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259話 ゼロ距離ロゼ

一八(いちはつ)に雨のふるなり屋根の上


村上霽月氏の句に出会い、ここ数話のイチハツの物語が生まれました。

明治の頃、茅葺き屋根に一八が咲くことが、日本人にとって花と自然が近しいものであったと、小澤 實氏著書『名句の所以』で語られています。

エモイですね。

 なら俺たちの仕事だ。ここからは相当無茶をする。


「今更だが、信じてくれ」

「この期に及んで猫をかぶるつもりは御座いません。無事に終わりましたら、ご褒美を頂けないでしょうか?」


 白目がちな三角目が、俺の瞳を覗き込む。頬が赤い。


「フラグにならなきゃ可能な限りで」


 勇者が伝えたスラングに「俺これが終わったら」というのがある。ある種の運命確定言語らしい。


「簡単な事で御座います。ワタクシを傷物にして下さいませ」

「ハードル高いよ?」


 可能な限りで、の部分どこ行った。


「無理とは仰らないのですね」


 残念ながら、できる範囲ではあった。

 でもね、内務卿補佐や副騎士団長補佐の所のボンボンとは訳が違うんだよ。


「アザレアの侯爵家を敵に回せと?」

「いずれにしても、ワタクシは今ここに居ます」


 どちらに転んでも、てやつか。


「脅迫まがいなことを。恋人一筋なんでね、確約はできない」

「では、無理ではないという事でおひとつ」


 毅然と断わらないのは、クランへの不誠実か。

 じゃない!! 嫁入り前の貴族子女を傷物って!!


「無理と不可能は別物だよね。君の今後の良縁にだって関わるから。ほら、冒険者との情事なんて広まったら縁談だって」

「望む所です。侯爵家は兄上や弟達が盛り立ててくれるでしょう。家のためにどこぞの貴族と婚姻を結ばれるよりも、愛しく思う人に散らされた方がどれほどいいか」

「言い方!! 言い方!!」


 五重塔でスミレさん達に混ざってたと思ったら、そんな事を画策してたのか。


「言い方……青い果実を食い散らかして?」

「思い悩んだ末に駄目な方に言い替えるのは、君の生真面目さが祟ったか」

「いけませんか?」

「清廉なのは好感が持てるさ」


 足場が揺れた。マグロの先端が持ち上がったのだ。


「――ここから狙うのか」

「備えます、射出に。体、固定しますね」

「いい子だ!!」


 ロープで俺の胴と縛るのを確認し、マグロから飛び降りた。

 ギョロリとした左右の魚眼が視界を過ぎた所でストレージから戦利品を出す。

 どちらも球体。ダンジョンコアと卵だ。

 お互いが反応したのを感じ、片方を上空へ放り上げた。

 すぐさま孵化が始まる。殻が割れ皮膜の翼が大きく伸びる。コアによる急成長だ。


「あれは……ワイバーン!?」


 降下する際に彼女が顔を上げた。あ、ワイバーンのくだりは説明してなかった。

 いや後だ。すぐさまシャマダハルの先端を放つ。

 亜空間越しに、横合いから狙ったようにワイバーンの足を絡めとる。俺たちの体が、ちょうどマグロの正面で固定された。


「成長しきる前がチャンスだ」


 今なら二人分の体重を支えるので精一杯だろう。ボス部屋からガラ美が討伐した通路までの経時感覚が頼りだったが、上手くハマってくれた。

 片手でシャマダハルのワイヤーを安定させ、もう片方の腕でイチハツさんの腰を抱く。


「熱が吸われる。始まるぞ!!」

「タイミング合わせます、バランスお願いします!!」


 真正面でマグロの先端が上下に割れた。(つるぎ)のような歯が並んでいた。脅威はそこではない。開いた口腔を中心に熱が集約しているのだ。

 イチハツさんがボディバックの中身を空中にぶちまける。中身は宣言通りの(やじり)だ。100粒はある。

 散布された銀の煌めきは、意志を持つように複雑な軌道を描き宙を舞い、やがて彼女の胸の前に漏れなく集結した。


「蒼咲けば、むらさきだちたる、銀ごろも……お覚悟あそばせ。イーリダキアイ流ゼロ距離野薔薇撃ち!!」


 光と黒煙が巻き込まれていく。キマグロ、臨界まできた!!


「――ロゼ!!」


 一塊になった鏃に拳を打ち付けた。

 これは、技ではない術だ。そうじゃなかったら、踏ん張りの効かない空中で打撃のエネルギーを伝達なんてできやしない。

 近距離で射出された鏃の塊が、吸い込まれるようにマグロの口内に消えた。

 ギョロリとした魚眼がギュルギュルと動き白黒する。


「手応えあり。決まりました」

「いやほんと何色だよ!!」


 可憐な唇が慎ましく宣言するのと同時に、大きく揺らいだ。ワイバーンが力尽きたんだ。イチハツさんが放つと同時にダンジョンコアは回収していた。成長を中断出来るとは。

 降下していく視線の先で、マグロの頭部から尾鰭に向かって内側からボコボコと膨れ上がるのが見えた。


「……勇者の語り継ぎにあるアレに似てるな」

「伝承でしょうか?」

「三代目が残した言葉だよ。ダイダロスアタック」




 緩やかに地上に降り、マグロを仰ぐ。

 首から上が黒煙に包まれていた。


「延焼の効果は無かったはずですが」

「光線発射に合わせたから上手く暴発してくれたんだろうね。凄いな、近距離からの固め撃ち」

「次はワタクシがサツキさんに撃ち貫かれる番なのでしょうね」

「……さぁて、トドメどうしようかな」

「可能な限りロマンチックにお願いします」

「君の純潔のトドメじゃないよ?」


 シャマダハルのワイヤーを巻き取り、先端でイチハツさんと固定したロープを切った。

 彼女が倒れ込みそうになるのを片腕で支える。数日前まで第一学園の女学生が、よくここまで着いて来てくれたよ。


「あっちも片付けなくちゃならないしな」


 地上で大きく羽ばたきを繰り返すワイバーンを見る。すぐに飛び立たないのは、飛行機能に支障が出たせいか。


「始末するなら今のうちか」

「殺してしまうんですの?」

「誰かは討伐しなきゃ」

「用済みになったら処分するだなんて、なんだか……。ああ、別にワタクシの事ではありませんわ?」


 ちゃっかり絡めてきやがる。

 ワイバーン、よく見ると「ごろろぉ」て喉を鳴らし頭を地面に降ろしたままだ。


「放っておいても死ぬかもな」

「なんとか、して差し上げられませんの?」

「肩を持つね?」

「冒険者として失格でしょうけれど、弱っている生き物は気がかりです。当然ながら采配はサツキ様にあると心得ています」


 やりずれーよ!!


「分かった、まずはキマグロの方を優先する。再起動される前に手を打ちたい」


 キマグロ砲は封じたが、厄介なのは変わらない。

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