222話 宿場の夜
毎度閲覧ありがとう御座います。
いつもなのですが、出だしこそ品性方向で臨もうと試みますが、最後は真逆になります。謎です。
商業施設が並ぶメインストリートを西から茜色が穏やかに舐めていた。
町は賑わっていた。帰宅に足を早める年配の女性も。灯の点いた街に繰り出す男どもも。クエストから戻った冒険者も。一日の終わりと夜の始まりが一様に人々の生活へ溶けて滲んでる。
そいつが皆、足を止め、奇異の視線を無遠慮に投げてきた。
漆黒の遣いが昼間の熱気を霧散しようと、2台連れの馬車の形をとり割って入ったのだ。奇異が嫌悪に代るのは一瞬だったろう。
一つはそれこそ闇。重厚な車体に見たことも無い巨大な車輪。それを引くのは真っ白なグレートホースだ。もう一台は対照的に華奢な装飾の車体だ。基調は黒だが、表面に刻んだレリーフから貴族の馬車と知れた。だが、家紋が無い。この時点で訳ありだ。
極めつけに、二頭の灰色オオカミである。大人しく付き従うが、魔獣系の魔物の高位としちゃ馬車を引くグレートホースとどっこいときた。
誰もが遠巻きに見る。
目立ってんなぁ。
「代わってもらって……良かったわね」
ゲートで受け付け処理の折り、ガザニアが御者を申し出てくれた。
「こっちはいいけどさ。お嬢様の方は――あー、割と喜んでる」
アサガオさんが、御者台からの眺めに嬉々としていた。あ、左に並ぶストックから注意された。
おのぼりさんじゃ舐められる。騙そう奪おうって輩も寄ってくる。
メインストリートを目的の宿屋までゆっくり進んだ。寄り道は厳禁だ。だから近寄ってきた揚げ物屋から買うんじゃねーよ、オメェーはよ!!
「でも……馬車のまま……入るとは思わなかった」
車両が割れてるなら街の外に隠すのが常套手段だ。
そうしなかった理由は……明日の朝には結果が出るだろう。
「言っておくが、俺は聖人君子にはなれない」
「嫌な予防線。お姉ちゃん……サツキくんのそういう所は駄目だと思うの……。」
下手な言い訳ですまんね、どうも。
ポツポツとした街の明かりが、蒼い世界に対し本格的に勢力を広めた。
中央都市に近い所はこんなものだ。流通も人の交流も盛んだ。情報の伝達だって。利用しない手は無い。
「使えるてぇなら。ま、使う主義。いや悪かった、そんな睨むな」
フロントでいくつか注文を付けチェックインを済ませる。
部屋はお嬢様4人とこちらで分けた。クランは俺と同室だ。グリーンガーデン時代でも一緒の部屋なんてザラだ。他のパーティと雑魚寝だってある。今更なんだよ。
ガザニアと騎士も同階の三人部屋だ。交代で見張りに立つらしい。コイツらにも言い含めておかないとな。
……なんか、あっちだけ楽しそうだな。
クランは娘っ子らを扇動して公衆浴場へ向かった。備え付けの大浴場は一般にも公開されている。可愛いじゃないか。急に先輩風吹かしちゃってさ。
ノックが鳴った。ガザニアか。
「失礼するわ」
促すと、スミレさんが入室して来た。
てくてくと応接テーブル前の椅子に無言で座る。クランと大浴場へ行ったんじゃないのか。
そのまま見つめてくる。
何だろ?
しばらく見つめ合うと、意を決したように口を開いた。
「あー、今日は疲れてしまいましたわ。あ、いえ、冒険者初日から疲労が溜まったとかではなく、その……そう!! 靴です!! 靴が慣れなくて、その、そ、その――。」
ほんと何だろ? 何で人の部屋でコントを始める?
「む、蒸れて……蒸れに蒸れてしまいますわ!!」
顔を真っ赤にして靴を放り出しやがった。こらお嬢様。はしたないぞ。
「うぅ……死んでしまいそう……。」
涙目で訴えられてもな。
そして解放されたタイツのつま先を上げて見せつけてくる。
「何がしたいんだ? この流れはどう処理をしたらいいんだ?」
「跪いてもよろしくてよ!!」
何でだよ!!
「跪いて無様に年下の女の子が一日中旅で蒸れたつま先に、せ、せ、接吻でも何でも好きにすればいいじゃない!!」
だから何でだよ!!
「はっ!? まさか接吻だけじゃ無く、匂いまで嗅ぎたいだなんて!? じっとり汗ばんだ乙女の足を、タイツ越しに陵辱したいと仰せなのね!?」
「仰せじゃねーよ!!」
「塔の時でも途端にやる気を出されたではないですか!?」
「ああすれば諦めてくれると思ったんだよ!!」
結果的に、あの時着用してたタイツはまだ返せずにある。
「そもそも、こんなもの殿方は何がいいのかしら。理解に苦しむわ。サツキ様には効果が無いご様子ですし」
ヒョイヒョイとタイツ越しのつま先を上下に振って見せる。
俺の視線が上下に動いた。
しまった。
「え」
俺の気配に嫌なものを感じたか、そそくさと脚を閉じて姿勢を正す。靴は少し離れた所だ。
「あの……サツキ様?」
「失礼。つい、な」
不躾な視線はダメだよな。はしたないから、止めさせようと思ったが。
「そ、そ、その、謝罪を意図するところは!? まさか!?」
「ああ、まぁそうだ」
どう嗜めようか思案していた。ご自身で気づいてくれて良かった。
「ワタクシを、そのような目で……。」
「そりゃあ、どうしてやろうかと思うだろ。あまりそうは見えないようだが、俺だって男の子だ」
「男の子!? そ、それは、だ、だ、男性的な意味で……?」
? いやそういう意味だが? 夜に男の部屋を訪れるのは迂闊だ。無防備だ。改めて欲しい所だ。ていうか誰か注意しろよ。
「反応によっては力づくででも」
追い出してやるさ。
「力づく!? わ、ワタクシを力づくで!?」
? 最初から言ってるよね?
「そりゃ、これでも紳士として通ってるつもりだ」
「紳士の所業ですの!? 無理やりが!?」
確かに強引に対して横暴は陋劣な手段か。
「可能な限り相互理解の上で決着をつけたい所だが」
「同意を強制されるんですの!? そこまでしてワタクシを!! ワタクシの事を!!」(ぷしゅう)
湯気だってきたな。
やばいな。何に興奮してるのか見当が付かん。今時の若い子と感性の齟齬がここまでとは。これが若さか。
「失礼します!!」
ノックと同時に二人の騎士が押し入ってきた。
「そろそろお嬢が限界のようですんで、回収致しやす!! いえ俺らの腹も吊って限界なので!!」
ネジバナが宣言すると、ストックと手際よくスミレさんを簀巻きにし担いで出て行った。
俺はただ、無言で見送るだけだった。
「なんて事があってさ。なんだったんだろうね?」
薄闇の中、少女趣味な白いタイツの前に跪いた。
懇願の末差し出されたものは、引き締まった脹脛と汗ばんだつま先だ。膝から上はまだお許しを頂いていない。
「そうね、スミレ様ったら……。サツキは……お姉ちゃんの匂いに夢中なのにね。……ふふ、サツキったら……必死になっちゃって、おかしいの。そんなに……ん……お姉ちゃんの脚がいいの? んん……旅の間、我慢してたのね……。いいわよ、好きになさって……今の間だけ……これは全部、貴方のモノだから……ひゃんっ」
室内に、彼女の甘い匂いと甘い声が満ちるのに、そう時間は掛からなかった。




