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233話 仲睦まじく

ようやくハイビスカス編です。

 舗装計画に基づく伐採と整備された森林都市(ジギタリス)と異なり、ハイビスカスは本物の闇深い森だった。幽冥な様相から暗黒森林地帯と呼ぶ者も居る。

 アンスリウム近郊を抜けた後、南方へ順調に進んだ。最後の宿場町を後にして四日目。我々はついに街道の終端に到達したのだ。


「ここまでだな。野営に掛かるよ」


 俺の宣言に2台の馬車が停車する。

 地面へ落とす影はまだ短かった。


「キャンプにゃお天道様が高い気もするがねぇ」


 自分の馬をゆったりと旋回させ、ネジバナが機首をこちらの御者台に付ける。


「この先、道は期待できないんだ。開けた所で拠点が出せるのはここまでだから」

「徒歩になりますの?」


 スミレさんが公爵家の馬車から手際よく降り立つ。


 冒険者の装備だが、紫檀色(したんいろ)の基調に薄藤(うすふじ)のアクセントラインのある上品な服だ。道中、色々あって多少傷んでいるが、それでこそハクが付くってものよ。


「馬車は通れるさ」

「ハイビスカスは仮にも一国を名乗る法治国家でしょう。ワタクシたちのような未開地を開拓する訳でもないかと思っていましたわ」


 森が深いってイメージを先行し過ぎたか。


「交易品だってあります。それは向こうが外貨を必要とする証明でしょう?」


 イチハツさんがスミレさんに同意した。流石に調べてるなぁ。


「許可なく拠点は広げられないって話だよ。トレーダー向けにキャンプ地も整備されてるけど、勝手はできないから」


 だから馬車は通れるようになっている。そうでなきゃ、ハイビスカス名産のサトウキビ(ラム)酒なんて気軽に飲めない。


「そいじゃ広げるから、えぇとストックは少し馬を後ろへ寄せて。地ならしも兼ねるから」


 ストレージから展開したのは、いつもの拠点のロッジではない。先日入手した屋敷。怨霊の住む館だ。


「やはりすげぇな、兄ちゃんのそれは」

「スゴサツであるな」


 ある程度、良識が残っているネジバナとストックが毎度の事ながら感心する。


 館を背に、空中に靄のような影が揺らいだ。瞬きする内に学園の制服姿に変わる。

 当の怨霊、ネクロスシルキーのおでましだ。


「ワタクシが登場よ!!」


 ムチっとした太ももに年期を感じる。


「大叔母様!! 何故に王立第一学園の制服を!? しかもそんなにスカートの裾を上げて!? とても隠微な空気がします!!」

「ふふん!! 見えそうで見えないギリギリのラインを攻めて見たわ」

「モロ見えですわ、大叔母様!!」


 なんか、今日は一段とすごいな。


「さぁて、柵づくり柵づくり」


 意識して見ないようにし、拠点設営に取り掛かる。

 館の外周を柵で埋めていく。

 庭園や菜園、獣舎もあって規模は大きいが、ストレージから直接地中に挿していくから負担は無い。


 ……。

 ……。


 よく考えたらこれ、近接戦闘じゃ凶器になるね!!




 騎士と三人で手分けし哨戒に出た。

 森に入らないよう言い含めたから大丈夫だろう。館の警護にはガザニアをあたらせた。そっちもクランがいれば大抵は何とかなる。


「ゴブリンの痕跡があったな」


 ストックが渋い顔で戻ってきた。


「方角は分かる?」

「森林へ向かう足跡は見つけたが、それ以上は」

「なら討伐されてるさ」


 自殺行為だが良識の無い奴らに通じない道理だ。

 他者のテリトリーに侵入しては侵略しようとする。

 こういう点でもゴブリンは他の天然系魔物と違う。ダンジョン系との差が見当たらないんだ。


「ネジバナの方は?」

「期待できるもの何も。この辺は特に静かだなぁ」


 夜の野鳥の声が響く森の影に、照り焼く茜色が飲み込まれていた。

 クランを中心に進めた料理が終盤を迎え、中庭のテラスに引っ張り出されたテーブルに大皿が並ぶ頃だ。

 ハナショウブは、各部屋のベッドメイクに姿を消している。


「感慨深い顔をしてどうした兄ちゃん?」

「いよいよ所帯じみてきたと思ってさ」


 本格的に開拓に入ればこんなものじゃ済まないだろうに。この時間帯は、感傷的になっていけない。




「朗報があるわ」


 ハナショウブが食卓の上をふわふわ漂った。

 ネジバナとストックが咄嗟に横を向いたのは流石だ。公爵家の騎士だ。礼儀を弁えている。

 学園の制服だが限界を超えて裾を短くしてるから、ちょっと浮くと全開なんだよ。モロ出しなんだよ。


「サツキくんは……見過ぎ」

「あ、うん」


「ワタクシ、頑張ったわ。シルキーパワー全開よ?」


 そうか。頑張ったか。




 風呂が「出来た」と案内されてみれば、そこには湯煙大浴場が広がっていた。

 え? これ作ったの? 一人で?


「えぇ、もちろん幽霊や亡霊にも手伝ってもらったわ?」

「手伝えるんだ……。」


 そもそもストレージの中で自由に動けるのか。

 ていうか幽霊やら亡霊を召喚しないでほしい。


「では、入浴はお嬢様方をお先にお願い申し上げる」


 ストックが生真面目に頭を下げる。

 異論はない。


「ああ、君らで先に入ってきな」


 便乗して促すと、


「私は……サツキくんとで……いいから……。」


 クランが真っ先に裏切った。

 俺の腕に体ごと絡みついて、顔を俯かせる。一同から「おおっ」と声が上がった。


「ではワタクシたちも」

「お嬢様はダメですぜ。男と湯浴(ゆあ)みなんてのは、もっとこう互い理解を深め合ってですね、こう!!」

「ネジバナ。気持ち悪いわよ?」


 何か拘りがあったのだろうか。

 3歩引くスミレさんに、普段の軽薄そうな顔が曇った。


「僭越ながら、こやつの言うことも一理あります」


 とストックが項垂(うなだ)れる同僚の肩に手を置く。


「若い男女が共に湯浴みをする……即ち、ご懐妊です」


 どこに向かって飛躍した?


「そんな、まさか……!!」


 令嬢たちに動揺の気配が広がる。

 遠征と今後に控える開拓を考えれば、衛生面や安全面に関わる出産は避けるべきだ。


「思い出しても見て下さい。ご当家のことを」

「確かに」


 思案するように柳の葉のような眉を歪めた。


「確かに、お父様とお母様が仲睦まじくお風呂に入ったら弟ができましてよ? でもそれは、一晩入浴して長湯だったからと聴かせれていましたわ」


 公爵家どんな教育してんだよ!?


「待ってスミレちゃん……重要なのは経過時間じゃないと思うの……。」


 お姉さんらしくフォローに入った。


「一晩中……何が行われたかが大事大事……。」


 余計な事言い出してんじゃねーよ!!


「仰せの『何』とは、やはりその、男女の営みという事でしょうか?」


 イチハツさんが食いつく。流石に見逃さないのな。


「イチハツさんは知ってるのね?」

「実際に拝見したことはありませんが」


 と目を伏せる。


「では、今夜はその協議に取り掛かりましょう。ハナショウブ様もよろしいでしょうか?」

「あ、ワタクシも混ざるやつなのね」


 俺に視線を向けるが、ダメだぞ?


「こちらは干渉できない。明日に響かない程度に頼む」




 その後、クランと仲睦まじく長湯して、公爵家分かるってなった。




 翌朝、周囲の森に特殊な気配を感じた。

 ラッセルとテキセンシスの警戒する鳴き声が切っ掛けだ。オオカミというより番犬だな。


「囲まれてるのか?」

「……追っ手は……もう居ないはず」


 俺の隣で、白い裸体がもぞもぞとしがみ付いてくる。

 あの大浴場が良くなかった。

 その後も盛り上がった。


「トラップや迎撃用のファランクスが機能しないって事は、お互い様子見って所か」

「ん……ご飯にしよ?」


 細身の身体は変わらず、毛布から抜け出す仕草の婀娜っぽさが濃密になった気がした。

 可憐さを残しつつも、

 あぁ、昨日までのクランとは何かが違った。




 朝食中。気まずい空気が満ちていた。

 というより、令嬢たちだ。俺と目線が合うと赤面して俯いてしまう。

 怪訝に思うと、


「ワタクシ、館の事は大抵把握できますわ?」


 ん? 把握?

 いや待って、何で霊体なのに肉をガツガツ食べてるの? ていうか朝から肉!? だからムチムチなの?


「昨夜、お嬢さん方と集まって協議に花を咲かせていた頃。試しにお二人はどうなのだろうって事になったのよ」


 本当に待て!!


「直接覗かなくても見えるから、じゃあせっかくだから実況したのだけれど――あぁ大丈夫、極部的な描写はボカしたから」

「大丈夫な要素がねぇよ!! プライバシーは無いのかこの館!?」

「望まない客を追い出す時以外は、普段は守るわ? 昨夜はまだ多くを知らない後進に少しでも情報を授けようようと頑張っちゃったわ?」

「頑張る方向!!」


 どうやら小娘どもには筒抜けだったらしい。


「どうりで俺らを先に入らせた訳だ、兄ちゃん」

「我らが入浴した後でそんな事が」


 何でそこまで推測できるん!?


「いよいよお世継ぎの件も現実味を帯びてきましたな」


 ガザニアが殺人鬼の顔を好々爺のように崩す。


「映像で見せた訳じゃないから。ワタクシの見たままを口頭で実況しただけよ?」


「ていうか特殊教育をするなら自分でやって見せろよ、俺を巻き込むなよ」


「実践して見せるにしてもワタクシに触れられるのは、今のところサツキさんだけだわ」

「結局俺かよ!!」


 咄嗟に、クランがサラダのボールを引き寄せる。


「サツキくんは……駄目……プチトマト詰め込むわよ?」


「「「どこに!?」」」


 スミレさんとイチハツさんとアサガオさんが目を輝かせ詰め寄る。


「水遁変逆の術ですね」


 アザミさんがニンニンと納得していた。

 しかし、そうか。

 全部見られちゃってたのか……。

 俺はいい。別にいいんだ。ただな――クランの乱れた姿は俺だけのものだ。

 この落とし前はつけさせてもらう。




「色々あって忘れてた。お前ら朝っぱらから何だよ」


 右往左往した朝食の後、館を収納するのに外へ出て思い出した。

 目の前の森林に声を張り上げる。


「気づいていて忘れていただと……。」


 濃密な緑の積層から、美しい筋肉の若者が現れた。

 左右に突き出た長耳はハイビスカスの民だ。だが、伝え聞くエルフとは違う。マンリョウさんを想像する薄手の衣装を、内側から輝かんばかりの筋肉が押し上げていたのだ。


「要件があるならノックくらいするかと」


 俺がキョトンとすると、


「いや森の入り口でこんな屋敷を広げられたら警戒もするだろ普通?」


 ……。

 ……。


「感覚が狂ってましたわ……。」


 言われて全員が額を押さえていた。

 なんかすまんのう。

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