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213話 弓術の娘

もうパンツのことしか書けない……。

 2階を素通りし3階のボス部屋に直行する。

 早く。

 早くこの試練を終わらせなくては。

 ストレージに仕舞った二枚の布地が、時間が止まった世界なのに熟成されそうで凄く嫌。

 まさか上階に行くにつれ増えやしないだろうな?


「よくぞ参られましたね」


 ボス部屋の前で迎えるのは、やはり若い騎士だった。今年度の新入団員かな。


「逃げていいならそうしてた」

「随分お疲れのご様子ですが、下で何があったのですか?」

「聞かない方が身のためだ」


 お嬢様の友人でありご学友でもある侍女の痴態など、臣下の騎士に聞かせられるか。


「あと半分です。頑張ってください!!」

「まだ半分もあるのか……。」


 騎士に扉を開けてもらいボス部屋に入る。

 背後で勢いよく閉まる。


 正面。

 長い髪を綺麗に真ん中分けしたおでこちゃんが居た。

 ドレスや学生服ではなく、白地に孔雀青のコントラストが映えた冒険者姿だ。

 流石は貴族のお嬢様だ。生地も真新しく胸当てや肘当てもいい素材を使ってる。スカートタイプだが厚手のタイツと膝上までのロングブーツが似合っていた。


「招待状を受けた時から薄々は感じていた。まさか君だったとは」

「ハナモモ様とは、お呼びしない方がよろしいでしょうか?」


 控えめに聞くのは、一時期はクラスメイトだったイチハツさんだ。アカネさんとの試合で見た腕前なら、矢文の長距離狙撃も容易いだろう。

 便箋に残っていた香りがスミレさんのと同じだったから、可能性程度だったが、こんな事に参加してくるとは。

 しかし、すっかりお嬢様冒険者の出立(いでたち)だな。


 ……。

 ……。


 待って、この子に確認取らなきゃならないのか?

 下の子らと関係性がなかったら、俺、おかしな人だよ?


「何か?」

「いや、その」


 口籠もってから意を決した。


「あの……これを渡されたんだけど?」


 例の布地を二枚出す。恐る恐る開いて見せる。


「そのようにしっかり見せて頂かなくても結構です!!」


 うん。だよね。


「ですが、貴方がそれをお持ちということは……下の二人は既に……。」


 蒼白になり身を庇う仕草をする。


「俺が無理やり剥ぎ取った風に言うなよ!! マスク狩りかよ!! 会った時には既に脱いであったぞ!?」


 イチハツさんが目をぱちくりさせる。

 誤解だって分かってくれたかな。


「うぅ……どのみち剥ぎ取られるくらいなら自分の手で……。」

「泣きながら脱ぐなや!! 俺がやらせてるみたいじゃんかよ!!」

「ひぃぃ」


 うわ、素で怯えてるよ。


「やっぱり、サツキ様はご自分の手でパンツを脱がせたいと仰せなのですね」

「仰せじゃねーよ!! くそ、どいつもこいつも、何だってパンツを軽視するんだ!!」

「ワタクシは軽視など!! むしろこう、クロッチのところなんか女の子の大事なところを守ってる感が!!」

「何の拘りだよ!!」


 涙目で訴えてこられてもな。


「大体、何でパンツなんか集めさせるんだよ!!」

「サツキ様が少女の下着に固執されてるからと伺いましてよ? 特に一日中着用して汗や分泌液が染み込んだり」


 不審人物だな俺!!


「そんな中傷、一体誰が!?」

「それは――。」


 イチハツさんが目尻の涙目をハンカチで拭くと、背筋を伸ばした。


「ここから先は、ワタクシに勝ってパンツを奪ってからになさいまし」

「嫌だよそんな勝利条件!?」


 だが拒否は許さないとばかりに、イチハツさんは両手を胸の高さまで上げて構えた。

 武術じゃない。

 彼女の武器は弓術だ。

 問題は矢と弓だ


「問答は無用です、サツキ様」


 彼女の胸の前で急速に渦を巻く物体があった。

 こちらに先端が向いているため奥行きが判別しない。そこがミソなんだろうな。

 初めて見る武器だが、敵の長所は想像できる。

 回転だ。

 正面から風切り音が速度を増した。耳が痛い。

 こちらに向いた円の中心。目を離さない。まばたきの隙すら与えてやらない。

 いつでもいいぜ。


「一撃で決めます」


 右半身を軽く引き重心を固定する。小さな右手は握り拳の形をしていた。

 弓術が得意だからと言って、近接武術に劣るとは限らない。見事な正拳突きだった。

 可憐な手の甲が打ち付けるのは、無論、空中で回転する「矢」の底だ。

 来た!! 放たれた!!


「ぬぉ!?」


 踊り子スキル全開!! 回避盾!! 体捌き上乗せ!!

 掠めた!?

 右頬、完璧に躱し切れなかった? むしろ外れてくれた――いや、避け切ったと思いたいが。


 感慨に思いを馳せる間もなく、崩壊の暴虐が瓦解の重音と共に背中を覆った。

 あり得ない振動に思わず振り返ると、崩れたボス部屋の扉の向こうから若い騎士が何事かと顔を覗かせていた。

 良かった。巻き添えにならなくて。


「お目汚しを。今のが精一杯です」


 控えめな声は恥じらいによるものか。


「あれを避けられるようでは、もはやワタクシに太刀打ちは叶わないでしょう」


 とモジモジする。

 視線を横へ逸らし、すぐに上目遣いで見てきた。

 所謂、三角目という白目が大きい彼女だが、頬を染める姿は年相応に可愛らしかった。


「連射されたら危なかったよ」

「サツキ様なら、その前に反撃に出られるのでしょう? 手を抜かれたいたのは分かります。ワタクシが無傷なのがその証拠」


 君らは何だって俺を過大評価したがるのか。


「それで……お約束のパンツの件ですが」

「パンツは要らない。黒幕の話だ」

「そのようなわけには」


 おずおずと、綺麗に畳んで布地を差し出す。


「流石に今履いているものは、ご容赦頂きたくお願い申し上げます。いずれ心の準備ができましたら必ず御前にて」


 え? これこの後もずっと続くの?


「ならこれは? 要らないよ? ああ、新品か。だったら君も気に病む事も――。」

「いいえ。着用済みです。本日夕刻の着替えまでに確かにこの両足を通して密着させていたもので……すみません、ハナモモさんならまだいいのですが、その、どれほど美しいお顔だちとはいえ、殿方に付着した匂いや、分泌物の説明をするのは……恥ずかしくて、死んでしまいそう」

「そいつを押しつけてくる行動以外は、真っ当な反応だよ。正しい感じ方さ」


 下の階の子らは嬉々として言葉にしてたけど。


「ではお納めください」

「要らないよ?」


 俺が困惑すると、恥じらいに染めた顔に不安が翳った。


「……やはり、ワタクシのような可愛げのない女では駄目なのですね」

「可愛いから!! イチハツさんだって十分魅力的だから!!」


 あ、しまった。


「お優しい言葉、かたじけなく存じます。嘘でも嬉しいものですのね」

「嘘なんかじゃ」


 瞳の黒目がやや小さく三角目だが、整った造形なのは間違い無い。規律を重んじる態度と責任感のある所も好感が持てる。


「でしたら、どうか、受け取ってください」


 受け取ってしまった。

 これで三枚目。玉を七つ集めるとお貰えるはずのものが、着々と溜まっていくよ?

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