232話 恐怖劇場 怨霊の住む館・完結編(下)
本シリーズ最終章、いよいよあの男の視点です。
憑き物が剥がれた気分だ。気づくと俺はむちむちした太ももにしがみ付いていた。膝の上まであるソックスが肉でぱんぱんだった。なのに凹凸の曲線が激しく、引き締まる所はキュッとしていた。
くそっ、クランが見ているのに――俺は何を編み出してしまったというのか!!
抗弁!! じゃなくて釈明せねば!!
首だけでそちらへ向けると、派手な飾りの杖を振り翳していた。
「地獄に落ちろ悪霊がーっ!!」
「「ひぃぃ!!」」
俺と霊的な何かが悲鳴を上げる。
「物理で来たわこの子!?」
「花道打ち込まれるよりマシだ!! 逃げるぞ!!」
「え? 浜道がどうしたのかしら? きゃっ」
「詭弁を弄する余裕は無いってこった!!」
霊体の手を引いて走り出した。
いやこれ幽霊じゃない? 何だ?
「お姉ちゃん、恨めしやだよゴラァ……!!」
解析も弁明もする暇は無い。捕捉されたら終わりだ。
「追ってきますわ!?」
「落ち着くまで振り切るんだよ!! ――何卒!! 何卒お怒りをお鎮めくだされ!!」
「随分と禍つ神み寄りな恋人なのね?」
廊下へ出る。流石に床も頑丈で幅がある。全速力で逃げても床は抜けない。
「サツキくんの……節操無し……!!」
そして全速力で追ってきた。
「節操くらい持ち合わせたらいかがかしら?」
「君の魔性に当てられたんだよ!!」
誘惑してきたのそちらでしょうに、今更!!
「ていうか、何で自分のスカート捲ってたの?」
「幸せそうなカップルに風波を立ててやろうかと」
その結果がこれだよ!!
「ひょっとしたら?」
「ああん!?」
「標的、既にあなただけじゃ無いかしら? ワタクシとばっちりじゃ無いかしら?」
ちっ、気づきやがった。
「人生付き合いだ!!」
「ワタクシ、人生をとうに終えてますわ?」
だったら静かに眠っていてくれ。
「って、お前だけ浮いてるんかい!!」
「走ったって飛んじゃうのよ? だっちゃ」
何で無理やり仙台弁入れた?
「お尻は重そうなのに」
「試してみるかしら? その顔で!!」
ご勘弁願いたい。いや、それはそれで……。
「騒々しいですわね」
目の前のドアが開いた。まだ冒険者の衣装のままのスミレさんが顔を出し、こちらに気づいて瞳を輝かせた。
「どうしてサツキ様が可憐な少女のようなランジェリーをお召しになってますの!?」
やべ!! プレイのまま出てきちゃってたよ!!
「そのような、純白のコルセットにガーターだなんて!! ああん、ハナモモお姉様」
「その名で呼ぶな!!」
完全に嫌味だ。彼女は悶えて見せると、ふと気づき視線を巡らせた。
「ああ、お楽しみでしたのね」
俺も改めて見た。
追ってくるクランは、王立第一学園の女子制服を着ていた。
館中を逃げ回った。
途中、
「気持ちはわかりますが、あまりはしゃぎ過ぎませぬように。品性を疑われます」
通り過ぎたガザニアが変な理解を示しつつ釘を刺してきた。
「クラン様にあのような格好をさせてご自身はゴシックランジェリーですか。着せるよりも着る派ですか。私もです」
通り過ぎたアサガオさんも変な理解を示す。
「クラン様にあのような格好をさせて……水遁の術ですね」
アザミさん、どっちから飲む前提で言った?
「兄ちゃん、ちんちんの限界に挑戦だな!!」
「うむ。ギリギリを攻めているな」
ネジバナもストックも高い評価をくれる。
「もう夜も遅いというのに、元気ですのね。ごきげんようサツキ様」
部屋着姿のイチハツさんは、特に驚いた風ではなかった。
旅もここまで来ると、みんな手慣れたものだなぁ。
「って、どなたですの!?」
あ、連れ回した幽霊に気づいた。良かった。俺とクランにしか見えないアレかと不安になってきた頃だ。
「あら? おばさま様ですわ」
連れが妙なことを言い出した。
幽霊が、すすーっとイチハツさんに顔を近づける。
「――にしては随分と若いかしら?」
口元をひくつかせ後ずさるイチハツさんが、幽霊を指差しこちらに口をぱくぱくさせた。
あ、うん。ゴースト系アンデッドにしては意識と存在がやたら明確で違和感あるよな。
「!? ひぃぃ」
イチハツさんがさらに目を剥き小さな悲鳴を上げた。
どうしたのか、顔色から血の気が引く。
「ああそうか、幽霊に会うのは初めてか。冒険者家業だとアンデッド系ダンジョンや最悪、リッチとも遭遇するからなぁ」
幽霊が怖いって人はある程度居るから。
そりゃ霊体だもん。通常のモンスターと違って殴ったり斬ったりできないもんな。
「ひぃぃ!?」
振り向いた幽霊も悲鳴を上げた。
クランが追いついたのだ。
「やっと……止まった……。」
息も絶え絶えだった。
冒険者の高ランクなら魔法使いでも体力は高い。同ランク同士なら話は別だ。
「よく追ってきたな」
「うん、サツキくんを……ムチムチから目を覚まさせるためなら……。」
すまない。そこは手遅れだ。苺さんが初恋の人って時点で。
そしてお前もいずれはムチムチにしてくれようぞ。
「お二人とも、そういう事は部屋で秘めやかに行なって頂きたいのですけれど。いえ、見学させて頂けるのならそれはそれで」
イチハツさん。頬を染めながらもガン見なのな。
他の連中も遅れて合流する。
夜中に何かすまんのう。
「サツキ様、はしゃぎ過ぎは、はしたなくてよ?」
「お嬢様、世には人に見られてさらに燃え上がるアレな人種も一定数居るらしいですぜ」
「うむ。お世継ぎの顔を見られるのも遠くないであろうな、うむ」
ガザニアが殺人鬼のような目で涙を流していた。
あと勝手に一定数に混ぜるな。
「あの、それで先ほどから気になっていたのですが、こちらのお方は、どのなたなのでしょうか?」
アサガオさん。いい着眼点だ。
ていうか、ほんと誰?
「サツキくんを惑わす……悪い奴」
しゃあを虐める悪い奴みたいに言うな。
「確かにワタクシ、お二人の営みを邪魔してしまいましたわ」
「「「営み!!」」」
女子勢が食いつく。
特にイチハツさんが。
「そ、そそそ、その営みとは!! 具体的にどういったものでしょうか!? こう、こう具体的に!!」
「貴女は随分と熱心なのね」
何故か幽霊が悲しそうな複雑な顔をする。
「そ、それは、確かに、これほどの格好をする男女が行う事ですからら後学の為にもと」
「男女ですって!? どちらかが男の子って事なの!?」
「? えぇ、こちらのサツキ様は、正真正銘、いえ確証はありませんが男性のはずです」
イチハツさんの説明がアバウト過ぎてツラい。
「確かに……確かにツイてらっしゃいまいしたわ!! 可愛らしいのが!!」
「可愛いとか言うなよ!!」
「「「ご覧になったと仰るの!?」」」
もういいって!!
「ど、どどど」
「イチハツさん、深呼吸、深呼吸」
「すーはーすーはー……それで、どういった形状なのでしょうか? 詳しく、何卒こう詳しく」
「だから落ち着け侯爵家の娘!! いやめっちゃ目が血走ってるんだけど!?」
白目がちな三角目だが、もう黒目が殆ど点に絞り込まれてる。それでいて可愛いんだからこの子も相当だよな。
「こう爵と仰いまして? まさかヴァイオレット様の公爵家ではなくて?」
幽霊が頭一つ高く浮いて全員を見下ろした。
ゆらゆらと左右に体が揺れている。動揺してるのか?
「そちらの公爵家は当家ですわ。名乗りが遅れました、ワタクシがスミレ・ヴァイオレットです。公爵令嬢と呼ばれたら大抵はワタクシですわね」
「では」とイチハツさんを見下ろす。万が一間違いであって欲しいという、縋るような視線だった。
「まさかこちらの性知識に貪欲なかたが」
「イーリダキアイ家はワタクシの実家ですわ?」
……。
……。
二人の女の視線が衝突した。
数瞬の沈黙置いて、
「子孫よ!!」「ご先祖様!!」
がっしりと抱き合っていた。
よく分からんが、一件落着か?
「飼料術師? 農業の技術発展でもされていたのでしょうか?」
イチハツさんが困惑する。
貴族令嬢には馴染みのない言葉だ。
「死霊術師、ネクロマンサーだな」
俺が間に入らないと話が進まないか。
「貴女は、家霊の身でありながら、術者本人なのだろう?」
「仰せの通りだわ? ワタクシ自身、知ったのはつい先日だけれど。教会関係者の一団が宿泊された折に、僧侶の女性からサツキさんと同じ指摘をされたのよ? もう笑っちゃう」
俺たち以外にもここで騒動を起こした連中が居たらしい。
既に宿泊とか言ってるし。
「そういえば、その集団にも見目麗しく声も銀鈴のようなお嬢さんに、おちんちんが付いていたわ? それでサツキさんもそういう種の人類なのかと疑いもせず。ウケる」
ん? どっかで聞いた連中だな。
「その話も詳しく。何卒詳しくハナショウブ様」
イチハツさんの鼻息が荒い。
俺のおちんちんに関しては、可能な限りご内聞に願いたいのだが?
「本来なら、貴族の子女がはしたないと嗜めるべきよ?」
俺の隣りには、はしたないと言われて悦びを感じる辺境伯令嬢が居るが。
「でも侯爵家の子孫繁栄が掛かっているかしら。いいでしょうワタクシの持てる知識を授けましょう」
「だったらさ――。」
「そいじゃ片付けも済んだし、収納するから」
遅めの朝食を終え、全員が敷地の外に出た。
日が昇ってから気づいたが、庭は庭園風に整備され東屋まで備えてあった。色とりどりの薔薇が良く育ってる。腰の位置で綺麗に剪定してるな。伸ばし放題か大胆に剪定してるかで幹の太さが変わる。庭師を雇えないなら、やったのは彼女か。
裏側は菜園になって居た。苗木に使えそうなものもあるし、何より種類があるのが強い。
「……待ってサツキくん……ラッセル、テキセンシス、コマクサに絡まないの。ほら……巻き添え食っちゃうから……。」
酷い言われようだ。
「本当に良かったんだよな?」
最終確認だ。大掛かりになるから。
「勘案はしたわ? でも快諾とは思わないでちょうだい。断り居続けてもまた面倒な一団が来るでしょうし。だったら姉様のお孫ちゃんと一緒の方がいいかしら。サツキさんが良く理解を示してくれるなら、その方が楽よ?」
「そりゃあ、こっちは願ったりだけどさ」
端的に言うと、彼女をスカウトした。
教会とやらの招聘もあったが、断った結果が昨夜の騒動と結論づけたらしい。
「じゃあこの辺一帯でやるから――ん。不備なし」
館を敷地ごとストレージへ収納した。
この規模でも容量には空きがある。城まで城下町ごと入りそうだ。
そして幽霊、ハナショウブの姿も消えていた。
「凄いですね、サツキ様。お屋敷ごと拉致監禁なんて初めて見ました」
「さすサツ」
アサガオさんとアザミさんはストレージは初見か。
興奮する二人と違い、スミレさんは冷静を装っていた。
「言った方がいいならいくらでも申し上げます」
「お、おう?」
三人が目配せして、
「「「――い、今何をしたんですか!?」」」
「え、これ付き合わないと駄目なヤツ?」
「……ボーナスタイムだと思って……レッツ」
しょうがないなぁ。そこまで言うのなら。
「ストレージに収納しただけど?」(キョトン)
「「「ストレージに収納!?」」」




