202話 提案。最善を尽くす。
黄昏の日差しが西の街並みを軋ませ、徐々に青い暗がりに都市が漂い始めた。
数台の馬車がベリー邸のターミナルを占拠した。一台以外はダミーだ。いずれも御者台のランプは灯している。点灯のタイミングで車両を判断をされないためだ。
「悪かったわね、あんたの手を一つ潰してしまったわ」
申し訳なさそうにサザンカが眉を歪める。本心かよ。コイツにまでこちらの事情が露呈してるのか。
「こっちが叩頭する立場なんだ。すまないな、扈従まがいな事を」
「いいってことよ。この二人を放っても置けないでしょ」
フード付き旅人のマントをすっぽり被ったマリーとコデマリくんを見る。
荷物の搬入は済んでいた。今は、クランやシチダンカと別れを惜しんでいる。苺さんにも言伝を出したが、姿は見えなかった。
「こっちが間に合って良かったよ」
スクロールをサザンカに渡す。
「ポーチュカラでの手配はクレマチス商会が仕切ってくれる。乗り換えはあるが、一度出て仕舞えばこっちのものだ。だからそれまでは」
「到着が予定通りとは限らないけれど」
「着いたら最短で出港する便を確保すると言っていたが。任せるしかない」
「それは……無茶を通したわね。あの若い幹部? 相当入れ込まれたご様子かしら」
「なんの事やら」
そっぽを向く。
確かに無茶苦茶な渡航計画だ。船がこちらの都合に合わせるってんだから。
「警護に入ってくれる聖騎士は、確か二人だったと聞いたけど」
「ゲートを出た所で回収するわ。向こうも今頃は非番まで担ぎ出してくれてるから」
「ああ、揺動ね」
なら、こっちの馬車が中央都市を出ればひとまず勝ちか。
「正門に普段から握らせておいて良かったよ」
「それも今回で駄目にしちゃうわね」
「門ならまだ三つあるから」
「どこまで買収してるのよ!!」
呆れた風に言われるが、使える手はいくらでも使っておくもんだ。
「……行っちゃい……ましたね」
ベリー邸の正門から出る馬車の群れを見送る横で、クランがそそっと横に詰めてきた。
馬車はこの後方々へ散り、それぞれのゲートから出立する。旅程もルートも、どの馬車が本命かも俺にすら分からない。
「騒々しかった。無駄に」
「よかったの……?」
最後の馬車の後部が正門の向こう側に消えるのを見送りながら、彼女は僅かに俺の肩へと頭を傾けてきた。
「立場があるっていうなら、連れ回すのも限界がある。置き土産はされたが、逆に言えばパイプは健在だ」
「そうじゃ……なくて」
閉じつつある正門から視線を離さず、彼女はサザンカの言葉を繰り返した。
「サツキくんの時には……もう使えないけれど……大丈夫?」
……。
……。
「どうしよう、お姉ちゃん?」
「よしよし……。」
頭を撫でられていると、ようやくガザニアが帰ってきた。執事服のままで安心したぜ。
「勝手に留守にしてしまい申し訳ありません」
元から殺人鬼のような風貌だが、疲労の溜まった顔だった。
「決着は着いたのかい?」
「……思い出させないでください」
アヤメさん。何やったんだ?
「ま、犬にでも噛まれたと思って」
「お優しい言葉、かたじけありません」
ほんと何やったんだ? 帝国の侍百人隊長を相手に。
「入れ違いだったね。マリー、今しがた発ったよ?」
「連絡用の式を頂戴しました」
とクランへ目をむける。
「このたびは、おめでとう御座います。心よりお祝い申し上げます」
礼こそするが、幽鬼のような顔で言われてもな。クランもちょっとビビってる。
「あ、ありがとう……御座います……。マリーさんに付いていかなくて……宜しかったのですか?」
「元は火炎系魔法使いの武者修行で国を発ちました。マリーゴールド様お一人ならいくらでもなさいますでしょう」
「あ……そんな名前だったんですね」
愛称で呼んでたもんな。
「むしろ、サツキ様が抱えるであろう喪失感を心配されておいででした」
余計な事を。
「分かった……お姉ちゃん頑張る」
何を?
「任せて……こう見えても……妹歴は長い」
だから何を?
「クラン嬢が居れば我々も安心です。お任せします」
ガザニア……何でクランとハイタッチしてるの?
「サツキくん……?」
「はいサツキです」
「今夜は……妹だと思っていっぱい甘やかしてくれていいんだからね」
あ、これ俺が頑張るパターンだわ。
「最善は尽くすがその前に、な?」
「どこかへ行かれるのですか?」
「こちらの都合だ」
着いてきたそうなガザニアを制する。彼を使うわけにはいかない。シチダンカには動いてもらわなくちゃ。
「ちょいと清掃活動を」
「ん……付き合う」
当然のようにクランが腕を絡めてきた。
厚手のマントの下で甲冑音を軋ませ、最後の一人が倒れた。
結論から言うと全てのゲートで張られていた。買収した全ての門兵から報告が上がってくるとは。
「お前が聞いてて助かったな」
クランにはサザンカ達の経路計画が知らされていた。念のため他のゲートも同時に対処した。ワイルドニキ、シチダンカ、アマチャがそれぞれ、潜伏兵を抑えたはずだ。
アカシアさんから貰った鼻眼鏡越しに、遠ざかる馬車の後部を見送る。表示倍率を拡大すると、小窓からマリーが顔出すのが見えた。コイツだけ望遠機能付きだ。
「身元は……分からないわね」
昏倒させた男達の所持品を漁っていたクランが、鼻眼鏡の眉を上下させていた。サザンカのお下がりで、こちらはただのパーティグッズだ。
「一通りは心得てるんだろ。行くぞ。見ようによっては追い剥ぎの嫌疑を受けかねない」
「しけてんなぁ……。」
「……。」
嫌疑というか、そのままだ。
「……。」
「何……?」
「提案なんだが、このままアンスリウム分邸へ入ると足が着きかねない」
「? ……そんなヘマはしない」
得意げに鼻眼鏡の眉が上下する。だからそれで感情表現するのやめい。
「最善を尽くすに越したことはないだろ。何事にだってさ」
「今でも最善だと思うけれど……。」
あー、もう!! はっきり言わないと駄目か。
「グリーンガーデン時代に利用していた宿があったろ? 割り増しだけど壁が厚くて個室に浴場があったやつ」
「!? 尽くそ? 最善、尽くそ? お姉ちゃんと今すぐ最善」
「お、おう」
小さな握り拳を胸の前でぶんぶんしながら訴える彼女が、小動物のようでキュンときた。




