241話 ハイビスカスドリーム
そして入相。夜の気配が忍び寄る頃合いに、木々の影が一層濃さを増す。
到着した村は、先の僻村より一回り規模を発展させていた。アンスリウムに多くある近代建築の規矩準縄が伺える。トレーダーとの交流成果か。
村の中央には遠目で分かる庁舎が、建物の合間から覗いた。やはり役場施設はドーム型だ。
「本当に二つ目の村まで来ちゃうとは。一日の行程じゃないよ」
「王城までもう一つ街があるから。明日朝に出れば昼前に入るだろうね」
さすがに夜間移動は避けるか。
当初の話から換算して、二日後って事は到着してすぐ謁見かな?
「宿屋は繁華街寄りだろうか?」
「高官向けの宿泊施設を利用してもらおうと思って、手配しているよ」
いつの間に。
にこやかに言ってくれる。柔らかく品のある物腰にお嬢様がたの受けもいいときた。
「ほんと座持ちがいいんだから」
「?」
おっと怪訝に思われたかな。
「いや。ここにきて待遇が良くなったよ」
オカトラノオの師ってのもあるんだろうけどさ。
「ランギクの恩人だからね。精一杯もてなさせてもらうので覚悟してくれたまえ」
「お言葉に甘えさせて頂くよ」
なら、この時間に到着するのも計画の内かな?
エルフの国での最初の夜の、幕が切って落とされようとしていた。
次々と並ぶ料理。
そして様々の果汁と混合されたグラス。名産のラム酒だ。
光に美しい体のラインを透すドレスで、見目麗しい美貌の給仕が優雅に行き来し酌をしてくれる。全員男だけど。
彼らが何か話し合う姿を見るたびに、お嬢様がたの間から黄色い歓声が上がった。
「どうぞ、おつぎします」
か細い声で酌をするのは、こちらも可愛らしいドレスのランギクくんだ。
年相応の少女に見える。
「ぐぬぬ……。」
恋人がほぞを噛んでいた。クランが給仕するわけにはいかないもんな。
「サツキお兄様は、お強いのですね。とても素敵です」
「可愛らしい子がついでくれるからね。ついお酒が進んでしまうよ」
「か、可愛いだなんて……!!」
自分の手を当て振る頬が恥じらいに染まった。
男の子相手に何やってんだろ?
「でしたら、でしたら!! 今夜はサツキお兄様の部屋にお伺いしても……よろしいでしょうか?」
「泊まる気ね……泊まる気なのね」
ていうか、お兄様、だと……?
「させない……そんな事……。」
「是非とも、ご勘案を頂きたく」
瞳が潤むのはひたむきさからか、或いは幼いながらの劣情か。
「ぼく――わたし、サツキお兄様とクランお姉様の為に、たくさん尽くしたいです」
「サツキくんこの子いい子」
秒で懐柔されやがった。
「言っとくが、ランギクくんが居るならアレは無しな?」
「……え? どうして……そんな意地悪をいうの……?」
「子供の前でやれるか!!」
「いっそ混ざる手も……。」
「無いよ?」
「サツキお兄様、わたしなら大丈夫ですよ? 話は伺っています。夜になるとサツキお兄様がサツキお姉様になるって」
「誰から聞いたよそれ!?」
「あ、違った。ハナモモお姉様だ」
「スミレさん!! 子供に何吹き込んでるんだ!!」
エルフの男性達の距離感にきゃーきゃー言ってる集団から、ひときわ鮮やかなドレスが抜け出た。
「どうしたのです、サツキ様。グラスが進んでいないようですが? さぁさぁ、お飲みになって? 珍しいお飲み物がこんなにたくさん」
いや呂律が回ってないけど?
大丈夫か? かなり強い酒だぞ?
「サツキくん……飲も? お姉ちゃんと一緒に飲も?」
って、お前も何杯目だよそれ!?
「サツキお兄様、さ、さ、飲んで飲んで。もっと。ねぇ、もっとぼくの、飲んで? 飲み干して? もう一滴も出ないくらいに、全部」
いい加減にしてくれ。遠くでお嬢様がたがモジモジし始めた。
「触られた瞬間……凄くドキドキして、ここがキュンてなって……。」
「大丈夫、それは玉ヒュンってやつだ。普通だ」
我ながら適当にも程がある。
「わかる……その気持ち、わかるよ……。」
おちんちん触られた話し何で分かっちゃうんだよ?
クランがベッドに腰掛けさせ、手際よくランギクくんの服を脱がせていく。
着々と男の子を剥いていく恋人に一抹の不安を感じていた。
「サツキくんに触られて……私もじゅんってきちゃうから……。」
おいやめろ。
話をやめろ。
脱がせる手も止めろ。
そして全ての外装をパージした時。
アザレア国王立第一学園付属中等部の制服が着せられていた。
「思った通り……似合うわ」
そう言う彼女は一学の制服だ。ハナショウブに対抗したのか必要以上に裾が短い。太ももが眩しい。
「これが人類系の、夜の衣装なのですね」
違うよ? 学校の制服だよ?
「ランギク……。」
「お姉様」
「タイが曲がっていてよ」
今さっきお前が着せたやつだけどな。
「りんご……。」
朝。俺の隣でランギクくんが謎の言葉と共に瞼を開けた。
「目覚めて最初の挨拶がそれか? え? 食べたいの?」
「んー」
と愛らしく鼻を鳴らして、俺を見つめてくる。
「成りたい、かな?」
「人間やめる気でいるよこの子!?」
「転生したい」
「リンゴに?」
「果汁100%」
「いやその時点で絞られてるから」
「喉越し最高」
会話にならないようでいて、なってる気がしてきた。怖い。
「何……この空間……?」
クランですら一歩下がっていた。
そっちも起きたのか。
「あれだけ飲んでおいて、君はザルか?」
「どっち……?」
「ラム酒の方だよ!! 何で選択肢が出てくんだよ!!」
いや、こちらも腰が軽いのであまり責められないけど。
「お父様の血筋は……基本的に強いから」
「流石は辺境領の蟒蛇だ」
「待って……誰が蟒蛇よ?」




