207話 大将の味2
210話あたりから疲れが出てきました……。
(つまり、はしたない文章が続く)
加速は体捌きと踊り子スキルの賜だ。
それでも距離、離せない。後ろ、直ぐ並ぶ。
先端、来た!!
咄嗟に身を捻った。通過する鈍い輝きは、騎兵隊が振るう長大なランスだ。
重装備できやがった。それも六騎。
シャマダハルじゃ無理だ。蛇腹剣で馬を狙おう。
そーっと振り向く。
……あかん、馬までフル装備や。
大盤振る舞いだなぁ。投入する戦力がただの私兵の域じゃない。
正規の騎兵だろこれ。
馬だって完全にワンオフの軍馬だよ。
西門までの距離と疾走時間……駄目だ、戦闘を踏まえるとスキルと体力が持たん。
「閑職を集めた分けじゃないな……なら!!」
現役を相手にできるか。対抗を避け、疾走に専念する。
心当たりはある。
一つだけ。
まさか本当に出てきたか。
分銅が唸り四方から鎖が飛んだ。寸でで躱す。ランスの突きが狙いすましたように降り注ぐ。ちきしょう、ゲートから遠ざける気だ。
ゴロツキや三流兵士じゃねぇ。上級貴族の軍隊。それも末端まで俺を恨んでいる。
家紋が無くたってここまで分かれば一つだ。
――アカネさんの生家か!!
彼女の腕の欠損。俺が関わってるって聞いたんだろう。元から噂は王女から知らされていた。一地方を収める伯爵家だ。ここから先、障害としちゃ看過できない。
って、次。弓がきた。
仕える家の令嬢を傷物にしたかもしれない犯人だ。そりゃあ手は抜いてくれないか。
シャマダハルの先端を軽く射出し振り回す。特殊ワイヤーが織りなす円だ。盾としちゃ充分なはずだが――ただの矢が何でこんなに重いんだよ!!
魔術が掛かってるのかスキルによるものか。厄介なのをお送り込んでくれる。
門。西口ゲートが見えてきた。素直に行かせちゃくれないか。コンビネーションでランスが放たれ、右往左往させられる。
「ああもう!! 仕事熱心な!!」
城壁外で襲わず、街中で結果をコミットしたい理由。
……まるで思いつかない。
あ、俺が単独で走ってるのは警戒に値するかな? 中央都市に持ち込めない戦力を外に用意してるとか? んなもんがあったら開拓団の護衛に付けとるわ!!
って、投げナイフの弾幕!? ステップを踏んでギリ躱せた。
やべ、他のアサシン集団まで追ってきやがった。
左手の路地から五人。屋根伝いに三人。
短刀を構えて忍者走りしてくる。飛んで来たのはクナイってやつか。
「そこぉに居たかァ!! 小娘がァ!!」
今度は右手からの罵声。剣を振り上げ突進するのは、第一学園からの帰りに絡んで来た衛兵小隊だ。隊長さん、元気いいな。
「貴様のせいで俺は!! 俺たちは全てを失ったんだぞ!! このまま逃げられると思うたかァ!!」
投獄されないだけマシよ。うおっ、ランスの突きが!!
軽くあしらうと、ここぞとばかりに重騎馬が間合いを詰める。こいつら中距離だから厄介だ。
そして飛び交う手裏剣。
衛兵小隊長の罵声。
ああもう!! 楽しいなお前ら!!
躱しながらもゲートまで距離を詰める。
一騎、正面に回り込みやがった。道、塞いじゃって!!
そのまま加速し、馬の装備から馬上のフルメイルを足掛かりに飛び越える。ランスの間合いじゃねーんだよ。
「俺を踏み台にした!! ――ぬおお!?」
最後の叫びは、なんて事ない。フルヘルムが器用に見上げた瞬間、俺のスカートの中身が丸見えになっただけだ。ちきしょう。
軽々と騎馬の向こう側に着地。一気に抜けるぜ。
……。
……。
駆け出そうとした俺の足が止まった。
この時点で全員に追いつかれる。彼らの目には俺が諦めたように映っただろうか。
いいや、馬上の騎士だけは異変に気づいたはずだ。
俺がある一点。路地の真ん中に佇む奇妙なものに目を奪われていると。
「観念しおったかぁ!!」
と追いついた隊長さん達も、
「ひ? ひいぃぃっ!?」
視線の先の物体に気づき、ひきつけを起こしていた。
騎馬もアサシンも、異様な光景へ咄嗟に得物を構える。警戒している。いい感だ。今のうちだぞ――どう逃げるか考えておけ。
一歩。路上の中央に展開されたそこへ、おもむろに(←ゆっくりの意)足を踏み出す。
誰も追おうとはしない。
むしろ「まさか行くのか!?」と気遣う空気すら感じる。
灯りが灯っていた。
丸い提灯だ。
横長のスペースには暖簾が掛けられている。スズラン亭、と。
飲食店スズラン亭。アザレアで唯一、ラーメンなる料理を提供する専門店。よもや屋台もやっていたとは。
問題は客層だ。
二人。先客がこちらに背を向けている。
筋肉のバランスの取れた美しいプロポーションは、全身真っ白のタイツだった。小隊長が悲鳴を上げた理由だ。ラーメンを啜ってる。
その隣に、一回り大きな猫の背があった。
……。
……。
何やってんの、にゃー?
神官や魔法使いなら感じる上級聖霊の気配こそ、重装備の騎馬を止めた正体だ。そりゃビビる。
あと、猫にラーメンって大丈夫なの? 上級聖霊だからいいのか?
少し近寄り、カウンターを見る。
調理師はやっぱりスズラン亭の大将だ。
だが、前に見た調理服じゃない。
鈍い光が見えた気がして、そぉっと覗き込む。
小紫の甲冑。左胸から肩にかけて、五枚の丸みのある花びらが描かれている。これを纏えるのは一人しか居ない。
転身しようと一歩下がったら、
「冷やかしじゃねぇなら席についてくだせぇ、お客さん」
腹に響く声は拒否を許さなかった。客に出す声じゃない。開戦の号令のようだ。
振り向く。
騎馬やアサシン以外にも、ゴロツキや他の殺し屋まで増えていた。小隊長達が既に少数勢力だ。儚ねぇ。
俺の一挙手一投足に注目が集まる。
期待の眼差しすらあった。
……分かったよ。座ればいいんだろ。
恐る恐る席に着く。
白タイツ、にゃー、俺の並びだ。
「ご注文は?」
「……。」
こんな尋問されてるような注文取りは初めてだ。
「えぇと、じゃあ……塩味d」
「大将、そちらのお嬢さんに味噌バターコーンを」
にゃーの巨体越しに余計な事を言いやがった。今日は塩の気分だった。スズラン亭塩ラーメン。略してスズ塩。
「へいっ、毎度!!」
戦の鬨の声のような返事が夜の西通りを震撼させる。かつてない迷惑な屋台であった。
背後で、小隊長が卒倒するのが分かった。今の一声で戦闘モードに入った連中もいる。
六騎の騎馬に至っては観覧モードだ。見せ物じゃねーよ。
どん、と丼を置く音が響いた。
「大将、おかわりだ」
「へい毎度」
どん、と丼を置く音が続いた。
「大将、鰹節をおかわりにゃ」
「へい毎度」
にゃーの丼に、小手をした大将の手が鰹節を投入する。カラン、と乾いた音が鳴った。
「って、ラーメンじゃなかったのかよ!!」
「にゃ?」
思わず声を上げたら背後で誰かが「ブフっ」と吹き出した。
『そこの暗殺者、アウトォ!!』
拡声器のようなものを通した声が響く。聞き覚えのある女性の声だ。
チラリと振り返ると――あ、ダメだ。レザーパンツに上半身裸マフラーのオッサンがギャラリーの暗殺者へ駆け寄り、太ももにキックをかましていた。
刺客達の騒めきが、夜の街に静かに漣を立てた。
ここに来て、彼らは理解に至ったのだ。
今起きている事象のルールを。




