204話 箱の呪詛
「開拓民の采配権。やはり納得がいきません。アマチャの奴も同じです」
俺から名簿を受け取ったシチダンカが渋い顔をする。気持ちは分かるけど。
「権限委譲とは聞こえはよろしいが、本来は国家の一大施策と存じます。それを丸投げされるのは腑に落ちないものです」
「折り合いの付け所と心得てくれ。王宮貴族に代表する権威の枷が無いだけまだいい。尤も、連中が向けるのは期待では無くその先だ」
「独立自治の樹立、本気で願ってる線ですか? 仰せの通りアルストロメリアを開拓したとしてアザレア領とした場合の年間コスト、試算だけでも維持がまかりなりません。他国からの武力進行対策や防衛など必須になりますから――そちらの集団!! 後続の希望者か? 受付へ案内する、メイド殿に従え」
資料を捲ったシチダンカが開拓団への再就職組に指示を出す。
「王宮の間者は紛れ込むだろうけど、人事権の掌握は大きいさ」
「物は言いようですが」
「いいようなの。貴族の権益や共和国やラァビシュの工作員スパイは未然に防げる。こっちはキャパが限定されてるんだ、第一学園のような騒動をいちいち相手にしてられるか」
「確かに住居台帳の整備は良い案だと思いますが。出どころ、第一王子なのでしょう? 一学での事を気に病んでるとも思えません」
……彼とは色々あったからなぁ。
「俺が発ったあと、全身白いタイツの若者を見かけたらよろしく支援してやってくれ」
「また妙なものと懇意になられましたな――今ので午前の入場は締切です」
ベリー邸の正面に臨時仮設した受付の盛況よ。今回の募集は外務補佐役と彼の影響で職を失った使用人向けだ。予め紹介状を配布した者が対象だが、既に闇市で転売されてるんだから逞しいよな。
「殆ど来たなぁ」
誘拐事件で会ったゴロツキや兵士達も居る。意外と豊作だ。
「その人物、まさかアルストロメリアまで?」
「あり得ないと信じたい所だが、果たして……引き留めたな、一次面接のほう宜しくだ。くれぐれも首は要らないからな」
「承知。後ほどアマチャも合流します――。」
と、俺の隣りへ目を向ける。
「我らも使用人を連れ遅れて合流します。どうかそれまではお達者で」
「いいわ……高みで待っています」
シチダンカとクランが握手を交わす。君も上から行くのな。
「それにしましても。失礼な言いぶりになりますが、上流市井の若妻のようですな」
シックだが品の良いブラウスに、すっきりとしたシルエットのスカートだった。大人びて見える。
「えへへ……。」
おー、喜んでる喜んでる。
「一晩で変わられたご様子。やはりあれですか? 昨夜はお愉しみになられたというやつですか」
「サツキくんが、一人だけで……。」
急に落ち込んだ。
シチダンカはチラリと俺を見て、
「なるほど」
何がだよ?
「差し出がましいですが、サツキの姉さ兄さんはもう少し」
うん。まさかお前に諌められるとは思わなかった。
「いいわ、シチダンカくん……今夜はその分も頑張ってもらうから」
コイツは恥ずかしげもなく。
今はマリーも居ない。邪魔者が無ければ俺にだって。
「ここに居たのねサツキちゃん!! お母さん探したんだから。事のあらましは聞いたわ。その事で話があります。貴方とワイルドくんは今夜、お母さんの部屋に出頭すること!!」
邪魔者が無ければ俺にだって……。
執務室と呼ぶには豪華過ぎる。そして広い。30畳はある。
出口の左右にはライトメイルと短剣を備えた騎士が二名。屋内での戦闘を重視してるな。
その応接セットでオッサンと向かい合っていた。
「約束のものだ」
パンパンと手を叩く。
別室に控えていた、長い顎髭の宰相が盆に長方形の箱を乗せ現れる。
箱を俺の前に置く瞬間、何とも言えない嫌な視線を受けた。気づかないふり、気づかないふり。
「ハイビスカスへの親書での。かの王族にしか開けられぬよう魔法を仕出かしているからの。気をつけるんだの」
「一体全体どうしたって言うんですかその語尾? え? ていうか仕出かした?」
国王がまたみょうちくりんな事をやったようだ。
「なに、無理に開けようとすれば、たちどころに衣服が弾け飛ぶ程度での。命には別状はないのでの」
「いい加減やめろ鬱陶しい」
背中に宰相と騎士たちの視線が刺さる刺さる。
それを国王が右手を上げて制する。
「威厳を見せつけようかと思ったが、おぬしには伝わらぬか」
「残念ながら、伝わったのは諧謔めいたものでしょうね――無駄に複雑な条件発動を組んでるなぁ。宮廷魔道士ですか?」
「そんな所だ。せっかくだ、セキュリティの万全を試してもらえんか?」
えーと、俺に開けられなければいいのか?
「具体的にはおぬしがそれを持ってツバキの部屋に行き誰も居ない所を見計らいあやつに開けさせるのだ!!」
「俺を生贄に捧げるんじゃねぇ!! こっちの命の補償が無いわ!!」
「心配はいらぬ。まぁ聞け。いいから聞け。その後でおぬしも箱を開けようとすれば痛み分けって寸法よ」
何を企んでるかと思えば……。
「鍵の掛かった王女の寝室で互いに全裸。何も起き無いわけも無く」
「無いよ?」
「はははっ、ついでに脈も無いか」
笑っとるで。
「だが、せめて別れの言葉くらいは言ってやれ。中央都市では自由にさせているが、おぬしを追わせるわけには、いかんのでな」
「そう思うっていうのなら、お言葉の通りにしてやって下さいよ」
目の前の木箱の表面を指先でなぞりながら、ツバキ王女の顔を思い浮かべる。
挨拶しないばかりに追って来られてもな。
「承知しました、陛下。日を改めましてお時間を頂戴します」
「今行けよ、行く流れだろ普通」
「アポイントも無しに王族にホイホイ会えるか!!」
いやこっちに来てそんなのばかりだけどさ。
あと宰相さんの視線怖いから。暴言だったけど、こうでも言わないと聞かないじゃん、このオッサン。
その後。
「あーれーっ」
めっちゃ嬉々として箱を開けようとしてセパレートする王女の姿があった。




