225話 強襲・フレッシュグリーン
「なんだ貴様らここをどこだと心得ておるびゃわらっー!?」
イチハツさんの奥義(野薔薇撃ち、と呼ぶらしい)が炸裂。門兵が門ごと派手に吹き飛んだ。出会い頭の事故だった。
「峰打ちですわ」
乱れた髪を払いしれっと言う。前方へ回転したドリルの鏃は、石畳と庭木を巻き込み正面玄関のガーゴイルの石像を粉砕してようやく止まった。
「相変わらずの初見殺しだね」
「初見で躱した方に言われましても……。」
「踏み込む予備動作さえ注意できれば、まぁその辺は経験則だ」
「ワタクシもまだまだですわね」
あの時と違いドレス姿である。麗しい令嬢が放つには破壊力が高すぎる。
「何の騒ぎだ!?」
わらわらと兵士たちが集まった。騎士階級は居ないのな。
「代官と言っても常駐させられる指示権や人事権は無いのかな。或いはあえて削られた?」
戦力を集中させないのはよく聞く。
「甲冑組なら元から居ないよ。護衛隊のような連中がのさばるわけさね」
着物姿のまま着いてきた宿屋の女将さんだ。プラチナブロンドをアップし、チラチラ露わになる首筋が艶麗だ、って、え? 着いてきちゃったの!?
「集まってきましたわね」
スミレさんがソワソワしてる。
うん分かる。血が騒ぐよな。
「あの、サツキ様? はしたない申し入れで恐縮ですが」
「いいよ。ここは譲ろう」
「はいっ」
薔薇色の笑顔が輝いていた。
すぐに口元を引き締め、集まる兵士や使用人に向き直る。
小さな背が大きく息を吸う。
よし、言ったれ。
「殴り込みじゃーーーー!!」
貴族の令嬢にあるまじき。
胸の前で可愛らしい握りこぶしを作り、力の限り叫んでいた。
ドレス姿のご令嬢と侮るなかれ。
同時に、アサガオさんの蔦が一斉に放たれ、あれよあれよと兵士に絡みつく。オールレンジアタックか。
三身に分身したアザミさんが、次々と兵士の首元に手刀を当て昏倒させる。当身だ。
……なんだこの無法者ども?
「何が起きているというのだ!?」
うん本当にね。
身なりのいい服装の男が駆け寄ってきた。年は40代前半か。立派な口髭だ。
「彼が代官よ」
俺の隣りで女将さん――ヒメシラギクさんが小声でガイドする。
あ、女将さんの事少しだけ思い出した。
辺境伯の領都近郊の村で、アイツに会いに来た事があって俺も紹介されたっけ。
「一体何の騒ぎだ、商店街組合の会長殿!? 何故あなたが悪漢どもを先導? 少女? え? 何でうちの護衛兵がしばかれてるの? って、なんか既に無力化されてるー!?」
分かるよ。
突然この事態だと、色々追い付かないよな!!
「お前さんに用があるのはこの子よ。おいと、可愛らしいからって変な気を起こすんじゃあないよ。あたしにとっても大切な子だからねぇ。妙な冤罪を付けてうちの店に押し入ってくれちゃって、只で済むとは思わないことだね」
要件、全部言われてるんだが。
「な、なな、なんのことだか、わ、わか、わからんぞ!!」
動揺しすぎだ!!
「冤罪とはなんだ!! 私を侮辱する気か!!」
「すっとぼけるんじゃないよ。証言ならいくらでも揃ってんだ。あたしらだってこのままって訳にはねぇ」
「いくら街の商店街ギルドとはいえ、司法にまで口出しされるわけにはいかんのだよ!! ましてやこのような押し入り強盗の真似事などして只で返す訳にはいかんなぁ!!」
真似事というか、完全にそれだ。門、破壊しちゃってるし。
「そいつはこっちの台詞だよ!! あんたらこそ只で帰れると思わないこったね!!」
「ここは私の家だ!! 既に帰宅済みだぞ組合長!?」
「だったらこれ以上帰れなくしてやるよ!!」
「まるで分からん!!」
凄いなヒメシラギクさん。言ったもん勝ちなんだ。
「大体お前ら商業組合は客の事情に関与しないのが心情だったはずだ!! 今になって何を出しゃばるか!!」
「公爵令嬢手篭めにしようとしてたんだよ、あんたの所の連中!!」
「なっ!? 馬鹿な!?」
「下手したら街ごと罪人認定!! 国家転覆の謀反の議で殲滅って事だってさ!!」
「どう言う事だ護衛隊長!?」
代官が俺に吠える。正確には俺の足元に引きずられる男にだ。
「あー、宿屋出たあたりで失神してたな。まぁ本人の証言無くても目撃者も居るし。ちなみにこちらがそのヴァイオレット・スミレ嬢と公爵家騎士隊の大隊長上級士官殿二名。さっきから暴れてるのが公爵令嬢の侍女と御学友。公爵令嬢と同じくそちらの護衛隊の性的被害にもあっている。そしてこちらの絶世の物を言う花こそが辺境伯令嬢だが――。」
「瑠璃紺の天使様の!?」
「今回、一切被害にあって無い」
「がーん……お姉ちゃんショックだよ……。」
そんな無表情で言われても。
クランには、あとで沢山かまってあげなくちゃな。
「本当に――どう言う事だと言うのだ」
あろう事か部下の前で膝を付きひしがれてしまった。
ヒメシラギクさんが「今よ」と目配せする。今よセーラームーン、だ。
なら、このまま利用させて頂く。
こうべを垂れる代官に近づき耳元へ顔を寄せる。
「助かりたいか?」
後にこの光景を見たイチハツさんは、淫魔の囁きのようだと評した。
ほんとそういうの詳しいのな。
「親書の体でありました。燃やさず執務室に残していたとは」
信じられんと言う顔でガザニアが戻った。
正面ロータリーで代官の配下を拘束していたが、何故かお嬢様がたの物覚えが良く、縛られる方もどこか幸せそうだった。
「よく分かりましたね?」
ヒメシラギクさんの予想は半信半疑だったが。
「小心者だからねぇ。こうなる事も見越してたんだろうさ。北方領主は随分と人選を間違ったようだね」
「ここで張るしか無かったのでしょう。時間さえ有れば、もう少しはまともな罠を仕掛けられたはずです」
あのアカネさんの生家がこんな下手を打つとは思えない。自領近郊で俺を拘束したかったか。
「兄ちゃんは抱き込む方には考えないんだな」
スミレさん達に手解きをしたネジバナが寄ってきた。
ストックは周囲の警戒に出ている。
「二重スパイよりも証言材料になってくれた方がね。他にも恨みを買ってるから。これが牽制になる意味は大きいよ」
「この子らが恩義でも感じてくれればねぇ。そりゃあやりやすいだろうさ」
同意してくれるのはありがたいが、ヒメシラギクさん? どこまで関わってくる気?
「ご覧になって!! 上手く結べましたわよ!!」
スミレさんから声が掛かる。
代官が亀甲縛りになっていた。
「ちょ、やり過ぎ!!」
不要な屈辱はさらなる禍根になる。何事も程々だ。
「いいや……もっとだ!! もっと強くだ!!」
意外と欲しがりな代官が気持ち悪かった。
今後は、以下を予定しています。
・226話~227話:サザンカ逃走編
・228話~232話:恐怖劇場 怨霊の住む館
・233話:ハイビスカス編導入




