252話 ハイビスカス王家近衛軍
地上へ出ると「もう始まっている」と、ハナキリンさんが耳をピコピコさせる。
気配よりも音だ。
テキセンシスが誘導するように先立つ。ラッセルが最後尾なのは、追撃の魔物を警戒してだ。
「貴方達はゲートの施錠を。ワタクシはサツキさんと正面へ回ります」
「承知しました、完全封鎖ですね。ひとまず第ニロックまで仕掛けます」
外部からの侵入を警戒してる。コアを仕掛けた犯人は大方あの国の連中だろう。
エルフ達を残し先導のテキセンシスを追った。
館を菜園側から迂回する。獣舎はもぬけのからだ。コマクサ、担ぎ出されたか。
「緊張状態にあるようです」
振り向くハナキリンさんの縋り付くような視線に肩を竦める。
御多分に洩れず居たか。コアの存在を国王に知らせたヤツが。
「回収が済んだって事は知らないでしょ!! 下手に知恵を巡らせる時間を与えなきゃ!! ガラ美の事だって!!」
「この音、近衛軍の装備なんです。運用は陛下と共に行われます」
「来てるのか!? まさか!!」
「問題は別にあるのよー」
困った風に美貌を歪める。
「ハイビスカスに限らずエルフの共同体はしばしばセクショナリズムに固執するの。これが行為自体、サツキさん達に起因すると見る官僚だって」
「ああ、気にかけてくれてるのか。残念ながら慣れてるよ」
庭園を抜け正門へ回った。
人の集団。コマクサも居る。なら始まってない。
「状況は!?」
声を掛けると全員が振り向いた。そして全員が困った顔をしていた。
「サツキ様、それにハナキリン王妃様も」
スミレさんが駆け寄る。アサガオさん達が後に続く。三人とも冒険者の装備だ。
ネジバナとストックは門の外を警戒中。
……おい三人も足りないぞ?
「状況と、それと先方の要求だ」
「それは、まずはご覧になった方が早いかと」
スミレさんが促す。一体何が起きたというのか。
正門の柵間から様子を伺う。
聞いた通りの装備の集団が、10メートル先で整列していた。王家近衛軍か。
問題は先頭でこちらに絶叫する二人組だ。一人はふわふわ浮いている。うちのシルキーだ。
「我が妻よーっ、ワシが悪かったーっ!!」
「悪かったわー?」
「この通りだから戻ってきてくれーっ!!」
「戻ってきてくれかしらー?」
プルメリア王の謝罪? に続いてネクロシルキーが返唱する。いちいち疑問系になるので真剣度は半減だ。
ていうか、これの為に軍動かしたの? 今緊張状態だっつってんのに? 出て行った奥さんに帰ってきてもらう為に?
「すまんかったーっ!!」
「すまんこったー?」
「戻ってきておくれーっ!!」
「モロって出してきておくれー?」
……。
……。
「嫌ですわよ!? いとうたてげなる御ありさまな渦中にあさましきわざなり!!」
ハナキリンさんがガブリを振った。
よほど嫌だったのだろう。後半何言ってるか分かんない。
改めてプルメリア王を見る。
「頼む聞いていたら返事をしてくれーっ!!」
「頼む挽いて炒めたらレンジでチンしてくれー?」
「……いや炒めてるのに何でチンしちゃうんだよ?」
「そこですの!?」
絶望した顔で縋られても。
「スミレさん、一応聞くけどアレの要求は言葉の通りなの?」
「様じゃないだけマシですが、まだ呼び捨てにはしてくださらないのね」
「スミレ」
「(きゅんっ)」
……いやこっちはこっちで何なんだよ?
「コホン、プルメリア陛下のご要望は、今のところそれ以上の意図はありませんわ」
そっかー、家庭の事情か。
ハナキリンさんへ向く。
「奥さん、旦那さんの所に帰ってあげたら?」
「お見捨てになられるのね……。」
ヨヨヨ、と泣き崩れる。
「帰るの無理そうならそちらで交渉をお願いしたいが……。いやほら、ここ、もう撤収するし」
「淡々しう悪しきこと。ちょっと行って黙らせてくるわー」
おっとり刀で国王に一発入れに行く王妃を、果たして止めるべきか。
「ガラ美が関わっての事とはいえ、ご家庭の事情に口出しはできないよなぁ」
小さく呟き、お嬢様がたと騎士たちを見る。
「で、残り二人はどこ行ったって?」
他所のご家庭を心配している場合じゃない。
「プルメリア陛下を宥めるのにスイレン様がいらっしゃってました」
スミレさん、過去形なのね。
「それで、軍の動向を見たクラン様がスイレン様の首根っこを捕まえて飛び出して行かれたのです。急を要するご様子でしたわ」
「イチハツさんも連れて行かれましたわ。二人きりではありませんので」
アサガオさんが補足する。
気を遣ってるのかな?
「そりゃ一国の軍部を動かしてるんだから――いや、行き先は、何か言っていたかな?」
「屋根がある所を、とだけ。スイレン様に案内を申し願っておられましたが、よく聞き取れませんでした。雨でも降るのでしょうか」
降るなら血の雨だな。
「森の反対側まで案内出来る人は……。」
と追いついたエルフの生き残りを見て思い直した。
やっと生還したんだ。今から要請するのは酷すぎる。ハナキリンさんは指揮補佐役が控えてると想像がつく。
「わたしなら、案内出来ると思います……。」
全員の視線がグレートホースに集まった。
え、コマクサ? お前喋れたの?
なんて返したらいいか迷ってると、ブルルゥといななかれた。
ただ驚愕するばかりのスミレさんたちと、それを庇うように身構える公爵家騎士。特に興味も無さそうなガザニアと、ダンジョンを出てずっと蒼白になり震えるガラ美。なんぞ怯えている?
そして、ブツブツ旦那の調教方法と殺害方法を呟いていたハナキリンさんの表情が、この一瞬で和らいだ。
「あらあら、あなたも着いてきちゃったのね」
ひょこっとコマクサの影から顔を出したのは、だっぷりしたポンチョにショートパンツ姿のランギクくんだった。生足だった。
「えぇと……たぶんスイレン兄様の行き先なら分かると思います」
はに噛むような表情で見上げてくる。
小菊のような愛らしい姿に、何故かキュンときた。




