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217話 過ち、繰り返して

 クランを起こそうと頬に手を伸ばしかけ、改めて自分の体制を知る。

 悪夢から覚まさせるとはいえ、無防備な彼女に覆いかぶさるのは気が引けた。


 ……。

 ……。


 ……無防備。


 いや、だからダメだって!! 夢とはいえ俺の死を悲しんでくれる子をそんな目で見ちゃ!!

 一旦視線を逸らす。

 深呼吸。

 大きく息を吸って、吐いて。

 大きく息を吸って、吐いて。

 大きくクランのスカートの中を吸ってってどこ吸う気だよアホか!!

 ヤバいな。小娘どもに当てられたか。大雑把にベッドへ放り出された両足の白色タイツから視線が外せない。ローブ姿も品が良く上品なお嬢様風。ガン見だ。見る。今しかできない。

 今しか、できない、だと?

 いや、いやいや、寝込みを襲うような真似はNGだって。一昨日の件だってあるじゃん。

 ほら、クランだって不安そうにこっちを見ている。


 ……。

 ……。


 起きてるやん!?

 え? 目覚めたの? さっきの「目覚めよ」とかで? よくアレの夢から脱出できたよな!!


 ……。

 ……。


 って、きゅっと目を瞑ってそっぽ向かれた!? この期に及んで寝たふりしやがった!!

 何考えてやがるいやこの状況このままOKと御了承に授かったってことか!? いいってことか!?


「クラン……。」


 名前を呼ぶと、ぴくんと反応する。

 そういや、今度は起きている時にして欲しい旨、厳命された気がする。

 今がその時か。


「分かった。応えよう」


 再び彼女に近づき、両足の間に体を差し入れ、ローブの裾に手を掛ける。

 ゆっくりと、静かに引き上げる。心臓が跳ねた。白いタイツに包まれたクランの太もも。眩暈がする。

 ごくり、と生唾を飲み込む音がした。隣で。

 音のした方を見ると、固唾を飲んで見守る娘達が居た。


 ……。

 ……。


『つ・づ・け・ろ』


 スミレさんがハンドサインを送ってくる。

 無茶言うな!!




 これ以上引き上げられない両手を持てあますなか、クランだけが今か今かと待ち侘びるように固く目を閉じていた。




「分かった。ここは俺が折れよう」


 別に駄洒落じゃない。

 渋い顔をする騎士の爺さんに、俺はしょっぱい顔をした。


「何故お主が譲歩するかたちになっておるのだ?」

「譲歩? いいや違うな」


 ベッドの片隅。頭部を枕に沈め足をバタバタするクランに一瞥を与えた。最上階の床で眠る騎士どもを起こす前からこんな感じだ。いいから落ち着け。


「俺にできる事は懇願だ――どうか見なかった事にして下さい」


 もうね。もうね、本当に。


「サツキ様が当家の騎士に敗れた時はどうなるかと思いましたが、ふふふ、迂闊でしたわねクラン様」


 だから弄るなよ。


「クラン様が、あんな風に可愛らしくなるなんて。何でしたら私の蔦もお貸ししましょうか?」


 アサガオさん……何に使えと?


「は、は、破廉恥ですっ」


 どこぞの風紀委員か准将か。


「クラン様。このような時こそ真・水遁の術です。こうぐいっと」


 ジョッキを煽る仕草が生々しい。


「ーーーー!!!!っ」


「おい、辺境伯令嬢は何を悶絶されておいでなのだ?」

「触れてやらんでくれ」


 クランのお陰で俺が悶絶せずに済んでいる。なんて地獄だ。


「令嬢たちの同行は認めるが条件を二つ飲んでもらう。無理ならこの話は無しだ」

「いま一度、失命してみるか?」


 寡黙な槍使いが、静かな眼光で俺を射抜く。奇しくも夢で俺を刺し貫いた場所だ。


「よせ」


 俺の短い声は、気色ばむ騎士達にではない。背後のベッドの奥。未だ枕に顔を埋める少女に放ったものだ。

 三つの甲冑が動きを止めた。


「あ、ああ……。」と隣の娘達が蒼白になる。


 水縹色のローブ姿は、いつの間にか動きを止めていた。

 アーマーの中身が硬直した。

 筋肉が緊張に強張るのが分かる。

 轟音にも似た気配。殺気すら超えた鬼気。愚か者が無警戒に浴びてしまったな。


「もう二度と……。」


 それは幽鬼が恨み言を綴るが如く。


「お前達の、刃先一つ……私のサツキに届く事は無い」


 マジギレなさっておられる!?

 目の前で二度も死んだ。同じ場所に居ながら学園でも死んだ。俺の喪失への憤りが、純粋で混じり気のない殺意となって毛穴の一つ一つから溢れるような。


 あぁ、クラン・ベリー。白雪に咲く血染めの魔法使いよ。水縹を纏いし赤い魔法使いよ。世界が白々と輝くほど、貴女の赤は毒々しい紅に染まる。


「当家の者が!! ……当家の者が、大変なご無礼を働きました」


 最初に動いたのはスミレさんだった。最初こそ上ずったが、凄いな公爵令嬢。


「このお詫びは公爵から正式にさせて頂きます。いいえ、如何様にも罪を償います。ですから何卒」


 咄嗟に口にしたんだろうな。スミレさんの言葉に、騎士たちの間に今度こそ緊張が走った。

 己の所業でお家を危機に晒した。仮に当て擦りだったとしても公爵令嬢がそう仰せなら、公爵家の危機だ。

 ここで手打ちだな。


「そう言いたもうな。クランも。俺はもう死なないさ」


 声を掛けると、枕に埋めていた顔をずらしてこちらを見た。子猫みたいだな。


「次にやったら……私も追いかけるから……。」

「重いよ?」


 ますます死ねなくなった。

 転生の女神(リンノウレン)との再会はまだ先になりそうだ。


 ……いや、そのうち向こうから会いに来そうだが。


「じゃあこのまま交渉に入ろう。先に言ったように、こちらが提示する条件は二つだ」


 一同を見渡す。

 そう身構えるなって。


「お前とお前、二人。お嬢様の護衛として同行しろ」


 軽口の騎士に、寡黙な騎士。正直爺さんも欲しいが、侯爵家騎士司令を引き抜くわけにもいかない。


「なんと……むしろ干渉を拒まれるかと思ったぞ。その上でお嬢様方をじっくり手篭めにするのかと」

「爺さん、俺を何だと思ってる?」

「そうですわよ、爺や。ワタクシ達一同、既にサツキ様の手篭めに合っているも同然。何を今更」

「サツキ殿ぉぉっ!!」「だからオメーは場を混乱させるなよ!!」


 話が進まない。


「さっき見て実力は分かった。コンビネーションもいい。こちらは仮の従者が一名なんだ。そっち(お嬢様方)を面倒見てくれるなら一緒に来てくれ。来てお嬢様を監視してくれ」


 あ、最後、本音出た。


「俺らにしちゃ願ったりだがねぇ。それでいいかい、相棒?」

「構わん」


 おっし、当人二人の同意は得た。


「なら次の条件だ。野良は駄目だ。お嬢様方を冒険者ギルドに登録する。その上で公式なパーティを組む」

「登録をしなければパーティは組めませんの?」

「ただの集団になっちゃうからね。悪い例になるが、野盗にパーティを名乗られる訳にも」

「しかし、我が侯爵家のお嬢様を冒険者家業にさせるには……こやつら二名では駄目なのですかな?」


 やっぱ爺さんは渋るか。

 貴族から見たら下級職業みたいだしな。王城で散々言われた。


「正式なパーティ参加は必須さ。不足の事態じゃ加盟メンバーの安全と人権を優先して立ち回れる。俺とクランが大義名分を得る意味は大きい」

「それもお嬢様のためというわけだな。万事承知した」

「登録申請はアンスリウムの受付がスムーズだ。既存メンバーの同行が要るから、クラン、案内してやってくれ」

「ラジャー」

「待ち合わせは、アマチャがこの前なんかやった森があったよな」

「ん、りょ。……朝頃で」

「オッケーだ」


 ほんと話が早くて助かる。


「パーティという事は」


 スミレさんがソワソワする。……だよな!! 下半身冷えたもんな!!


「あれを決めなくてはなりませんわね」


 やべ違った!! さり気なくトイレ促さなくて良かった!!


「あれというと、ああ、パーティのリーダーか」

「それはサツキ様に努めて頂きましょう。この集まりの中心ですから――そうではなく、いえ、それも重要なのですが」

「……パーティ名……だと思う」

「流石はクラン様!!」


 そっちか。


「そんなの適当でいいよ。クエストの受発注や消化報告や討伐踏破報告で使う程度だから」

「とても重要な場面で使われてませんこと!?」


 よし。じゃあ尺もそろそろなんで次で決めよう。

次回は小学生男子並みのセンスでお送りします。

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