235話 最後の一人
更新するの忘れてました。
「そちらの言う先遣なら、我々も心当たりがある。特徴も一致しているが」
透明度の濃い青い瞳が俺の視線に絡んで離れない。
逞しい肉体と艶麗な美貌だ。並みの女なら陶酔もしただろう。
しかしなるほど。我々、ね。
「だが、彼女の親書にあった人物が貴公と一致するか確証が無い。本人確認ができるものはあるだろうか? 運転免許証とか」
「イワガラミ本人に会わせてくれれば。そちらで厄介になっているのだろう? え、何? 免許証?」
一ギルドのSSランクタグじゃ意味ないよなぁと思いつつ、聞きなれない単語に首を捻る。
俺の思案に気づかないのか、
「滞在はしてもらっているのだが……。」
言葉を濁す? 言い淀んでるな……まさかアイツ、仕出かしたのか!?
「不利益を被っていたら、それも込みで本人から確認したい。まさか拘束ないしは監禁されてる?」
「いや、そうでは無いのだ。このような場で恐縮だがアザレア国からの書簡は拝見できるか?」
長方形の木箱を取り出すと、彼は驚嘆するように目を見開いた。
「今のは……まさかマイヒレン様のご加護ではないか!?」
やばい、ストレージを看破されちゃった。
彼らだって女神信仰なら知る者も居ただろう。迂闊だったな。
「マイヒーから別れ際に授かったな。自慢する気はないから広言は無用に頼む」
いっそフレンドリーさをアピールしてみた。それを鼻に掛けない謙虚さを装うことで他言無用の強要とする。あとは、彼の信仰心に掛けるしかない。
「……承知した。貴公はその箱の中身をご存知であるのか?」
「ハイビスカスの王族にしか開けられないと聞いた。特化した呪いで、無理に開けると弾け飛ぶらしい」
服が。
「うぅむ、確かに……これは我が一族の呪法に相違ない。我らの王家と、登録した者にしか開閉は叶わないスタンダードエディションだ」
登録した者って、アザレア王か。娘のツバキ姫は全裸になっていたから血族じゃ開けられないんだ。
……。
……。
俺、半裸の王様やランジェリー姿の王妃様、しまいには王女の全裸まで見てたんだよな。スゲーな人類の王家。
って、そうか!! その手があったか!!
よし。今晩、クランにこの箱を開けさせよう。
「サツキ卿と仰せだな」
何だよ、急に畏まって。
「サツキだがただの冒険者サツキだよ。貴族になった覚えはない。ああ、いやアザレアじゃSSランクだから騎士貴族の階級だったか」
「その場で待て。いや待って頂きたい。ああ、いやそのまま立ってではなく!! 楽な姿勢で!! 何卒楽な姿勢でー!!」
全員が無言で直立したら、エルフの男が蒼白になった。
どうしよう? 先程朝食を済ませたばかりだが、もうティータイムかな。
「オレンジブロッチ!! お前は族長を経由して陛下に!! イエローブロッチはオカ殿の所へ!! 私はここに残る!!」
流石に放って置けなくなったか。彼がそのまま当座の代表を継続するようだ。
直ぐに梢がカサリと鳴った。
「申し遅れた、私はホワイトブロッチと申す。見ての通り、そちらで言うエルフの国の者だ。今は戦士長を務めている。どうか楽になさって頂きたい」
「ふぅん」
周囲を見回す。
「周りの。イニシアチブを持ったまま警戒するのは常套だからいいけど。ハイビスカス民じゃないのも混じっているね?」
見えない視線の主に、少しだけ殺気が混じった。
気が荒いのか未熟者なのか。
「少々、説いてやりましょうか?」
「それはお前の役目じゃないよ」
ガザニアがうきうきしながら聞いてくるのをやんわり制する。
これ以上何の門下生を増やす気だ? 殺人鬼養成学校か?
「思うところがあるなら遠慮はいらないぞ、諸君」
黒々と生い茂る木々に向かって声を上げた。
一際大きな幹の影から、エルフとは違う三人が現れた。
エルフに似た半裸に近い衣装だが、端端にカラフルな民族調の刺繍が目立つ。目の前の戦士長にも劣らぬ肉体と精悍な顔立ちは、どれも野生味に溢れていた。
「少しだけ北にある……森に住む……武闘系民族……ね」
クランが俺から視線を離さず……あ、いやずっと見られてるんだが、さらに俺の耳に小さな唇を近づけ囁く。
ぞくりと来た。
ベッドの中でたまにやられるが、不意打ちには慣れない。
「挑発しておいて女と戯れるか。あのお方を名乗る者がかような下衆とはな」
先に地面へ降り立った年配の男がゆっくりと近づく。その背後。一人は左へと距離をとり、もう一人は右だ。
「誰の事を言ってるかは存じないが、一方的な理想の押し付けはご勘弁を」
「ぬかせ」
彼らのシルエットが途端に変わった。
衣服に露出が多いのはこの為か。上半身の筋肉が盛り上がるや獣毛を纏った巨体に変化したのだ。
獣人化。それも虎人族。彼らは人間形態でも武術家として有段者と聞く。そこに人類未踏の獣性が加われば。
「あぁ」と少女達の間から溜息にも似た声が漏れた。
黄金色の毛並みが艶やかに日差しを反射する。その下をなぞる様に、しなやかな筋肉の流線が波打つのだ。
美しい獣が三つ。俺との距離を測る。
「まさか冒険者が三対一を卑怯とは言うまいな」
「肯んじよう――来な」
俺の号令に急かされたように、獣人三身の場所が一瞬で変わる。
全員が死角へと。
最初から把握しやすい位置に居たのが不自然だった。攻撃位置との相違で感覚を狂わす算段だ。
一斉に襲い来るのを丁寧に対応する。
一人は体を回して躱す。体捌き。リンノウレンの恩恵だ。
同時にステップを踏む。
防御盾。受け流す。
続けて舞う。
最後の一人は反射盾だ。空中で弾かれた相手は綺麗に回転し距離を取って着地した。
すぐに攻撃の姿勢に戻り、仲間との連携を確認する。やるな。
「遺恨は残したく無いので反撃は遠慮する。まだ来るなら構わないがどうする?」
余裕を見せる。反射盾にインターバルがあるのは内緒だ。だから譲歩する体裁でブラフを張る。
「いいや、その必要は無い」
最初に話した年配の獣人が森へ目を向けた。
「ああも必死で走る若は見た事がない」
梢を鳴らし若葉を宙に散らし、急接近するデケェ気を感じるぞ。
黙って見ていたガザニアが俺の隣に着く。
ナジバナ達も感じたか、令嬢たちの前に出た。
来た。
森を抜ける。
「サツキの姉ご兄貴!!」
空中に躍り出たのは、やはり民族調の衣装に逞しい両腕を露出した若者だった。
「お前かよ!!」
放物線を描きながらこちらへ突撃する男は、シチダンカやアマチャと同様、カサブランカで鍛えた三人の一人だ。ていうかコイツ、虎人族だったのかyあせfg
「死の淵から幾度も復活されたと聞きました!!」
「あ、挨拶はいいから、降りろ!!」
そのまま押し倒されていた。
抵抗も躱しもしなかったのは、敵意がないというか、敬愛に似た好意しか感じなかったから。ぬかったわ。
「よくぞ生還を果たされて、さらに婉容と可憐な風貌に磨きを掛けられて!! 最早!! 最早、白い花の乙女を名乗って誰から文句が出ましょうや!!」
「いいから落ち着け!! その白い花の乙女を押し倒して覆いかぶさってる己の図を鑑みれ!!」
流石に娘たちの前で示しがつかねーよ。
「イワガラミから聞き及び申した!! 他の二人はサツキの姉ご兄貴の勅命に授かったというに!! オレだけは!! オレだけはー!! ガッ!?」
クランの杖の先端が彼の頭部にめり込んだように見えた。
「邂逅と気を利かせていれば……流石に調子に乗りすぎ……。」




