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239話 花畑

「ああっ、ランギク!! 今頃は悪い人類に(かどわ)かされていないだろうか滅べよ人類」


 穏やかな様相が嘘のように辛辣だ。人類滅んじゃうよ。


「さっきの警戒って話し、オカトラノオやエルフの戦士が展開してるんだろ? だったら保護された可能性だってさ。俺たちは当該の花畑に向かおう。ね? だからそんなに不安にならないで? いや気持ちはわかるけど、めっちゃ美貌が台無しになってんぞ!?」

「行きましょう!! 今すぐに!! こうしている間にランギクが不心得者にイタズラされているかも知れません!!」


 一気に低俗な心配になったな。




 ごめん。低俗な心配とか思ってごめん。


「へっ、こいつは上玉じゃねぇか」

「いやぁ最近じゃ獣人どもまで邪魔しやがって仕事にならんからよぉ」

「アホぅが、たった一匹じゃ話になんねぇぞ」

「だったら、コイツを餌に他の原住民共を釣ればいいさ」

「待て待て。連れてく前に、ちぃとばっか楽しませてもらってもバチは当たらんだろ」

「商品価値が下がるだろ、やめとけよ――俺達全員相手にさせちゃあな」

「最悪、臓器が補充できれば政治家は喜ぶんだ。だったらここで味見したって構わんさ」


 花畑に座り手折りで花を摘んでいた少女の周りで、見慣れない防具の男達が下卑た笑いを放っていた。

 六人。

 アザレアじゃないな。共和国の標準訛りがきつい。

 そして要保護対象者。

 腰まで波打つ髪は、鬱金(うこん)色から金糸雀色へ揺らぎつつ光輝(こうき)を透かしたようだった。瞳は遠目でもわかるくらい大きい。(うずくま)るように花畑の色彩に埋もれる姿は、まさに物語の中で羽を休める妖精を彷彿させた。


「確かに、粗野な男どもに囲まれていい娘ではないな。まずは遠方から牽制。いやヘッドショットで数を減らそう。あ、イチハツさんじゃないから。いや暴漢相手だからって手を汚させるわけには、いや、いやいや野薔薇撃ちとかしなくていいから!!」


 ぴきぴきと真ん中分けした額に血管を浮かせ、白目がちな三角目を点のように絞り込んでいた。既にブチ切れていらっしゃる。ヤル気満々だ。


「イチハツさん、落ち着きなさいな。サツキ様、広範囲雷撃の準備はできてましてよ? いつでも皆殺しにできますわ」

「スミレさんもちょっと待とうね?」


 殺傷力の高い貴族令嬢って。

 ランギクさんが連中に囲まれてるんだ。殲滅系じゃ巻き込むし、一気に無力化しないと人質(ひとじち)になる。


「あくまでも慎重にだ。いいね?」

「ら、ら、ランギクに何をしている貴様りゃぁあああ!!」

「だから何でよりにもよってあんたが突っ込んでいくんだよ!!」


 余計なカンフル剤投入である。


「なんだコイツら?」

「待て、エルフがもう一匹現れたぞ、仲間を呼ぶってやつか!!」

「原住民どもの雑兵(ぞうひょう)か、いや違う、ほんと何だこいつら!? 人間の女がまじってるぞ!?」

「こいつは当たりだ、綺麗どころ揃いじゃねーか!! おい、まとめて頂いちまうぞ!!」

「マジぱねぇ!!}


 ほら気づかれた。


「キサマらぁ!! ランギクから離れろぉ!!」

「おう、このガキが大事か? だったら抵抗せず拘束されるんだな」

「痛いっ!!」


 暴漢の一人が、少女の髪の毛を無造作に掴み体を引き起こした。

 エルフにしてはダボっとしたポンチョのような羽織にショートパンツから可憐な素足が伸びている。顔も手足も小さい。十代前半の育ちざかりにしては、線が細く見えた。


「おのれぇ!! キサマら全員、爆殺してくれるわ!!」

「俺達はいいんだぜ? このガキが無くなっても、それ以上の補充がてめぇから来てくれたんだからよぉ?」

「きゃっ」


 髪を束で引っ張られ、苦痛と恐怖から少女が悲鳴をあげる。歪んだ顔が痛々しい。


「ランギクっ!!」


 根本的におかしい。ランギクさんに何かあったら、その瞬間、お前ら全員爆発じゃん? 何で自分の都合で事が進むと思ってんの?


「スイレンさんも少しは自責の念に駆られようよ?」

「僕は何も恥ずべき行為はしていにゃい!!」

「だから気を確かにと言っている」


 迂闊過ぎるんだよ。


「威勢がいいこって。お前らは、全員生捕り奴隷コース確定だなぁ」

「だがお前らは皆殺しコースだ!!」


 人質が居るのに挑発するなよ。


「それになぁ、本来この土地はオレらの国有地だぜ。そこにお前らエルフが勝手に住み着いたんじゃねぇか。まぁ子供でも知ってる一般教養すら理解できないんじゃ、オレたちが教育してやらんとなぁ?」

「何を言う!! ここは先祖から1000年もの時代をかけて受け継いだ伝統あるハイビスカスの地だもう爆殺する!!」


 やはり共和国だ。

 少数民族を侵略し、他国の領土を侵犯する事でアザレアでも問題視されている。

 歴史と一族、伝統と文化、それらを貶されて憤らないはずもなく。スイレンさんがなんぞ詠唱を始めた。


「……ネジバナ」

「へい、お嬢様」


 小さく、短く、それでいて感情を無理に押し留めた応答だった。

 瞬き一つせず、スミレさんはランギクさんの髪を掴む男をねめつけていた。


「義を果たしましょう」

「待ってました」


 頷くのと同時だったろう。


「まずは武器を捨てろ!! そっちの男どももだ!! ――ひゅ!?」


 ランギクさんが唐突に支えを失い、花畑にゆっくり倒れ込む。

 彼女の髪を掴む手が、手首から上を失ったのだ。

 近接で、ネジバナのロングソードは下から上へと振り切られていた。


「てめぇ!! いつの間に!! ぎゃ、俺の腕ががが!? 何で俺の腕が切れてんだよぉ!?」


 縮地の術。五重塔(ごじゅうのとう)で俺すら出し抜いた瞬間移動だ。


「大丈夫かい?」


 地面に体を打ち付ける直前でランギクさんの前に腕を回し彼女の体を支える。

 あれ――?


「ぐわぁあ!! き、斬りやがったな!! なんて事をしやがる!! キサマらのやっていることは国際問題になるぞ!! 国際社会が黙っていないぞ!!」


 腕を斬られた男が何か言ってるが、直ぐに静かになった。ストックの槍が胸を貫いていたのだ。

 ランギクさんを抱き締め、周囲の風景が見えないよう視界を塞ぐ。


「失礼します、サツキ様」


 ガザニアが俺の背を怪鳥のように飛び越え、別の暴漢に襲い掛かった。


「貴女たちは……手を出しちゃ駄目……男の子たちに任せなさい」


 流石クラン。混戦になりかけた所でお嬢様がたを止めてくれた。

 スミレさんもイチハツさんも不服そうにするが、こんなクズ供の為に手を汚させたくは無い。


 白と黄のコントラストで彩られた花畑だったが、男達の悲鳴と鮮血で上書きされるのに、さほど時間は掛からなかった。


 俺に抱き寄せられている間。

 小さな美貌の中で、光の失せた双眸が、ずっと俺の事を見ていた。

 感情の起伏が欠落したような視線に耐えられず、この子を包む腕が自然と強張る。


 酩酊した時のような、

 あぁ、酷く――嫌な気分だな。

 胸の中でトグロを巻く黒い靄の正体に、この時の俺はとっくに気づいていたから。

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