224話 将来のいい女
夏休み向けの短話を作ってましたが世間一般の夏休みが終わったというか、夏が終わる……。
228話から公開予定。
仕込みは簡単だ。金で雇えば良い。
周囲の人の動きを、視線を送らずに探る。
天竺葵の芳香が鼻孔をくすぐった。クランがいつの間にか俺の傍らに寄り添っている。しなやかな肢体を寄せる仕草で――足をおもいっきり蹴って来た。
「何だよ、お前こそ何で漏洩してるんだよ」
「どうせ癒着の効果を期待してるなら……センセーショナルに飾らせてあげたいから」
何お姉さんぶってんの?
「んなもん、夜会だお披露目だでクソほど味わってんだろ。流石にドレス姿は過剰だっての」
「そういう所……。」
そっぽを向かれた。
今起きてる効果を客観的に見ろってことか?
「激越な印象は、傍観者の心象に鮮烈に焼き付けられる。そういう事か」
「当たらずとも」
「つまりは」「付け加えるなら」
「おい、あそこにおられるのは公爵様のお嬢様じゃないか?」
「まさか、こんな場所に?」
商人の二人組だ。
クランが口をつぐんだ。
女将さんが「こんな場所で悪かったねぇ」と二人組を睨む。
反対側から身なりのいい大男が頷く。
「いや俺も知ってるぞ。パイナスの重役に声をかけて頂き社交界に出たことがあってな。公爵閣下にご挨拶させて頂いた事があるんだ」
上流商社なら顔繋もあり得るだろうな。
「すると、一緒にいるお嬢さんがたも何処かの貴族のご令嬢って事かい」
「そうじゃなきゃこんな所であんなドレス姿は拝めんだろうよ」
「おいおい、貴族のお嬢様を襲うだなんて、アイツら終わってんなぁ」
小さな疑問は大きな波となってフロアを占めた。
「な、馬鹿な……。」
兵士たちが蒼白になる。
貴族の子女への暴力行為並びに性加害発言だもんな。
「小隊長殿、どうしますか?」
一階に隊長と共に残った兵士が小声で聞く。冷静でいられるのは自分だけ実行犯でないからか。
「確証もない流言に惑わされおって。共謀者は拘束し連行しろと言っている!!」
「いいんですかい?」
「詳しくは取り調べで聞く!! 貴族の名を騙った奴らも同罪だ!! そこのお前とお前と、そこからそっち側の奴らもだ!!」
いやそんなに連行出来んだろ。
まぁ商人風なのは偽物だけど。
ここで種あかし。
何と今フロアに居る野次馬の半分が実は仕掛け人。俺が雇ったエキストラだ。
「何の騒ぎだ!! そのお方から離れろ!!
出番とばかりに、場に騎士が乱入する。
「何だ貴様らは!? 容疑者の仲間か!?」
「ヴァイオレット公爵家の護衛騎士である!! 貴様らが詰め寄っているそのお方こそ公爵令嬢スミレ様そのお人にあらせられる!! 頭が高い。控えい!! 控えおろう!!」
それにしてもこの騎士、ノリノリである。
ともすればスキップでもしそうな騎士の登場に、上階に登った兵士も流石に駄目かと落胆した。これもう斬首だわ。
そんな彼らを寸で押し留めたのが、やはり隊長の一声であった。
「公爵家ともあろう大貴族が、護衛がたったの二人だと!! そんな訳があるか!! 公爵閣下の名を騙る不届き者が!! そうだ、皆んなまとめて検挙しよう!!」
社運を掛けた一声だった。
身柄を拘束してしまえば、本物の公爵令嬢だろうと関係ない。きっとここが正念場なんだ。
「だからそのお方に近づくなと言っている!!」
ネジバナの声が途切れたと思ったら、上階の兵士を片っ端から吹き抜けの欄干から突き落としていた。
上階との差もおかまいなしか。どうなってんだ、こいつの縮地の術?
それをキャッチし、改めて床に叩きつけるストックの技を讃えるべきか。力押しじゃない。コイツ、二代目勇者が持ち込んだ柔術ってのを極めてるな。
「さぁて、残りはお前らだけだぜ? 言っとくがお前らってのにはサツキの兄ちゃんも含まれてるからな」
「俺もかよ!?」
口元は笑みに歪んでるのに、こちらを見下ろす目が笑ってない。
「事前に話は通してたってなぁ。お嬢様をダシにした上、侮辱されちゃこのままお家にゃ帰れねぇんだよ」
「まだいいだろ!! 辺境伯令嬢なんて見向きもされなかったんだぞ!?」
「がーん……。」
クランが隣でショックを受けていた。
「だ、大丈夫だっ!! 俺にはクランが一番だから!!」
「……本当?」
「神明に誓って」
「お姉ちゃんが一番……?」
「お姉ちゃんがナンバーワンだ!!」
「そこっ!! 何をお二人だけでイチャイチャしてますの!!」
スミレさんに怒られた。
その隣で彼女を庇うネジバナが「しょうがねぇな」と肩をすくめる。
ただ、隣で俺を見つめるクランの視線が、焼け付くように熱かった。
まさか今夜はハードコアなのか?
「何を余裕をこいておるか!! たった四人を始末したからといい気になりよって!!」
「始末してねーよ!! 生きてるだろ!!」
「外にはまだ二個小隊が待機しておるのだぞ!!」
「来ないよ?」
……。
……。
「何?」
流石の隊長もアホづらになる。
「うちの臨時の召使いが張り切っててさ。外の奴ら、今頃は全員正座かな」
「馬鹿な……正座だと!!」
ガザニアが「一つ、教育してやろう」と、うきうきしながら出てったもんな。
後で目撃者に聞いたが、本当に十名余りの隊員が正座で説法を受けていたらしい。これだから帝国の奴らは。
「……お、お前ら」
厳つい顔を困り顔に歪め、口をぱくぱくさせてる。
「お前ら何なんだよ!!」
「旅の冒険者だよ。さ、それより行くぞ」
むんずと首根っこを掴み連れ出す。
「待て、どこへ行くってんだ!?」
何を今更?
「代官の所に決まってんだろ? ――お嬢さんがたっ、荷物の方は!!」
「いつでも出れますわ!!」
手すりから身を乗り出したスミレさんがいい返事を返した。だとすると、ドレス姿はそっち向きか。彼女の期待を裏切ったってのに、付き合いがいいよ。
「女将さん、慌ただしくてすまない。このままチェックアウトをお願いします。それと、こちらはお茶代にもなりませんが」
初代勇者の国の言い回しだ。同郷のはずの三代目の頃は馴染みが無いらしい。彼らの世界には時間軸の大きな隔たりがあるんだろうな。
渡しかけた金貨の小袋だが、たおやかな手が優しく押し返した。綺麗な指に思わず見惚れた。男一人をアイアンクローで宙に浮かす指だ。
「あの子の想い人から貰えないよ。宿屋なんてやってたら、こんなのは騒ぎに入らないわ」
強張っていた表情が、どこかで見た笑顔に崩れる。
そっか。
アイツ、歳を重ねたらこんないい女になるんだ。
「いてて」
「? どうかされまして?」
女将さんが可愛らしく小首を傾げる。
俺の脇腹をぎゅっとつねったクランはそっぽを向いていた。




