表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

202/390

202話 提案。最善を尽くす。

 黄昏の日差しが西の街並みを軋ませ、徐々に青い暗がりに都市が漂い始めた。

 数台の馬車がベリー邸のターミナルを占拠した。一台以外はダミーだ。いずれも御者台のランプは灯している。点灯のタイミングで車両を判断をされないためだ。


「悪かったわね、あんたの手を一つ潰してしまったわ」


 申し訳なさそうにサザンカが眉を歪める。本心かよ。コイツにまでこちらの事情が露呈してるのか。


「こっちが叩頭(こうとう)する立場なんだ。すまないな、扈従(こじゅう)まがいな事を」

「いいってことよ。この二人を放っても置けないでしょ」


 フード付き旅人のマントをすっぽり被ったマリーとコデマリくんを見る。

 荷物の搬入は済んでいた。今は、クランやシチダンカと別れを惜しんでいる。苺さんにも言伝を出したが、姿は見えなかった。


「こっちが間に合って良かったよ」


 スクロールをサザンカに渡す。


「ポーチュカラでの手配はクレマチス商会が仕切ってくれる。乗り換えはあるが、一度出て仕舞えばこっちのものだ。だからそれまでは」

「到着が予定通りとは限らないけれど」

「着いたら最短で出港する便を確保すると言っていたが。任せるしかない」

「それは……無茶を通したわね。あの若い幹部? 相当入れ込まれたご様子かしら」

「なんの事やら」


 そっぽを向く。

 確かに無茶苦茶な渡航計画だ。船がこちらの都合に合わせるってんだから。


「警護に入ってくれる聖騎士は、確か二人だったと聞いたけど」

「ゲートを出た所で回収するわ。向こう(騎士派)も今頃は非番まで担ぎ出してくれてるから」

「ああ、揺動ね」


 なら、こっちの馬車が中央都市を出ればひとまず勝ちか。


「正門に普段から握らせておいて良かったよ」

「それも今回で駄目にしちゃうわね」

「門ならまだ三つあるから」

「どこまで買収してるのよ!!」


 呆れた風に言われるが、使える手はいくらでも使っておくもんだ。




「……行っちゃい……ましたね」


 ベリー邸の正門から出る馬車の群れを見送る横で、クランがそそっと横に詰めてきた。

 馬車はこの後方々へ散り、それぞれのゲートから出立する。旅程もルートも、どの馬車が本命かも俺にすら分からない。


「騒々しかった。無駄に」

「よかったの……?」


 最後の馬車の後部が正門の向こう側に消えるのを見送りながら、彼女は僅かに俺の肩へと頭を傾けてきた。


「立場があるっていうなら、連れ回すのも限界がある。置き土産はされたが、逆に言えばパイプは健在だ」

「そうじゃ……なくて」


 閉じつつある正門から視線を離さず、彼女はサザンカの言葉を繰り返した。


「サツキくんの時には……もう使えないけれど……大丈夫?」


 ……。

 ……。


「どうしよう、お姉ちゃん?」

「よしよし……。」


 頭を撫でられていると、ようやくガザニアが帰ってきた。執事服のままで安心したぜ。


「勝手に留守にしてしまい申し訳ありません」


 元から殺人鬼のような風貌だが、疲労の溜まった顔だった。


「決着は着いたのかい?」

「……思い出させないでください」


 アヤメさん。何やったんだ?


「ま、犬にでも噛まれたと思って」

「お優しい言葉、かたじけありません」


 ほんと何やったんだ? 帝国の侍百人隊長を相手に。


「入れ違いだったね。マリー、今しがた発ったよ?」

「連絡用の式を頂戴しました」


 とクランへ目をむける。


「このたびは、おめでとう御座います。心よりお祝い申し上げます」


 礼こそするが、幽鬼のような顔で言われてもな。クランもちょっとビビってる。


「あ、ありがとう……御座います……。マリーさんに付いていかなくて……宜しかったのですか?」

「元は火炎系魔法使いの武者修行で国を発ちました。マリーゴールド様お一人ならいくらでもなさいますでしょう」

「あ……そんな名前だったんですね」


 愛称で呼んでたもんな。


「むしろ、サツキ様が抱えるであろう喪失感を心配されておいででした」


 余計な事を。


「分かった……お姉ちゃん頑張る」


 何を?


「任せて……こう見えても……妹歴は長い」


 だから何を?


「クラン嬢が居れば我々も安心です。お任せします」


 ガザニア……何でクランとハイタッチしてるの?


「サツキくん……?」

「はいサツキです」

「今夜は……妹だと思っていっぱい甘やかしてくれていいんだからね」


 あ、これ俺が頑張るパターンだわ。


「最善は尽くすがその前に、な?」

「どこかへ行かれるのですか?」

「こちらの都合だ」


 着いてきたそうなガザニアを制する。彼を使うわけにはいかない。シチダンカには動いてもらわなくちゃ。


「ちょいと清掃活動を」

「ん……付き合う」


 当然のようにクランが腕を絡めてきた。




 厚手のマントの下で甲冑音を軋ませ、最後の一人が倒れた。

 結論から言うと全てのゲートで張られていた。買収した全ての門兵から報告が上がってくるとは。


「お前が聞いてて助かったな」


 クランにはサザンカ達の経路計画が知らされていた。念のため他のゲートも同時に対処した。ワイルドニキ、シチダンカ、アマチャがそれぞれ、潜伏兵を抑えたはずだ。

 アカシアさんから貰った鼻眼鏡越しに、遠ざかる馬車の後部を見送る。表示倍率を拡大すると、小窓からマリーが顔出すのが見えた。コイツだけ望遠機能付きだ。


「身元は……分からないわね」


 昏倒させた男達の所持品を漁っていたクランが、鼻眼鏡の眉を上下させていた。サザンカのお下がりで、こちらはただのパーティグッズだ。


「一通りは心得てるんだろ。行くぞ。見ようによっては追い剥ぎの嫌疑を受けかねない」

「しけてんなぁ……。」

「……。」


 嫌疑というか、そのままだ。


「……。」

「何……?」

「提案なんだが、このままアンスリウム分邸へ入ると足が着きかねない」

「? ……そんなヘマはしない」


 得意げに鼻眼鏡の眉が上下する。だからそれで感情表現するのやめい。


「最善を尽くすに越したことはないだろ。何事にだってさ」

「今でも最善だと思うけれど……。」


 あー、もう!! はっきり言わないと駄目か。


「グリーンガーデン時代に利用していた宿があったろ? 割り増しだけど壁が厚くて個室に浴場があったやつ」

「!? 尽くそ? 最善、尽くそ? お姉ちゃんと今すぐ最善」

「お、おう」


 小さな握り拳を胸の前でぶんぶんしながら訴える彼女が、小動物のようでキュンときた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ