208話 刺客ゲーム
210話以降が、疲れによりどんどん破綻していきます。
湯気を纏った大将が手際よくラーメンを茹でる。
それと同時に、背後でキックされた暗殺者が悶絶しつつオッサンに連れていかれる。
まるで落ち着かない。
「って連れていかれちゃうの!?」
思わず声を上げた。
駄目だな。既に緊張が解けた。ダンジョンだったら命に関わる。
「なに、ちょっとしたバカンス気分よ」
半裸オッサンがニカリと笑う。
「じゃあ何で蹴ってんだよ」
俺の疑問に何かが触れたらしい。衛兵の一人が「ぷっ」と小さく漏らす。
全員の視線を受け、彼は慌てて咳払いをした。
「なんかやれって言われてのぉ」
「あ、今のはセーフなのか」
ていうか、誰に強要された? 国王が。
「よくその立場でアサシンや貴族の私兵が大挙する前に出れるな……。ていうかよくそんな格好で人前に出れるな」
どっちが不審者かわかない。
そして今のところ、屋台の客を含めて全員が不審者だ。
ゴトン、と重々しい音を立て、ラーメンが置かれる。味噌バターコーンだ。
「あちらのお客さまからです」
うん知ってる。
見ると全身タイツが顔だけ素顔を晒し、いい笑顔を見せていた。親子だな。
背後の気配を探るが、オッサンの姿は既に無い。
「ありがとう、ございます」
普通に礼を言えばいいのだろうか?
王族からの振る舞いだよな。あれ? これって――。
「まさかこんな道端で賜餐の宴に預かるのか、俺……。」
うっかり呟いたら、騎馬の一騎が吹き出した。アサシンやゴロツキと違い、この意味が分かるんだ。不憫な人。
『重騎士の子、あうとぉー』
そしてこの声、王妃様だよな。
半裸のオッサンがのこのこ再登場する。
一同の視線が集るなか、騎馬を前に悩み始めた。出てきてから悩むなよ。少しは考えて出てこいよ。
「お、恐れ入ります」
申し訳なさそうに騎士が馬上から降りた。全員がだ。
正体、バレてんな。馬上から見下ろす不敬を避けてるもん。
うむ、と頷きオッサンがアウト認定された騎士の太ももに蹴りを入れる。
ガァイインといい音が響いてよろめく。オッサンが。いや、そりゃそうだろ。
「も、もも、申し訳ありません!!」
蹴りを受けた本人が慌てて支えに入った。
騎士以外は何が起きてるのか、呆然としている。騎士の焦り具合に笑いも取れなかった。
「すまない、我々はここで投降する」
先頭の騎士が、甲冑のバイザーを上げて宣言した。
「主人を裏切る形になるが、これ以上は騎士の本分に反する。我らは国の剣であり盾でなくてはならないのだ。処分はいかようにもお受けしよう」
刺客達が騒然となった。
重騎馬は一番戦力だ。異なる派閥とは言え、期待はしていたはずだ。
うむ、とオッサンは頷き、六騎の騎馬もろとも騎士を連れて行ってしまった。
「こちらのお客さまからにゃ」
にゃーがどぶんと鰹節を入れてきた。
不意打ちだ。そのまま投入するやつが居るか。
大将を見る。
勝手なトッピングは職人の調理技術への冒涜だ。
大将は寡黙を通している。
隣の巨体は大きく口を開く。手元の葡萄を一房まるまる放り込んだ。
にゃーは果実を通している。
……どういう状況だよ?
「クソッタレが!! 付き合ってられるか!!」
後から来た荒くれや暗殺者らが一斉に屋台を包囲した。
元衛兵の小隊は距離を置いてる。
「邪魔するならまとめて排除する」
誰に対する宣言か。一人が切り掛かってきた。
びたーんといい音がして、男がのけぞる。
体を捻る白タイツの手先から、細い線が二対、水平に伸びていた。割り箸だ。
彼が放ったナルトが男の額に張り付いている。
「スープの霊香に誘われたか亡者どもよ――この期に及んで我が賜餐を愚弄する者を、どうしたらいいっ!!」
「殺せー!!」「ニャろせー!!」
全身白タイツが声を上げると、大将とにゃーが応える。
「どうしたらいい!!」
「殺せー!!」「ニャろせー!!」
「どぉしたらいいっ!!」
「殺せー!!」「ニャろせー!!」
そっちにニャを入れるな。せめて語尾にしろ、何言ってんのかわかんねーぞ。
コイツの存在自体がアニミズムへの否定になるよな。
「ならばリクエストに応えようぞ!! 我をケイトウ第一王子と知った上での狼藉と心得よ!!」
あ、ばらすのね。
「にゃ!! にゃーはニャ次郎にゃ!! にゃーと心得るにゃ!!」
にゃに言ってるのか分からないぞ?
「王族だと!? 馬鹿な!?」
「にゃーだと!? 馬鹿な――なんだコイツ!?」
食い気味だな。
「我が名はアザレア王国軍大将、シャガ!! 命の惜しく無いやつから掛かってくるがいい!!」
屋台の厨房から小紫の甲冑姿が身を起こす。
左胸から肩にかけて描かれたアザレアの花びらが月夜に映えた。王国軍大将の証である。
夜の路地裏に佇む大衆食堂。王族がホイホイ来れるわけだ。恐らくは、あの周囲に居た女たちも軍関係だったんだろうな。
「標的は目の前だ!! たかが三人と一頭、このまま仕留めるぞ!!」
荒くれ者や殺し屋が、早い者勝ちとばかりに襲い掛かる。
元警備隊の小隊だけが怯えていた。
刀剣が閃き、白い全身タイツが閃き、投げナイフが飛び交い、大剣が飛び交い、にゃーが毛づくろいをする。
一瞬で混戦となった。おあつらえ向きだぜ。
喧噪を背に西門を目指す。
「冒険者くん」
「ブっ!?」
不覚にも噴き出した。バフ全開でラストスパートを走り抜ける俺に、スカートを摘み上げ並走する王妃様が居た。もはや心霊現象だ。
「何やってんですか!! 貴女は!!」
としか言いようが無い。
「見送り!! 冒険者くんの見送り!!」
「何でこの時間とルートがバレてんだよ!?」
年中見張ってる刺客と違い、多忙を極める王族が張り付くのは無理だ。
「エリート部隊、使っちゃいました」
てへ、と可愛らしく舌を出す。
全力疾走中だ。
エリート部隊というと、ここに来た頃ベリー邸を張ってた諜報部隊だな。そうか王家にはそっちが居たか。
「見送りはここまでで結構です!! 家臣の方と合流してください!! だから何でキョトンとしてんだよ!! 王族が一人で夜の城下町全力疾走してんじゃねーよ!!」
「でしたら少々止まりませんこと? 陛下もあちらへ混ざり時間を稼いでいます」
「このためかよ!!」
足をゆっくり止める。
スズラン亭の屋台も、あの茶番も、全部この別れの挨拶の為の仕込みだったのか?
今が都市街へ出るチャンスだが、この方を置いて行っちゃ駄目だ。
「王妃様みずから、一冒険者である私の為にお見送り頂けるとは恐悦至極に」
「そんな事はどうでもいいの!!」
「あ、はい――王妃様!?」
焦った。
彼女が抱きついてきたから。一国の王妃様が。
ぎゅっと背中に手を回される。大きなたわわが俺の体とぶつかりむぎゅっとなる。大きい。柔らかい。
「王妃様……?」
「陛下たちの事は気負わないで。あちらはあちらで、濡れ手で粟ぐらいにしか考えてないんだから」
また俺をダシにしたのか、あの人らは。
「冒険者くん」
と、抱き寄せる手に力が籠った。
「頑張ってらっしゃ」
小さく短いが、情念的な励ましだった。
俺も彼女の背に手を回した。
熱と汗の感触がじわりと伝わってくる。
息が荒い。全力疾走についてきたんだもんな。ていうか王妃様、ドレスが汗でぐっちょりしてる。こっちにまで染み込んできた。なのにいい匂い。温かい。柔らかい。
「勿体ないお言葉です」
「向こうが落ち着いたら、ちゃんとこちらにも顔を見せるのですよ?」
「必ずや」
「何かあれば、ワタクシたちを頼りなさい」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
「そう」と頷くと王妃様の方から体を離した。
彼女に嘘は通じない。
「ごめんなさい、走りづらくなっちゃったかしら?」
両手の指先を合わせもじもじしながら聞いてきた。何この可愛い人?
ていうか答えられるか。
「そうね。ワタクシも迂闊だったわ。まさか冒険者くんが汗まみれの人妻に抱きつかれて性的な興奮に目覚めるてしまうだなんて」
「違ぇよ!!」
違くはないけど、違うんだ!!
「うん、分かる。分かるわぁ。王妃この前、色々誘っちゃったもんね。密着して思い出しちゃったのよね」
「読まんといて!! ワシの心に入ってこんといて!!」
「ふふふ、この程度、心を読むまでもないわ。あんな感触、お腹の上に押し付けられたら」(ポポっ)
だったら気づかないふりをして欲しかった。
「でもぉ、困ったわねぇ? そんなになってしまっては、走りずらいのではないかしら?」
「ご心配には及びません!!」
「何だったらぁ? すっきりしてから行く?」
「うるせーよ!!」
「ぴよっ……!?」
何で急に鳴いた?
「ご、ごめんなさいっ、変な事思い出させてしまって……そ、そうよね……こんなオバサンでもあんな格好で迫られたら、冒険者くんだって男の子だものね……。」
視線をあちこちに外しながら、顔を染めていた。って、待てや!!
「何読んだの!? ほんとマジ、何読んだの!?」
「ぼ、冒険者くんが……見てない振りして、あんなところしっかり記憶に収めてたり……それで……色々と、妄想? していたり……。」
「切腹します介錯を」
「できないわよ!!」




