226話 湖畔のひだまり(サザンカ逃走編 前編)
うららかな日差しのもと、馬車が進む。
内側に、触れればはじける鳳仙花を潜めているとは知らずに。
日差しが柔らかい。
世は光風霽月、事も無し。のどかな畦道を横目に、馬車は次の村を目指した。追っ手の最後は三日前だ。振り切ったと思いたいが、向こうだってルートぐらい絞ってる。一日半の差って所かしら。
「水の匂いがします」
マリーが馬車の窓を開けた。
清涼な空気が車内を満たす。
追撃を警戒するなら危険な行為だけど、こんな時くらい油断しておかなくちゃ息が詰まる。
「湖畔の村よ。森に囲まれて、散策するコースもあるの。ふわぁ……。」
不覚にもあくびが出た。
仲間の教会騎士が先行している。緊急時は信号が上がる手筈だ。
「コデマリは交代、大丈夫?」
「もともと馬番でマリーさんのパーティに居たんです」
御者台の扉をスライドすると、今朝から手綱を握る小さな背が元気に応える。
修道女の格好はやめさせ、少年冒険者風の装いだ。可愛いな。
「あ、戻ってきました」
「ん」
前方から騎馬の影が一つ。一人ってことは問題無いみたいね。
有事の際は三人居るうち、二人はコデマリに付く手筈だ。
「副長、経路に異常無し。一キロで湖畔の村です。先輩達が先行して様子を確認しています。それと宿の確保も」
馬上から若い教会騎士が報告する。騎士の中では最年少だ。
「ゆっくりできるといいわね」
「宿は期待してください。湖畔が観光名所になってますから」
「うん、知ってる」
思わず声が弾んだ。
追っての教会保守勢力の事は忘れちゃいないけど、それでも足を伸ばして眠れるのは期待が高まる。
「サザンカお姉さん、嬉しそうですね」
「マリーこそ」
「そりゃあ、今までおあずけでしたから」
「そう? ポーチュカラで出航さえして仕舞えば追跡の心配はないでしょ」
「いえ、そちらでは無くて」
「ふぅん?」
「ふふ、楽しみです」
「そうね、楽しみね」
「ふふふ」
「うふふ」
「ふふふ…… ぐぅえっへっへへへ」
汚い笑いだなぁ。
チェックインを済ませ、警戒がてら湖畔の遊歩道へ足を伸ばした。マリーとコデマリも一緒。
何かあったら目に見える場所に居てくれた方が動きやすい。
野鳥の鳴き声が賑やかだ。
途中、釣竿を担いだ老人とすれ違った。
「つーれましたかぁ?」
マリーが人懐こい笑顔で尋ねる。
「おおう、大量じゃねぇがさ、ほどほどになぁ」
「爺ちゃんの腕はすげーんだぜ!!」
と老人の背から小さな男の子が顔を出す。
「そっかー、お爺さん釣り名人なんだねー」
二、三、話をして別れる時、少年が大きく手を振り見送ってくれた。
湖畔に着くと、マリーがすぐにシートを広げる。
「何を持ってきたのかと思えば」
「さっきの宿でお弁当ももらってきちゃいました」
でかした。よくやった。
三人で湖畔の景色を眺めながら、肉団子定食弁当を頂いた。
味付けは薄めだけど素材の旨味が生かされている。
「マリーは、好き嫌いないのね。偉いわ」
「はい!! 早くおっぱい大きくなりたいですから!!」
偉いわじゃない。エロいわ、だ。
「……好き嫌いがないと……胸が大きくなるんですね」
「そんなわけないでしょ!! コデマリはちゃんと食べないと背が伸びないわよ?」
自分の胸に手を当てて蒼白になっていた。この子も好き嫌いは無いらしい。
野鳥の囀りを聞きながら、ぼんやりと水面の光の反射を眺めた。
日差しは、緩やかだ。
「ここの逸話って知ってる?」
何気なしに振ってみる。
「よく釣れるんですか?」
「逸話よ。昔し話し」
アザレアじゃ有名なんだけどな。
「初代勇者様が剣を投げ入れたら、渾々と清い水が湧き出し、朝には湖が水面を広げていたという」
そのせいか、これほどの水源でありながら水棲系魔物が生息しないんだってさ。
「あ、それならお爺ちゃんも同じことをやってました」
ん? なんて?
「どこにでもある話なんですね」
「う、うん。うん?」
聞き間違いかな?
「それより中央都市近郊の、凄かったですね。大きいの。ね、コデマリくんも思わず傾注」
「あ、はいホテルですよね?」
マリーとコデマリが何か頷き合う。
「大きいよね」
「ああ、規模は大きかったですね。大浴場もあって」
「女将さんのおっぱいが」
「んん?」
コデマリが眉を寄せる。
どう返せばいいのか、戸惑ってる。
「大きいよね?」
あたしに振ってきた。
「どうだったか」
はぐらかす。
確かに大きい。そして徐々にだがあの域に近づく自分を実感する。
別れ際の言葉。「今度、彼氏を連れていらっしゃい」が心穏やかじゃない。もやっと残る。
「張りが凄いと思うんです」
マリーが揉んできた。何であたし?
「よしてよ?」
特に振り解くでも無く、なすがままに揉ませてみた。
コデマリが視線を外す。
ふと頭上を見上げる。
抜けるような蒼穹が高かった。
まどろんだ昼間とは対照的に、夜の女子部屋は激しかった。
マリーに押し倒されたのだ。
……いや、乱高下にも程があんだろこれ。
「あなたって、そういう系?」
とりあえずさせたい様にさせてみるけど。
ベッドの上で体制を整える。
「全然です!!」
じゃあ何で迫ってきた!!
「言っておくけれど、あたしも違うからね? 気を利かせてたら御免なさい」
「ずっと我慢してました!! もう辛抱たまりません!!」
会話しろや。
サツキ、随分苦労してたんだろうな。
「はぁはぁ……。」
「息が荒いわ。落ち着きなさいな」
「ハァハァハァハァ!!」
「過呼吸かよ!!」
もう、どうしたいのよこの子は。
「タガが外れたところ恐縮だけれど、本当に何を求められてるのか分からないわ。百合の花の様な関係じゃないってのは分かるけど」
「可能性を捨てないでください!!」
「いい風に言うけど、ムードを感じないのよ」
切羽詰まってるのは感じるが。何に駆られてる?
「これ以上は……これ以上、おあずけされたら、私」
体重を乗せて来た。
跳ね除けるのは簡単なんだけど。うーん。
「あたしに可愛がって欲しいとかじゃないのよね?」
「そっちはそっちで魅力的ですけど、今は!!」
やっぱ違うか。
教会のような閉鎖空間に身を置いていると、若い修道女の子の夜のお世話をしたり、慕ってくる下働きとそういう関係にもなったりするけど。
まぁ、そんな経験もあるから落ち着いてられるんだけどさ。
小さな手が、あたしの太ももを弄る。
「こそばゆい」
身じろぎすると、逃すまいと指先がさらに、あたしの上でのたくった。
「ハァハァ……サザンカお姉さん、サザンカお姉さん……もう、いいですよね」
じっくり人の太ももを堪能しておいて。マリーの手がさらに下へと――ってそっちへ行くんかい!!
上に行くじゃないのかよ!? ちょっと期待しちゃったじゃんかよ!!
少女の手は、タイツの上を滑るように流れ、膝下で一旦止まった。嫌な予感しか無い。
丁寧にブーツを脱がせる。
「ああっ……凄」
両足の拘束が解放されるのと、小さな感嘆の声が上がるのは同時だ。
「って、待って、マリー!! 駄目、そこは蒸れてるから!! ずっと履きっぱなしで!!」
「だからいいんです!!」
何でよ!!
「この脳に突き刺さる凶悪な香り!! サザンカお姉さんの様な綺麗で可愛いらしい女の子がさせていい匂いじゃ無いです!! けしからん!! 実にけしからん!!」
「悪かったわね!!」
ていうかこの子、怖いんだけれど!!
「それでは、いただきます!!」
「だから待てや!!」
両足首を並べて掴むと――顔を埋めやがった!! 足裏に!!
「スハー!! スハー!! しゅ、しゅごい……!! タイツのザラザラな繊維にまとわりつくしっとりとした豊潤!! どこを嗅いでも決して完結しないまろやかさ!! なのに脳天に直撃するピリリとした刺激!! 10年に一度の当たり年です!!」
いい加減、泣きたくなってきた!!




