230話 恐怖劇場 続・怨霊の住む館(後編)
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まだこのシリーズは続きます。
どん、と<気>のような物が背に当たり、転がるように廊下へ押し出された。鈍器じゃないわよ?
「さぁて、どちらから始末してやろうしら」
遅れて扉を開けた僧侶の子が指をポキポキ鳴らしてる。
「「ひぃぃぃッ!?」」
悪霊っぽい子とワタクシが抱き合いながら震え上がり、
「「ひぃぃぃッ!?」」
抱き合いつつもお互いの顔を見て更に震え上がった。
おのれ四面楚歌か!!
そして部屋の中では、
「ふぐっー!! ふぐっー!! 」
タイツを被った少女が両手をまっすぐ伸ばして跳ね上がる。
もう!! なんて四面楚歌だよ!! 泣きそうだよ!!
ていうか僧侶の子、ワタクシが見えてたって事ね!? 見えてて泳がせてたって事ね!?
「ふごごご」
そしてこの子はタイツを被ったままなのね!?
「何言ってるか分からないわよ?」
僧侶が少女の頭からタイツ(黒スト)を剥ぎ取ると、自然な流れで自分で履いた。元々この子のだったのね。
「ぷふぅ、リロードありがとう御座いますサザンカお姉さん!!」
「貴女の為じゃないわよ!!」
「え!? おかわりは!? おかわりは頂けないんですか!? そんな馬鹿な!!」
「馬鹿はあんただ!!」
「それは余りも殺生ですよサザンカお姉さん!!」
僧侶の子も手を焼いてるみたい……凄いわ!!
とにかく、ここに至っては対話よ。交渉よ。最悪、明日の朝にでも出て行ってくれないかしら?
「あの、貴女がたは何者なのですか? なんの集団ですか? そしてこちらの幽霊は何者ですか?」
隣の霊体を指す。
白だったろう着物はボロボロに崩れ、皮膚はひび割れ目は窪み、おまけに髪の毛が油ぎっている。女子力は皆無だ。
ていうかこちらの方が所謂幽霊のイメージ寄りかしら?
ワタクシが使役する幽霊も亡霊も霊魂も、みんなコギャルだったり清楚系だったり世話焼き町娘だったりメイドだったり、あとナースやハイレグバニーガールや、お金と時間を持て余した人妻や……もう何の集団やら!!
「落ち込んでいるところ悪いけど貴女たち二体、仲間じゃ無いの?」
失礼なことを言ってるわ!?
「疎漏にも程があるかしら!? 見てみなさいよワタクシの身なり? 死しても貴族子女のプライドは失っていなくてよ!!」
でも、やってる事といえば掃除洗濯天日干しときた。アレ? 貴族子女のプライドって一体?
それと前述の通り、仲間の幽霊達を人前に出して大丈夫か悩むわ? 夜のお店でもそうそう無い面子よ?
「皆さん、落ち着いてください」
先ほどまでタイツを被っていた人が何か言っている。できれば貴女に落ち着いて欲しいわ?
小さな顔の中で愛くるしい瞳が、床に這うワタクシを無遠慮に見下ろす。
この子の貫禄、他とは違うわね? 元貴族のワタクシには分かるのよ。これは、まるで王族――。
「失礼」
「ひゃぁ!?」
ワタクシのスカートを捲り、あろう事か!! あろう事か!! ああっ、両足首ぐいっと持ち上げて恥ずかし固めをするではありませんか!?
「こんな幼い子に無理やりなんて嫌ーッ!!」
「見てくださいサザンカお姉さん!!」
「凄い光景ね」
「嫌ーッ!! 見ないでーッ!!」
「脚です!!」
そりゃあワタクシ、脚には自信がありますわよ? だけれど、こんな辱めを受けるだなんて!!
「オッケー、じゃあ祓うのそっちだけね」
僧侶の子がロッドを構えると、先端に仕込んだ紅玉が輝き出した。
「マリー、そちらが巻き添えにならないように!!」
「任せてください!! そぉレー!!」
ズルズルと、ワタクシを辱めた体制のまま距離を取る。
せめて!! せめて人並みでー!!
「コデマリから教えてもらったヤツ、試すわよ!! オンコロコロ……えぇと何だっけ、あ、これね、アミリテイウンパッタ!!」
僧侶の子の聞き慣れない呪文に合わせ、視界の隅で炎が踊ったの。
途端に、知らない霊が巻き込まれたわ。というより浄化? 当て逃げ的浄化? 「ぎゃー」とか言いながら渦巻く火炎に飲み込まれていくのよ?
「って何をやってるの!! お屋敷が燃えてしまうじゃない!!」
「意に違わずそちらを心配するのね」
僧侶がロッドを下ろして振り向く。声も顔も穏やかだ。
逆に、
「え? 何してるんですかサザンカお姉さん!? 何で怨霊みたいなの燃えちゃったんです!? 今のシンゴン、煩悩除去とか息災延命のご利益があるやつなんですよ!? ていうか印くらい組んでからやって下さいよ!! ああもう、コデマリくんも僧侶向けならルリコウ勧めればいいのに!!」
何だか、やらかしたみたいだわ?
あと、誰も気づいてないみたいだけれど、妙に怖い顔の人が召喚されちゃってるわ?
腕、六本もあるの。えげつない武器持ってる。三叉の槍なんて特に物騒。
ワタクシにガンたれてくださるのだけれど? これ、どうにかして欲しいわ。
あら? 消えていくのね。
やがて騒ぎを聞きつけた教会騎士やおちんちんの女の子がやってきたけれど。もっと早く来て止めて欲しかったわ?
「随分と微妙な存在のようね」
リビングで皆さんにお茶をお出ししていたら、ワタクシについてサザンカさんが指摘した。
「ワタクシからすれば皆さんの方が微妙ですけれど……特にマリーさん。アレ、一体何をやっていたのですか?」
サザンカさんのタイツを被って痙攣する光景はトラウマ級よ。
「幽霊のお姉さんもやってみれば分かります!!」
「薦めてこないで……。」
「アレなしでは生きていけない体になっちゃいます!!」
「困ったわ……?」
困惑しつつも、サザンカさんを見る。こんな綺麗と可愛いを混ぜた可憐な人が履いたタイツ。確かに有りかしら?
「コホン、話を戻すわね。貴女、シルキーでしょ? 存在が変質して間もないようだけど」
シルキー? ママの味じゃないわね?
「それは……家につく精霊という認識ですが、ただの怨念であるワタクシがそのような」
「じゃあ何を恨んでいるの? 心残りは?」
言われて顎に指を添え思案する。
「恨みといえば……勝手に館に入り込み中を荒らす連中でしょうか。心残りは……そうですね、マリーさんとサザンカさんがやんちゃしたベッドの掃除が心残りと言えば心残りかと」
「余計な事言わないでよ!!」
「あ、証拠ならありますよ、幽霊のお姉さんが幽霊じゃない証拠」
ややこしいわ?
って、マリーさんワタクシのスカートを引っ張らないで!!
「ほらこれですこれ。ちゃんと足があります。幽霊がこんなにエロいムッチリな足な訳ありません」
ラノベのタイトルみたいに言わないで!!
「見てください、この膝上ソックスからはみ出る張りのあるお肉!! 怨霊にさせておくには惜しいです!!」
騎士さんたちが視線を逸らし、サザンカさんが聖女様の目を手で隠した。
気まずい空気になり、騎士の一人が咳払いをする。
「それでお嬢、こちらのかたが微妙というのは一体?」
そうよ!! ムチムチしてるのがそんなに悪いのかしら!! ワタクシが子供の頃はお父様だって、お母様にこれがたまらんとか仰っていたわ!!
「貴女、どこまで使えるのかしら? 叫ぶ見せるは初歩として、さっきは教会が放った幽霊と因を結んでいたわ」
「え……。」
因を結ぶ? さっきのお化けと?
「あの多分、霊障なら一通りは出来るかと。騒霊なんかも。あとは使役かしら」
「テイム?」
「魔物使いじゃないので幽霊限定になるわ? 亡霊、幽霊、死霊、霊魂とか使えるみたい」
みたい、というのは人に向かって使った事がないから。
「一度は追い払ったはずの教会の犬が戻ってきたのは、貴女に引き寄せられたからなのね」
さっきのアレ、ワタクシのせいになってますわ? そう言えば「戻ってきた」的な事を仰っていたわ。
「貴女、自覚はないかもしれないけれどネクロマンサーね」
「言われてみればそんな気がしてきましたわ!!」
反射神経で答えてしまった。
えぇと、ネクロマンサー? 死霊術師? ああ、はい。なんとなく思い出してきました。
「それも侯爵家の近縁」
「そちらは当たりですわ。仰せの通り、ワタクシの母は名門侯爵家の者よ?」
そこまで言うと二人の騎士が、ああ、と納得した。一人だけ若い男の子が「?」って顔をしてる。
そう言う事ですのね。
「分かったわ? それだけ時間が経ってしまっていたのね……。でしたら女の子におちんちんが生えていても不思議じゃないわ」
「斜め上に納得されてしまったわね。マリーはおっさん臭いフェチを持ってるけど生えていないわよ?」
「そこでどうして私になるんですか!?」
うん? ひょっとして聖女様に生えてるのは秘密だったのかしら?
「失言だったわ? おちんちんの事は一旦忘れて」
「いいえおちんちんと聞いて黙ってなんかいられません!!」
「お願いだからちょっと静かにしてマリー」
サザンカさんが常識をわきまえてくれてて本当に良かったわ。
「それについては後で女子部屋で詳細を伺うから、今はいいわ」
本当に良かった……わ?
え? それワタクシも付き合わなきゃ駄目なんですか?
結局、おちんちんについて三人で知り得る限りの情報を交換した。
ていうか、マリーさんみたいな子供に聞かせて良かったのかしら?
「昨晩はお愉しみでした!!」
ダイニングで朝食の準備をしているとマリーさんが降りて来た。
お願いだから黙っていて。
騎士の三人が一瞬だけマリーさんを見たけれど、すぐに興味を無くして会話に戻ったわ? 日常的に昨晩がお愉しみな子なのかしら。
「仲良くなれたみたいで良かったですね」
聖女様の屈託のない笑顔が、じくりと胸に刺さる。
ごめんなさい。
本当、ごめんなさい。
「やっぱウチに来る気は無いのかしら?」
「サザンカさん、おはよう御座います。お誘いは嬉しいけれど、ワタクシはここが気に入っているのよ。執着に近い事は分かるわ? それに、侯爵家が盛隆と聞いてひとまず気は休まったかしら」
「ちっ、余計な情報を与えたか」
「ふふふ」
死霊術師の父と恋仲になった母が原因で立場が危うくなったものの、優秀な甥たちが盛り立ててくれたみたい。
ワタクシだけに子細を教えてくれたわ? 教会関係者も上層しか知らない事実だって。
ワタクシの存在もイーリダキアイ侯爵家でしか語り継がれていないようね。汚点としてではなく、一つの到達点だというから、侯爵家とは不仲じゃなかったのかしら。
件の死霊術師……お父様は、盆とお正月には教会本山に長期滞在もしていたのよ。狂言回しで招かれていたみたい。教会の幹部クラスや古参が事情に詳しいのはその辺りかしら。
「ハナショウブさんがあたし達に同行してくれれば心強いのだけれど」
「嬉しいお誘いだわ? でも、ここで旅人を受け入れるのも、何だか楽しい気がするから。そう思えるようになったのは皆さんのお陰よ? それに――。」
一同の顔を見る。
ここに居れば、これからもこんな出会いに恵まれるかしら?
でもね、
この言葉が、数日後にあんな地獄を招くだなんて……。




