219話 名前で呼んで
「……増えましたな」
御者台から降りたガザニアが、不審そうに薄い唇を歪めた。隠微な感情の起伏は分かる。俺の背後にぞろぞろと貴族令嬢や騎士が続くんだもん。
まさか大所帯になって戻って来るとは思うまい。
流石のキクノハナサク帝国近衛隊青組十一位でも、まさかパンツとちんこの話だけでこの状況になったとは思うまい。未だに信じられんぞ俺。
「無期限での同道を許した」
「サツキ様の趣味にしてはバラエティに富んだ顔ぶれですな」
趣味じゃねーよ。
「そちらの二人は護衛だ。陽キャの方がネジバナ。陰キャの方はストックだ」
「ぞんざいな紹介痛み入りますが、サツキ殿? 俺らより先にお嬢様をご紹介頂きたいぜ」
まぁ主従関係を鑑みればそうなるか。
「こちらは公爵令嬢。彼らの主人にあたる。それで今話したのがネジバナだ。彼の気配隠蔽と併せて縮地の技には俺も一杯食わされた。ガザニアとは通じるものがあるだろうから――。」
「だから何で俺っちの事を詳細に掘り下げるんだよ!! しかも評価高いし!?」
「なるほど」
ガザニアが得心が言ったとばかりに頷く。
「都合よく逸材を掘り当てましたね。人員の不足を危ぶんでいた所ですし、彼にはせいぜいツッコミ役として働いてもらおう」
「言い方!! この人、口が悪いなおい、ってすげー人相だが大丈夫なのか!?」
「お前の口も大概だな。ガザニアという。今はサツキ様の護衛兼召使いのようなものだ」
「ネジバナだ。さっきの説明通りだぜ」
「俺はストックと申す。只者では無いと見受けるが、いずこかの王家の親衛騎士であるかな?」
あの寡黙な騎士が敬意を払ってる。
ガザニアが最初に来た時のワイルドや、学園でのアヤメさんの反応からして、達人に通じるものがあるのか。
……あ、俺はほら。コイツ紹介したのマリーだったし。気配より格好が奇抜だったし。
「殿方は殿方同士でイチャイチャしてればいいのですわ」
スミレさんの爽やかな笑みが怖い。
「失礼をした。キクノハナサク帝国で近衛隊を務めている、ガザニアという。道中、宜しく頼む、アザレアの公爵令嬢よ」
バラすのかよ!!
周囲の騎士が騒然となった。国交が未開の帝国中枢ときたら騒ぎにだってなる。ガザニアの存在、王家がどこまで掴んでるかは別として、こちらの行動の縛りは必須だ。
だからって、あえて明言するか普通。ストックの一言を鑑みた判断と思いたいが。当たり障りのない回答とで詰め寄る騎士どもを牽制するあたり、人心の捌き方も心得ているのか。
あ、主に俺に詰め寄ってきたのはスミレさん達と、何故かクランだった。
「そっちがアンスリウムへ折り返す間、こちらは北西を大きく回り南下する」
「ワスレナグサの森なら……一度王国の事後処理班が入ったから……当面は静かなはず」
野盗は避けるもんな。アマチャめ、よくやる。
「夜勤の受付だから混雑は無いだろうが、引率の方、宜しくやってくれ」
「ん。休息はとってもらうから、明日朝一で出る……。サツキくんは……せいぜい振り回してあげて」
追手が掛かるならこちらに集中させた方がいいもんな。
さっきとは逆だ。
「……。」
「どうしたの……?」
急に黙って見つめる俺に、訝しげに小首を傾げる。
あどけない表情が愛らしい。
いかんな。悪戯心が芽生えてくる。
「完全では無いにしろ、呪いが解けて良かったよ。ちょっとこっちへ来てくれ」
「? うん」
トコトコと着いてくる。馬車の裏手へ。人目の無い所へと。
全員が集まる広場へ戻ると、ふらふらになりながら俺の腕にしがみ付くクランに視線が集中した。
察した女子が数名、頬を赤らめ顔を逸らす。騎士やガザニアは特に触れてこない。いい奴らだ。
「痛てて」
熱の冷めない頬で恨みがましく睨んだ彼女が、死角から抓ってくる。
「……サツキ……馬鹿……嫌い」
ちゃんと起きてる時にしただろうが。
「――編成は令嬢達の馬車と騎士の馬が二機になりますが、問題は馬車です。こちらの車両や馬が突出して高性能ですからな。あちらにペースを合わさぜる得ないのが」
「ああうん、大所帯に成れば進行速度が落ちるのは常だ。遅延によるリスクは想定しているさ。通過する街だって宿の品質を選ぶ必要があるから」
「そりゃあ」
ガザニアが令嬢達を見る。
視線から言わんとする事に気づいたスミレ様が、和かに微笑んだ。怖ぇよ。
「気にかけて頂かなくても問題ありませんわ。野宿安宿、みな望む所です。冒険者の醍醐味ですわね」
あ、ガザニアが気づかれないようにため息を吐いた。
まぁまぁと肩を叩いてやると、恨みがましい目で見てきた。
「サツキ様。お任せしました」
任された。
「スミレ様、遠征での野営はワンダーホーゲルといった遊楽じゃ無いんです。交代で寝ずの番や、襲撃による夜間戦闘だって」
「キャンプじゃないくらい承知していると言っているのよ?」
「宿だってセキュリティが万全とは限らない。安宿ならベッドは粗悪だし、酒場兼務なら騒音だってある」
「何もスィートに泊まる気じゃありません」
食い下がるな。ならば決定打だ。
「壁が薄いとおちおちおちんちんの話もできない」
「そんなもの、聞かせて差し上げればいいのですわ」
そんな理由でチェックアウトの時に昨夜はお楽しみでしたねとか嫌だよ?
「野宿じゃまる聞こえだぞ?」
「そんなもの、聞かせて差し上げればいいのですわ」
夜の森。どこからとも無く聞こえる少女達の笑い声と、囁くようなおちんちん。
心霊現象にしてもあんまりだ。
「貴女方のような美しいお嬢さんが集団で居れば、粗暴な輩だって寄ってくるだろ」
「返り討ちにして差し上げますわ」
「まぁ俺らが許さねぇけどな」
ネジバナ、余計な事を。
「行く先々で死体を増やす気か、おのれらは――同行を認めた以上、想定する懸念事項くらい把握しろって事だよ」
それも逃走戦になる可能性が大だ。
「こちらは万事承知の上だわ。そう仰られるならサツキ様?」
猫のような上目遣いで距離を詰めてきた。
良くない事言い出す顔だ。
「何だっていうんだよ?」
「いい加減、ワタクシ達の事は名前で呼んで頂きたいのですが」
甲冑金属音が周囲で反響した。
ガザニアの唇が、囲む騎士達にいやらしく歪む。
クランを見ると、彼らの反応に少し困った顔になった。
どうぞ、と周囲に気づかれないよう彼女に振る。この辺は付き合いの長さだ。
「そうね……パーティの仲間同士で敬称もないわ。私の事は……ただのクランと思って頂戴」
「クラン様」
「クランよ……。」
クランの念押しに、令嬢達が逡巡する。
公爵家など貴族社会でも上位なはずが、長年姉のように慕い、冒険者としても尊敬する女性への接し方を見直せと言っているのだ。ましてやスミレさん以外には辺境伯という上位の肩書きもある。
「分かったよろしくなクランの嬢ちゃん」
「宜しく頼むクラン殿」
「うるせー……おめーらじゃねー……。」
食い気味で行くのな。




