216話 夢
またサツキ殿が死んでおられるぞー
「嫌だけど?」
普通に断った。
淡泊に見えるが、ギルドじゃパーティ募集や組み替えなんざ頻繁だ。斡旋も通常業務の一環だから。同等に当人同士の拒否は権利として重要視された。
俺とシチダンカ三人の時だってそうだ。
「何故ですの? ワタクシたちの実力はご覧になって頂いたはずです。シミの一つ一つまで見て納得頂いたのではないのですか?」
身に覚えがない。
さらに彼女の背後からガチャガチャと金属音が押し寄せた。
「お嬢様の仰せの通りである!! 侯爵家の姫君を前に何を拒む理由があると言うのか!! ……お嬢様、シミとは?」
外で会ったヴァイオレット公爵家騎士団の司令だ。
4階の二人の騎士も居る。
どこから聞いていた?
あ、スミレさんの顔色が変わった。
「爺や? あれほど登ってきてはなりませんと申したのに」
「及ばずながらこの爺や、お嬢様のためにこの冒険者を説き伏せてご覧に入れましてついでに命の灯火も消し去ってくれましょうぞ!!」
何て?
「余計な手出しは無用です。あなた方も下へお下がりなさい」
「すいやせんお嬢様、俺らでは指令を止められませんで」
「お嬢様の身を案じての事と、何卒ご理解を頂戴したい」
嫌な気配させやがって。
この二人。最低でも俺と同格。こんな事ならガザニアも連れて……いや余計に収集つかないか。
「キサマもキサマだ!! お嬢様方全員から信頼の証を授かっておきながら、何を拒むというのだ!!」
ん? 信頼の証……。
スミレさんをジト目で見る。
やっぱ騎士達には言ってないな。この流れで知ってたら、入り口で排除されてたもん。
「ええ、証ですわ。それをサツキ様がいつ何に、いかようにお使いになるかはサツキ様のご自由」
「使わねーよ!!」
甲冑の群れからざっと殺気が満ちた。証が何か知っても同じ反応ができるかな? うん、圧が強くなるな。
「技や術が卓越したって戦闘経験が未熟だし、それこそお嬢様方には不要だって分かるだろ」
「クラン様だって今のワタクシよりも幼い頃に冒険者になられました。早すぎるという事はないでしょう」
「立場というものがある。実力を見せると言って家の力を借りて置いて究理もあったものか」
「それ以上の冒涜は許されぬぞ、冒険者」
足元から這い寄る殺気が三つ。先頭の老騎士はショートソード。後ろの寡黙な騎士は槍だ。もう一人、軽薄な口調のヤツがいたはずだが姿が無い。いつ消えた?
「おやめなさい爺や――あ」
制したスミレさんが公爵令嬢に有るまじき呆気に取られた声を漏らした。俺の胸を背後から刺し貫く銀光があった。武器の正体まで不可視とはね。
「悪いな兄さん、そもそもあんたが居なきゃこんな問答も不要さね」
足元を血溜まりが汚す。
躊躇いもなく心臓を狙いやがって。
今度は衝撃が、腹を正面から背中へ抜けた。寡黙な騎士の槍だ。何だこの重さ? 技なのか特殊武器なのかわかんねーな。
千鳥足のように覚束ない足取りで前へ出る俺の眼前で、短い銀線が一瞬だけ右から左へ流れるのを見た。
遅れて、娘たちの悲鳴が上がった。
ああ、ごめんな。
怖い思いをさせちゃったな。
「二度生き返った事は調査済みだ。ここまで手間をかければ、流石に三度目は無いだろう?」
初老の嘲笑うような声を、綺麗に首を切られた俺の頭は床の上で聞いていた。
イチハツさん達の悲鳴が甲高く、部屋に反響する。
スミレさんが家の騎士たちを糾弾する。君の為を想っての事だ。そう言葉汚く罵りたもうな。
そしてクラン。
おいやめろ。その超灼熱究極呪文の詠唱やめろ。塔ごと破壊する気か。
正直、危なかった。
俺以外が床に倒れるのを確認し、手のひらの上でゆっくり自転するクリスタルをストレージに格納する。
取り出したのは5秒。それが限界だった。
使うのは躊躇ったが、達人クラスが三人がかりだもんな。こうでもしなきゃ。
やっぱ現実の経過時間とは違うんだな。前は数年分の夢を見せられたけど。それにしても、
「えげつない」
切られた首元を撫でる。
咄嗟に使ったのは、オダマキで失敬した地下ダンジョンコアだ。ストレージの肥やしにしておくのも勿体無いので活用方法を模索していたが、夢に取り込まれると帰って来れないから使用制限が厳しかった。
あの騎士を見失った瞬間に使ったが、帰り方は要検討だ。
とにかく、この子たちを休ませよう。
ちょうど寝具には困らないからな……ほんと何てダンジョンだよ。
騎士たちはそのまま5階の床で寝せた。
男女差別では無い。甲冑込みで三人も運んでられるか。
娘四人をベッドに並べる。ほんとこんなサイズ、どうやってボス部屋に入れたんだか。
……ああ、パーツ毎に分けて搬入して中で組み立てたのか。
にしても天蓋付きとはね。
さて、クランの事も確認できたし、起きられる前に退散するか。
ていうかクランどうしようかな。
このまま置いてくか?
昏睡する辺境伯令嬢をお姫様抱っこで出てってたら事案になっちゃうかな。まだ侯爵家の騎士や使用人は居るし。
でもな。
放っておくと後が怖いし。
クラン。
人の気も知らずに幸せそうに――いやめっちゃうなされてる。目尻から涙が溢れてる。すっごい悪夢見てるよこれ。
……そっか。俺が惨殺されてるんだよな。
トドメのタイミングで現実に戻る為だからって、流石にいい趣味とは言えない。
そして、こいつで感じた感情と感覚はリアルとリンクする。
オダマキ以降、マリーの事すごく意識してたもん。
「クラン、そいつは夢だ」
彼女が悪夢に苛むのは忍びない。彼女だけでも起こそう。起床させよう。
「クラン。目覚めよクラン」
いやこれだと意味が違うか?




