれるようにキマグロの胸に貫くのに、そう時間は掛からなかった。
足を切られキマグロ砲も封じられた巨人など、魔法使いにはいい的だろう。
巨体は呆気なく、姿勢を後方へ傾がせた。
「倒しましたな」
地響きと重なった感嘆の言葉は、単に帝国百人隊長としてのものだけでは無いだろう。
そうか、彼はアンスリウムの現場は見てないのか。
「第一学園の時は光線砲の機能は見せなかった。以前はS、SSランクを総動員の上、サクラサク国の青騎士も動員してようやくといった所だったから、強度や運用で個体差があるのかもな」
「魔王の四騎士ですか?」
「あ、そっち呼びなのね」
「言われてみれば……いや、サツキ様は彼の国と懇意にされておいででしたか」
伝わって無かったか。
サクラさんと絡んだ時は、マリーは死んでたもんな。赤騎士の中身とは面識あったようだけど。ああ、それとクロユリさんの所のニャ次郎とも。
「どこで誰が繋がってるか、分かったもんじゃないね」
「全くですな」
困惑した表情でガザニアは頷いた。
いずれサクラさんの所にも打診になるかな。
「オカノトラノオもご苦労だ。爪、欠けたりしない?」
「この程度、なんのことはあり申さぬ。ただ、よもや生身で光の世界を体験するとは思いませんでした……。」
思いっきり振り回されてたもんな。
「無理はするな、まずは休め」
高速で抜刀された弟子に、掛けてやる言葉が思いつかない。
あとはコイツの始末だが。マグロ部分くらいなら討伐報酬になるかな?
「来られましたね」
ガザニアの声に振り向くとランギクくんの操るフォレストディアが到着した。
後ろに乗るクランの腕の中で、ガラ美がくてんてなってる。魔力を使い果たしたか。
「お疲れ様。ランギクくんも危険な場所まで助かったよ」
「森のためにサツキお兄様が頑張ってるんです。わたしだって」
「あのスイレンさんがよく許してくれた」
「それは……。」
後部席に視線を送る。
ガラ美の件を気に病んでくれてるのか。
「……サツキくん」
クランが寄ってきた。あれ? 目が座ってる?
「お疲れ様ですクラン姉さんお先に勉強させて頂きました」
自分何言ってるんだろ?
ガラミ美をフォレストディアの背に寝かせ、ゆらりゆらりとこちらへ来る。幽鬼のようだ。
「ど、どうした?」
「……。」
「クラン?」
「……私と違う女の匂いがする」
「いやお前見てただろ!? イチハツさんのだよ!?」
「……ほのかに……女の子のお小水の香りもするわ?」
「オメーもしてるじゃん!! ガラ美と密着してたじゃん!!」
「むぅ」と小さな唇を尖らす。
拗ねてるのか?
『サツキ様。先ほどの意気込みを見せる時ですぞ』
ガザニアがクランの背後でジェスチャーをした。
えぇと、俺? 殺すの? 殺意? 殺気? ああ、さっきね。ブっ、なんだよその顔!? なんでアヘ顔!? イク? イキ、飲み込んで、えぇと意気込み? 了解。大体分かったぜ。
「……殺意を持って……私を絶頂させる? んん?」
気づくとクランもガザニアのジェスチャーを解こうとしていた。
うん、喋った方が早いよ。ていうか、余計な混乱を招いているよ?
「……どういう事? それってつまり……私がやめてと言っても……サツキくんに強引に果てさせられるって事? 死んじゃうくらい……めちゃくちゃにされるって事?」
「ふぅ、概ね通じましたな」
何で一仕事終えた男の顔で汗を拭ってるんだ?
ムードの話はどうした?
「……そんな……私たち……まだちゅーまでしかしてないんだよ?」
「「今まで何やってたんですかい!!」」
ガザニアとオカトラノオの両方から怒られた。
いやだって、ほら、ちゅーとお触りだけで凄い事になるんだもん、この子。




