238話 スイレン
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「こちらが例のものだ」
木箱を黒檀のデスクに置く。
あ、この机、ベリー邸にあるのと同じ規格だ。
「うん、確かにこれは僕がアザレア王に送ったものだ。懐かしいなぁ」
「出もとはあんたか……。」
分かるだろう? うちの連中を宥めるのに時間と体力を要するって。
「まぁ、作ったのも僕なんだけれどね」
オダマキ領のツワブキくんみたいな技師かな?
「防犯と機密保持が狙いだったのに、人類系は随分と想定外なプレイに使ってくれるよ」
「「「人類が誤解されてしまいましたわ!!」」
いや、半分は君たちと人類の王家のせいなんだけど。
「この箱は君が持っていたまえ」
「中身は確認しないのか?」
「本物であることは証明できる。中は、まぁ見たら面倒な事に巻き込まれそうだしね」
面倒を持ち込まれたって意識か。
あ、違う逆だ。
ガラ美やオカトラノオへの対応。これからこっちが面倒を被るやつだ。
だったら、ここで多くを望むのは得策じゃない。
「プルメリア国王陛下への親書もさることながら、ひとまずは謁見のお許しです。取りなして頂けるのですよね?」
「私が案内するよう仰せ遣ってるよ。イエローブロッチとオレンジブロッチは既に長老たちを回っている」
窓から差しこむ光に目を向ける。
「早ければ二日後には謁見が叶うだろう」
「アテンドに預かるのは願ったりだけど、お立場を悪くなさるのでは?」
話が早すぎるんだよ。
何より王族や大臣の近辺は洗っていたが、彼の名は存じない。
「子細には及ばないさ。こちらこそ貴方の高弟にはご高配に授かっているんだ」
予想はしてたけど、そう来たか。
他国の所属と言え、受発注で自由を保証された冒険者が必要な事態だ。
オカトラノオを見る。
肩をすくめられてしまった。コイツめ。
ホワイトブロッチがここぞとばかり頷く。本当にね。
「サツキ殿、どうぞ宜しくお頼み申す」
「どっちをよ?」
聞かれてホワイトブロッチは一瞬考える素振りをしたが、
「もろもろになる」
もろもろかー。
「万事上手くいけばプルメリア王に貴卿の要望も通しやすくなるだろう」
「そういう示唆は気に食わないな」
交渉の場に出たければ最初に配慮しろって事ね。
したたかというか、食わせというか。
「そう睨みたもうな」
スイレンさんはおもむろに(ゆっくりの意)立ち上がると静かに俺の隣へすれ違うように立った。
ガザニアが動こうとするのを、俺は軽く手をかざして静止した。
「これはほんのお近づきの印だよ」
耳元で艶やかな唇が囁いた。
そっちに気を取られた隙に、上着のポケットの中に硬質な物を放り込まれる。
小瓶の形をしていた。
「用法はこちらに」
二つ折りにした紙片を渡される。
一言。「先端に適量塗る」と書かれていた。
適量ってどれだけだろ?
「この先端というのは、どっちの?」
「男性側だよ。即効性があるのでここではよしたまえ」
「いや塗らないよ? ――因みに効果の程は?」
「凄いことになる、とだけ」
oh!!
「さて、ここから先は僕だけで十分だろう。ホワイトブロッチ達は例の警戒に当たっておくれよ」
「スイレン様お一人で?」
「不服かい?」
「お客人をちゃんともてなせるんですか?」
そっちか。
「なに、お手の物さ」
戦士長が不安そうな顔になった。
俺も不安な顔になった。
「サツキの姉ご兄貴。積もる話もありますがオレもここで失礼します。今エルフがバタバタしてて、うちの連中も方々に展開してるんです」
「彼の言う警戒? 森の外まで迎えに来てくれたとは思ってないが」
「詳しくはそこの別嬪さんから聞かされるでしょう。それでイワガラミも」
「了解だ。どのみち謁見までは時間がある」
話は通ってるなら、その場で次の行動も決まるだろう。
「ガザニア殿、と申されたか。サツキの姉ご兄貴の事を宜しくお頼み申す」
「おう、任せろ」
軽いな、おい。
オカトラノオが満足げに頷いた。
キクノハナヒラク帝国の親衛隊百人隊長格とは明かしていない。それでも通じるものを得たようだ。
「では、いずれ」と、二人はナイスバルクの間から出て行った。
ん? 開け放たれた入口から何か見える? エルフの子供?
おずおずと中をうかがっている。スイレンさんも気づいたようだ。
「君は、ここの村の子だね。ランギクと友達になってくれた。どうしたんだい、入っておいでなさい?」
優しく穏やかな声だ。
並の女なら甘く囁かれただけでイチコロだろう。
「スイレン様……。」
戸惑いながらエルフの少年が入室する。
「ランギクちゃんが、お客様に差し上げる花束を作るって、村の外に行っちゃったんだ。いつも皆んなで遊んでいる花畑だけど、大人たちが今は悪い人さらいが出るから子供だけじゃ村からでちゃダメだって言われてたのに」
なるほど。分かりやすい。
「そうかい、よく知らせてくれたね。飴ちゃんをおあがり」
子供に近づき、キャンディを渡す。
優しげな笑顔に、少年の緊張が氷解する。
「ランギクは僕たちで迎えに行くから、君は一度お家にお帰り。お父さんたちが心配するからね」
「うん!!」
スイレンさんに頭を撫でられ、少年は元気よく返事を返しナイスバルクの間から出て行った。
「さて――あぁァァ、ランギクぅ、い、い、今頃はぁ!! 今頃は一体ぃぃ!!」
一気に取り乱したな。
「落ち着け、はからずしも事情は聞いた。協力するから落ち着けって。だからキャラ崩壊してんぞ!?」
なんとか宥めた。
「――取り乱してすみません。ランギクは歳の離れた兄弟で、僕にとっては目に入れても可愛い痛く無いです」
「落ち着くならちゃんと落ち着けよ!! まだ取り乱してんのかわかんねーよ!!」
いや気持ちは分かるけどさ。
俺だって、マリーを失った時の気分は二度と味わいたくねーよ。
それは、エルフの民にだってそうだ。
だから、村に入った時。村人たちがオカトラノオ達に向ける視線を好ましく思ったんだ。
あれは、英雄を見る目だった。




