258話 この匂い、しゅき
次々話からぐだります。
(下ネタ回とも言う)
ワイヤーを亜空間越しに巨人の手首へ絡める。二人分と言っても余裕で上昇した。
というか、イチハツさん、軽いな。弓兵だから軽装てのもあるが、全体的に細身なんだ。
なのに……。
「あの……何か?」
いつも勝ち気な三角目が困惑していた。
花の茎のような細さの中で自己主張する凹凸に、流石はネクロシルキーの縁者と感心したが口にすまい。
「一気に登るよ」
「一ッキに……登りつめる……!?」
ニュアンスがおかしい。
「時間が惜しい」
「……すみません」
くてん、頭を預けてくる。綺麗な真ん中分けだなぁ。
「先ほどの衝撃だけで再充填とも思えませぬ。奥方様には内緒にしておきますので、早目に登られた方が」
ガザニアに言われるまでもない。あと余計な気を使うな。
地面を蹴り、次のワイヤーを放つ。キマグロの体を蹴り、さらにその上へと。
「怖くないかい?」
「サツキ様に身を預ける幸せを噛み締めています。クラン様はいつもこのように力強く抱かれてますのね」
……うん割と大丈夫みたい。凄いな侯爵令嬢。
下を見ないよう言いかけて口をつぐんだ。
見るなと言われて見ない奴は居ない。
彼女の細い体から伝わるのは温もりだけだ。足元が遠ざかる恐怖の震えは無い。
なら信頼に応えなくちゃな。
順調に頭頂、というかマグロの背に到着した。
マグロの背に到着とか、普通の生活じゃ使わないよなぁ。
ここで不測の事態だ。足場が大きくかしぎ、靴底から喪失感が襲う。マグロが斜めになったのだ。
足場を失い空中に放り出された瞬間、彼女も「ひゃ」と声を上げるが蒼白になりつつそこから先の悲鳴は飲み込んだ。見込みのある子だ。
咄嗟に胸鰭にワイヤーを絡め空中で持ち堪える。頑張れ胸鰭。超頑張れ。
振り子のように大きく揺れた。
「しっかり捕まりたまえ」
「は、はい」
俺の胸に埋めたままの耳が、これ以上になく紅潮した。
視界を塞げば多少は恐怖も和らぐだろう。
「……男の人の……サツキ様の匂い。くんかくんかくんかくんか……。」
しまった餌をあげていた!?
「ちょっ、それは恥ずかしいから!!」
「ふぁふぅ……これが男性の匂いなのですのね」
トロンと酔ったような瞳に、俺の方がむしろ不安に襲われた。
いや前向きで行こう。これで落ち着いて頂けるなら止むを得ない?
「今だけだよ?」
「すんすんすん……凄く甘い匂い……この匂い……しゅき」
俺の匂いはご禁制の何かか!?
「……もっと……もっとくだしゃぁい」
侯爵令嬢の顔がヤバい事になっていた。
アレか? 学園じゃ規律を重視し己を律するあまり、性的嗜好の耐性が欠落したとか、そういうムッツリ的なアレか?
つまり俺が譲歩するしかないのか?
「この際だ、嗅がれるぐらいなら許容しよう」
「すんすん……すんすん……。」
「捕まっているように指示したのも俺だ」
「ぎゅー……。」
……。
……。
「だから腰をぐりぐり押しつけてんじゃねーよオメーはよ!!」
俺の太ももを挟む感じで、ぐいぐい来た。設置面が非常に熱い。
あと、身じろぎすると何処かに当たるらしく「あんっ」と熱にうなされたような吐息を漏らす。
……これ、本当に俺が譲歩しなきゃ駄目なやつか?
さらに大きく揺れた。
「キマグロめ、行動を再開したか。森へ向かっている?」
巨人が前進を開始した。流石にじっとしていられないか。
「そちらで動きを止められるか!?」
下へ声を上げる。
返答の代わりに、ガザニアが鞘に収まった柄に手を添え腰を落とすのが見えた。抜刀術か。
「お望みとあらば――桜花流一の太刀、瑞花一閃」
技名を出すのは言霊信仰の表れだろう。
「キィウェィィ!!」と鋭い呼吸と共に鞘から銀光が放たれた。
銀流はまさに迸る一閃だ。
キマグロの右の脹脛を通り過ぎると、再び巨体が傾いた。斬ったのか。
さらに大きく振られた。
「バランス!! もう片方も頼む!!」
声を掛ける俺に、ガザニアが柄を掲げて見せる。柄だけしか無かった。業物だったろうに、キマグロの前進を止めた代償がこれである。
ストレージを探した。
分離前提の蛇腹剣じゃ駄目だ。強度が高いやつ。ロングソード数本使い捨てでいくか? 今の奥義みたいな抜刀術、何発放てるんだろ?
「フハハハハッ!! サツキの姉ご兄貴が窮地な気がしてオレ参上!!」
虎人族の若きリーダー、オカトラノオだ。お前の嗅覚、どうなってんだ?
いや都合がいい。
「こいつの右脹脛だ!! 体制を平行にしたい!! ざっくりイケるか!?」
俺の声に頭上を仰ぐ。
猫科独特の瞳が窄まった。
「これは!? 奥方とは違う女との逢瀬ですな!!」
「違ーよ!! そういうんじゃねーよ!!」
「またまたぁ!! サツキの姉ご兄貴もやるぅ!!」
「何が悲しゅうてマグロの上で逢引きせにゃならんのだ!!」
侯爵令嬢を何だと思ってるんだ?
「あ、逢引き……。」
胸元で、震えるような少女の声が吐息と共に気流にかき消された。
表情は見えない。
巨人の足元では、それ以上の事が起きようとしていた。
「承知いたしました、もう片方の膝も地に着かせればいいのだな!!」
彼の両腕が内側から肥大化したと思うと、巨虎の前足に姿を変える。部分獣化かよ。
白虎の鋭利な爪は、如何なる大剣にも勝ると聞いた。
「オカトラノオ殿。ちょうど良いところに!!」
「な!?」
オカトラノオの背後でガザニアがしゃがむと、その両足を抱えて持ち上げた。
そのまま彼をを大きく振りかぶる。って振りかぶる!?
「桜花流一の太刀、瑞花一閃」
「オレを抜刀すんじゃねーーーッ!!」
斬新なワードだった。
先ほども感じた衝撃が再度足元から襲うと、足場が右側へと大きく揺れた。これで水平だ。
「またつまらぬ物を斬ってしまった」
「つまらねー物斬らされた身にもなれよ!!」
仲良いなお前ら。




