227話 港のしおかぜ(サザンカ逃走編 後編)
「お嬢!! 老人共の腰巾着の検問ですぜ!! 4キロ先で僧兵まで担ぎ出してやがった!!」
森の木陰に馬車ごと身を隠すあたし達に、哨戒行動の騎馬が一騎戻ってきた。無人の馬を一頭牽引している。
「その子は?」
「行商人から買いました。パイナス傘下の紋章付きでしたから」
「いいわ!!」
足の付かない足の確保は大きい。
「でも迂回するにしたって、目的地が特定されちゃあね」
「カサブランカ方面へ馬車を囮に出せるかと」
ここで味方は全員分断か。
「そちら方面へ送った同僚と合流して囮継続か転身して援護に回るか、適宜判断になりますが」
「距離が離れたなら身の安全を優先して。マリーは馬、いけるわよね?」
「アンスリウムの学園じゃブイブイ言わせてました!!」
「よろしい。コデマリはこっちに」
方針は決まった。ここからはスピード勝負だ。
騎士の馬にあたしとコデマリがタンデムで乗り、もう一頭にマリーが跨った。
「迂回路は悪路です、お気をつけて!!」
「そちらも」
馬車の御者台に収まるや、彼は街道へと森を抜けた。
「しっかり掴まっててよ!!」
こちらも反対側へスタートさせた。
前方には山岳地帯だ。ここを抜ければポーチュカラ、アザレアの玄関口とも言える港町だ。
中天の烏輪は輝々として地表を照らしていた。
「どうしました?」
マリーが馬の手綱を調整しながら並走する。器用な子ね。
「照り返しが強いのよ」
あれ以来。発汗には敏感になっていた。
岩肌を剥き出しにした登り道は、舗装路とは呼べたものじゃない。バランスが悪いから馬から降りなくちゃならない。
上部から下流へ奇襲するなら絶好の会敵ポイントだ。
「最悪!! 教会が野盗を手引きするか!!」
近隣のマップと危険度は頭に入っていた。
通常、自然災害に起因する被害軽減や防災対策を目的とした情報公開は国家の責務である。人為的なものも同列の扱いだ。
ポーチュカラは流通の要だ。商人ギルドも行政も治安に注力して当然だわ。背中を預ける山岳地帯を山賊が根城にしたとなるや、当日中に討伐隊を編成する程度には。
「囲みに来てますね」
マリーも岩陰にチラリチラリと見える連中の装備を認めた。相手の動きを相対的に推測できてる。公式ではSランクと言ったかしら。
「応戦、待って。向こうの海側に抜ける時間が惜しいわ」
「襲ってきたがるのは連中なんですよ?」
「分かってる!!」
「来ました!!」
言ってる間に右側面から無数の矢が飛来した。
引き付けて、聖拳反射盾の予備動作。呼吸と共に構えを取る。あたしに落ちた巨大な影が日差しと射線を遮った。
「弓兵に、二度も遅れはとらんわ」
赤黒い筋肉の頂きで、錆を含んだ声が宣言した。火炎が踊るのを筋肉の背中越しに見た。その先端に舐められた矢が一瞬で消し炭になる。
「学園の騒動で報告書にちらほら上がってたけどマリーの使い魔だったの!?」
グレートホースに跨る鬼神の目撃談だ。
野太い笑い声と共に敵を蹴散らす姿はさぞ地獄だったろう。
「シャクヤクっていいます!! 行けシャクヤク!! 5000度の炎で滅却だ!!」
「えげつない指示出すのね」
ぱぱらぱー、と鬼神が飛び上がると、伸ばした指先から一条の光が、岩間の向こうで右から左に走った。
数瞬遅れて男達の悲鳴と天高くそびえるファイアーウォールが湧き立つ。
「何よこのマップ兵器!?」
「今のうちにこちらの駒を進めましょう!!」
あたしにしがみつくコデマリが、頬を熱風に煽られながら促してきた。
「なんで平然としてられるのよ!!」
「マリーさんのする事ですから、これくらいは」
全服の信頼が置かれていた。
「あたしはまだその域じゃないのよ!! 言ってるそばからあたしの影から何か出てきた!?」
焦茶色のずんぐりとした物体。丸みがあるくせにもふもふだ。見覚えがある。
「オダマキの温泉で会った、えぇと、幻獣・鵺?」
雷獣とも呼ばれた。
つまり得意技は……。
「活路を開きます。コデマリくんはサザンカお姉さんの後ろに!! 正面!! 100万ボルトでちゅー!!」
「ちょっ、待ちなさい!!」
止める間もなく幻獣から電撃が放たれた。
正面の岩陰から潜んでいた山賊がが虫みたいにわらわら出てくる。
あと、あたし達の馬がパニックを起こした。
「馬が逃げちゃったじゃない!!」
「大丈夫です!!」
鬼神と鵺がひとしきり暴れる中、降り返った彼女はとてもドヤ顔だった。
「奥の手があります!!」
「ポーチュカラです!! 正門、受付が混雑してますよ!!」
あたしの背後から顔を出したコデマリが叫ぶ。だが、もうどうしようもない。もう止まらない。誰にも止められない。
マリーが提案した奥の手。
幻獣・鵺にしがみつくあたしとコデマリ。並走する鬼神に何故か肩車なマリー。
港町の関門に向かって爆走だった。
「潮風が心地いいですね!!」
肩車なのでめっちゃ顔に風が当たってるはずなのに、この子は余裕だなぁ。
「ああもう!! ゲートはこのまま押し入るわよ!!」
「強硬入場は重罪ですよ!?」
「鮮度を重視するトレーダーの街が検問で混雑させるもんですか!! どうせ教会の差し金よ!!」
足を止めたら終わりだ。このまま押し通らせて頂く。
「ごーめーんなさーい!! とーしてくださーい!!」
マリーが声を張り上げると、ゲート前に並んだ商人の列がこちらを向いて、驚愕に目を見開いたのも束の間、一斉に道を開けてくれた。
示し合わせてる!? クレマチスの発言権ってそこまでなの!?
「あちゃー、ジギタリスで支部襲撃しちゃってたなぁ……。」
「それも僕のせいなんですよね……。」
もとは保護目的だったのだけれど。
反省は後よ、後。
「グーリンガーデンSSランクのサザンカだ!! 他国の要人を護衛につき押し通らせて頂く!!」
冒険者の身分を名乗ったのは依頼受注による対面が立つため。
「止まれー!! 止まれぇー!!」
僧衣の男達が立ち塞がる。
「とーまーれまーせーっん!!」
マリーが叫ぶ。
「ひぃぃ!?」
僧衣達も叫ぶ。
潮風だけが心地よかった。
「着いてきますよ!?」
「そりゃ目立つから!!」
マリーは相変わらず肩車だ。ここにいますよと喧伝してるようなものよ。
ポーチュカラの大通りを港口へ進む。
前方を通る人たちが次々と道を譲ってくれるのは有り難い。行き届いてる事で。
ついでに街のあちこちから保守派の僧兵が現れる。人員の配置からしてある程度読まれてるな。
って左!? 追いすがる奴が居る!?
「お久しぶりです聖女様!!」
馬で並走する若者だ。短い髪に清潔そうな身なり。地元の商人か。あどけない顔立ちが印象的だ。
「ヤマボウシさん!! ご無事だったんですね!!」
背後で弾んだ声が返った。
「お知り合いなわけ?」
「ジギタリスです!! 僕を匿って別の街の冒険者ギルドに手配してくれたんです。そのせいでヤマボウシさんが狙われ出して」
「クレマチス商会が上手く手配してくれたんです。今はこちらの支部でお世話になってます」
またジギタリスかぁ。
別の街って事はカサブランカね。あれ? ナツメさんの弟さんって確か……?
「邂逅の所、悪いのだけれど」
「そのまま前進でお願いします」
「用意がいいわね」
「出航準備、シーケンスに入るのは楽でした。ゲートの前から目立ってましたから!!」
敵も寄せ付けちゃったけどね。
「ここの商人は味方です。聖女様には恩義があるんです」
「匿ってもらう用意、無駄にしてごめんなさいね」
「あの船です。マストが上がってます」
「マリー、先行して!! あっ」
進行方向。船着場の前で僧侶達が人の壁を作っていた。
「ありがとうございます、サザンカお姉さん。お姉さんのおかげでコデマリくんと国元へ帰れそうです」
「ちょ、ダメよ!! アイツら殺したらマリーの故郷に遺恨が残るわ!!」
一番の懸念がこれだ。
そうでもなきゃ、襲われるたびに皆殺しにしてるもん。
「大丈夫です!! ユリ!! コデマリくんをお願い!!」
この旅もここで終わりってことね。
跨るこげ茶の毛並みを優しく撫でる。
「ありがとう、あたしはここで降りるわ」
幻獣が速度を落とす。
「どうぞ!!」
商人の若者――ヤマボウシさんが馬の速度を合わせてくれた。
迷わず彼の後部に飛び移る。
「サザンカさん!! お世話になりました!!」
追い抜くコデマリと幻獣の背に何か言おうと思ったけれど、言葉が出なかった。
前方には僧兵まで巻き込んでのスクラムだ。
鵺なら余裕で飛び越えるんだろうな。
そんな風に思っていた時期があたしにもありました。
マリーの口上を聞くまでは。
「――ははははははは!! やぁやぁ我こそはキクノハナヒラク帝国が第三皇女、真名はマリーゴールドなり!! 我こそと思う強者どもよ!! 見事この首取って手柄にするがいい!!」
趣旨変わってるじゃない!!
「行けーっ!! ボタン!! 殴り込みよ!!」
あ、我謝髑髏……。
何事もなく出港する船を、聖騎士、僧兵、商人とで呆然と見送った。
皆が疲労困憊である。
今後の港町の復興を考えると頭が痛い。
「……。」
流石にヤマボウシさんも言葉が出ない様子だ。
ただ能天気に船上で手を振るマリーが、少しだけ憎らしかった。
「さーよーおーなーらー!! サザンカお姉さーん!! お姉さんの蒸れた足、素敵でしたー!! 法で規制が必要なくらい中毒性がありますー!!」
何言い出してんだ!?
全員が変な目でこっちを見る。
ヤマボウシさんがハッと何かを思いつく。
「……いっそ……この町の名物に!!」
思いとどまれ!!
僧侶達がハッと何かを思いつく。
「……我々は、新たな聖女様を得たのかもしれない」
祭り上げないでよ!!




