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221話 ハイビスカスへの道

冒頭と最後の差が酷過ぎて

 頬を叩く青嵐は清涼な薄い刃となり胸を(よぎ)った。木々の枝を伝い、最速のオレが先陣を切る。

 後方に仲間たちの影が続いた。

 溟海に黒々と茂った木々はオレ達のテリトリだ。むせ返る湿気と、匂いに混じる若葉の苦味が、肺を冷やしては片っ端から吐き出される。一気に距離を詰めた。


 一際巨大な幹の陰で止まった。

 湿度が濃さを増す。

 仲間が周囲を囲むまで地上を観察する。相手が非人道だからって人間だ。頭からいきなりガブリって訳にもいかん。


 フードを被された影は五つ。連行されている。背丈と、露に濡れた雑草を踏む足跡は……子供じゃねぇか。


 人間どもが来た方角はアザレアだ。あの王国が奴隷並びに人身売買を推奨するとは思えん。

 他国からの侵入者か。

 以前、里に戻る前だ。オダマキとアンスリウムで騒動があった事はギルドを通して把握している。

 人の行き来が自由な大国の宿業だとすると、そのツケを近隣国や部族が払うのは解せぬな。


「オカ、全員配置につきやしたぜ」


 伝令役の小僧が幹の隣に着く。粗暴な言葉遣いがいじらしいが、馴染んじゃいないな。

 まだ10歳だ。現場の動きに慣熟する為、狩や採取に同行していた。今回は狩猟の最中に人買いを発見したってパターンだ。


「――ですが、わざわざオレらから関わる事はないでしょう?」

「仰いで天に()じねぇのがモットーだ」


 おどけて言うが、剽悍(ひょうかん)に及ばねぇ小僧にゃ理解は難しい様子だ。外の世界で冒険者稼業なんざやってるとな、望まなくたって思う所も増えるんだよ。


「おう、掛かるぞ」


 オレの左手の合図と共に、周囲の木々から見習いを除く8名が一斉に降下する。他に5名は敵の増援を警戒。3名を哨戒に。2名を小僧達の護衛に置いた。


「なんだっ、コイツらどこから!?」

「王国の追ってか!?」

「いや、見ろコイツら――獣人だ!!」


 木々が深く折り合う森林で圧倒的な有利。ましてや奇襲の成功。連中を制圧するのに時間は掛からなかった。




「王国の追ってだぁ? テメェらが例の逃走犯か」

「と、逃走犯とは何だ!! 我々にこのような事をしてただで済むと思うなよ!! お前らの家族も娘も特定してやるぞ!!」


 やれやれと、仲間が目配せしてくる。義兄弟や、姉ご兄貴を思えば、同じ人類とは思えんな。


「逃走犯じゃなきゃ誘拐犯だこの野郎!!」と仲間が後頭部に蹴りを入れる。

 縛り上げたのは13名。ギルドが開示した数を下回る。てぇことは、分散したコイツらの同類が王国側に紛れ込んでるって事だ。


「オカ、コイツらどうしやす?」

「このまま魔獣の餌にしちまいましょうや」

「逃げられたら面倒だ、今やっちまおうぜ、若」

「まさか人類共に引き渡すなんてしねぇでしょうな、若」


 仲間の進言に肩をすくめた。


「いい加減、若はやめろ。村を出て冒険者になった身だ。族長もイブキが継ぐ。それに――。」


 頭上を仰ぐ。

 厚い枝葉の層から、木漏れ日が刺すように漏れていた。


「オレの師は人類だ。誰よりも強く、そして美しい。清廉でありそして残酷な天女のような方だ。復活を遂げられ、王都では男の身でありながら女学生として多大な活躍をされたと聞く――サツキの姉ご兄貴」

「だから姉御なのか兄貴なのかどっちなんですかい!!」

「オカトラノオ様、その方本当に人類なんですか!?」


 師匠、酷い言われようだな。


「来てくれオカっ、捕まってた子らを解放したんだが」


 やっぱ子供(ちびっこ)か。

 奴隷以外にも儀式の生贄や実験、最悪(どれも最悪だが)臓器売買にも使われた。それを他国でやるのか。


「この野郎」


 手近に縛り上げたヤツの頭に蹴りを入れる。

 どこの国や自治体だって、成長せずに命を落とす子らは見ている筈だ。それをよくも恥知らずな。

 幼い命は大切に、てのはどこの部族でも共通認識だってのによ。


「こっちだオカ」


 呼ばれた方へ向かうと、確かに面倒ごとではあった。だがそれ以上に、助けられたことに深く安堵した。


 フードを被った小さいシルエット。今は顔を覆うものが何もない。

 美しい金糸銀糸を寄せ合わせ日向に晒したような髪の下から、左右に飛び出した尖った耳が見えた。


「馬鹿野郎共がっ、森でエルフを攫ってたのか」


 奴隷商で高額取引の花形と聞く。だがアザレアは人身売買を法のもと固く禁じていた。このクズども、このまま他国へ抜ける気だったのか?


 ……或いは、アザレアの貴族向けの地下市場なんてのがあったりしてな。


「安心したまえ、悪い人類は兄ちゃん達が捕まえた。君たち、怪我は無いか? 頭をぶつけたりしていないかな?」

「……。」

「オカ、顔が怖いですぜ」

「うるせー、これが素顔だ」


 怯えるエルフの子供たちに、内心傷ついた。怒りを治めないと。


「別嬪さんだけど、五人とも男の子なんだな」

「やっぱ変態貴族向けですかねぇ」

「馬鹿野郎、怖がること言うんじゃねぇ――ああ、ほらもう大丈夫だから、怖く無いから」

「若の顔が一番怖がられてますな」

「若言うな」


 どうしろってんだ。


「手、自由にしてやりましょうや。連中から鍵奪ってきますから」

「いやオレに任せな」


 子供たちに腕を突き出して見せる。

 一回り大きくなったシルエットは、人類の姿ではなく銀虎の物だ。

 シャキンと爪を伸ばして見せる。


「へへ、どうだカッコいいだろう」


 部分獣化だ。

 子供たちも目をキラキラして見ている。やっぱ男の子はこうじゃなくちゃ。


「手枷を前に出しな。そうだ、両手を前に、そう」


 子供たちが期待に満ちた顔で見ている。


「なぁに、こんな物はな、こうして」


 伸びた爪を鍵穴に差し込む。


 カチャカチャ、カチャ。

 カチャカチャ、カチャ。

 ガチャン。


「ヘン、どんなもんだい」

「……。」


 手枷が足元に落ちる。少年たちが、スンと白けた目になった。


 ……あれ?


「オカはこういうところが残念だから」

「何でだよ!!」




 子供たちを仲間に任せ、一人別の場所へ急いだ。

 人類の匂いだ。

 他にも潜んでいやがったか。


 一層濃くなった茂みを音も無く分け入る。

 近い。

 一人か。身を屈めている。

 別種の匂いが混じった? キツイぞ。何だこの異臭は。これではまるで。


 茂みを飛び出し、ソイツと会敵する。背後を取った。


 確かに背後を取った。


 しゃがんだ赤いローブ姿から白い尻が出ていた。


 じょろろろ、と水が地面を叩く音。


 ギョッとした顔でこちらを向く魔法帽の娘。


「……。」

「……。」


 全てが不幸な事故だった。

 いや、聞かねばならない。それによってはここで葬るか。或は、土下座か。


「そのままでいいから教えてくれ」

「……。」(じょろろろ)


 無言は肯定と受け取る。


「君のローブもそこに畳んだマントも、さるお人の物だとオレは知っている。君はそのかたの味方か?」

「……。」(じょろろろ)


 慎重に言葉を選ぶ。彼女は口をぱくぱくさせるだけで喋ろうとはしなかった。

 サツキの姉ご兄貴に(ゆかり)があるかどうかで話は変わる。敵かどうか。


「どうなんだ? 答えによっちゃ」

「……。」(じょろ、じょろ)


 微妙にブレスが入った!?

 ま、まさかコレで意思疎通ができるのか!?


 ……試す価値はあるな。


「オレの言葉が分かるなら一回、ノーなら二回。できるか?」

「……。」


 お? まさか行けるのか!?


「……。」(じょろろろ)


 できねーのかよ!!


「すまない。無理を言ったな」

「……。」(じょろろろ、じょろ、ちょろ……ちょ……。)


 よし終わったか。

 だいぶ出たな。


「紙は要るか?」

「……。」(こくん)


 近づき紙を差し出す。

 オレの手に彼女の手が伸びて――杖の先端が向けられた!?


「未完成版・彼岸の花道ぃ!! くたばりあそばせ!! この変態ぃぃっ!!」

「ぬを!?」


 オレと娘に間に幾重にも魔法陣が展開される。

 咄嗟にバックステップで距離を取った。あと臭う。


「ま、待て、何を怒ってるんだお前は!?」


「乙女の排尿に割って入っておいて!! その無礼、命で持って償うがいい!!」


「そう思うならせめてちゃんとパンツ履いてからにしろ!!」


「わたくしの放尿シーンはご主人様であるサツキ様、ただお一人に捧げたもの!!」


「やっぱりサツキの姉ご兄貴の知り合いか!!」


 やっぱりと言うかなんというか。サツキの姉ご兄貴に縁のある女は何だってパンツを脱ぐんだか。


「コイツ、ご主人様の名を気安く!!」


「そして話を聞かんのな!! うお!? 至近で撃ってきやがった!?」


 一直線に伸びる火線をかわす。

 背後で大木が倒れる響きがした。これで仲間たちも気づいたはずだ。


「オレはサツキの姉ご兄貴の舎弟の一人、オカトラノオという!! サツキの姉ご兄貴を主人と仰ぐなら味方だ!!」


「何ぁにが味方だ!! わたくしはイワガラミ!! サツキ様に失禁まみれで命乞いをした女よ!!」


「おのれ、上級者か!!」


「いずれは無様に泣きじゃくりながらそれ以上のモノも見ていただく所存!!」


「何!? それ以上の物だと!?」


「ご主人様から憐れみと侮蔑の表情で見下される……今から楽しみです!!」


「手加減しろよ!!」



 これがオレと後輩との出会いだった。

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