200話 再来。鼻眼鏡。
「聞きましたよ、サツキさん!!」
嫌な予感しかしねぇ。
周囲の使用人が何事かと足を止める。
「クランお姉さんを人けのない所に連れ込んで!! 『そのブラウス姿も、可憐で素敵だな』って照れくさげも無く褒めてたっていうじゃないですか!! 何ですか? 『昨日の君も良かったけれど、今朝はまた新しい魅力に気づかせてくれる』とか!! もうね!! もう!!」
「おおっ!!」と周囲から拍手が湧いた。
要所要所に入る俺の声真似がなんかムカつく。
「ばっ、ちょ、お前、どこから聞いた!?」
「クランお姉さんです……。」
本人からかよ!!
「あの、サツキさん? 私、このまま毎日お姉さんから惚気を聞かされるのでしょうか? 『もう困っちゃうー』とか仰ってましたけど私の方こそ困っちゃうですよほんと」
不安そうに見上げてくる。
そうか。
この子も被害者か……。
「す、少しは自重する」
いや、だって。今まで衣服が変わっても褒められなかったから。
クラン、その辺を気にしてたっぽいし。
マリーに早速言いふらすとか、どれだけはしゃいでるんだよ。
「それで、ガラ美ちゃん、もう発ったんですね。ハイビスカスでしたか?」
「本隊との方な、合流は山越え前に必要だから。俺が交渉の場に出ないわけにもいかないが、お膳立ての時間が惜しい。繋ぎに先行してもらった」
「思い切った事しますね」
ガラ美だってBランク相当だ。連日の演習でシチダンカやガザニアが墨まで付けてきた。
「君も旅に出た頃はSランクじゃ無かったと聞いたが? 一人旅のノウハウと実地は済んでいる。戦闘面では、その辺の軍部を出し抜くんじゃないかな」
「あー、そうではなくて……。」
珍しく歯に衣だな。
マリーは、少し思案するように視線を漂わせ、
「それってサツキさんの名代で行くんですよね?」
「書簡は持たせてあるし、アポイント代わりの顔繋ぎ程度だよ。決裁するわけじゃ」
「ガラ美ちゃんを、名代に」
そういう言い方やめろよ!! 不安になるだろう!!
「ま、まぁお使いのようなものだし」
「でもサツキさんの代行としてファーストコンタクトでしょ?」
「ご心配には及びません、姫様」
いつの間にか、シチダンカが恭しく礼をしていた。
「あやつには、サツキの姉さ兄さんの偉大さを大いに解くよう言い含めております」
「何仕込んじゃってんだよ!!」
余計な事を仕出かしてくれる。
「なら大丈夫ですね!!」
おい。俺の心労を労れ、おい。
「サツキ様、ちょうど良いところへ」
シチダンカの報告に絶望していると、ベリー家の使用人が駆けてきた。
すっかり家人扱いだな。
「面会者が来られてまして」
「俺に?」
「ご当家のお方でしたらどなたでも、と」
ほんと、すっかり家人扱いだな。
「アポイントは無いわけね。人数と身分は?」
「お二人。教会から来たと仰ってます。ただフードを深く被り、顔までは判別できませんでした。いえ、顔は見えるのですが、その、お二人とも鼻眼鏡を付けておられて……。」
「サツキの姉さ兄さん」
「承知している――報告ご苦労、今は正面か?」
「正門の詰所に通って頂いてます!!」
「こちらで対応する」
使用人を置き去りに、足早に廊下を進む。そんな不審人物を門外に置き去りにしなかったのはファインプレイだ。当然のようにシチダンカも後に着く。
ああ、だったら、
「慌てなくていいからワイルドかクランの所にも頼む」
「かしこまりました!!」
「それと使える応接間があれば」
違う、そうじゃないか。
言い変える。
「執事長かメイド長に言って応接間の準備を」
「でしたら第三客間がよろしいでしょう」
反対側から女性の声が掛かった。
「あそこは二階の中庭沿いになりますから」
振り向くと、ナズナさんが居た。
昨夜と違い落ち着いたドレス姿だ。侍女なんだからこちらが本当なんだろうけど、それにしても話が分かる。
「すまない、宜しく頼む」
「詰所はご当家の敷地の内です。慌てなくても大丈夫でしょう」
にこやかな表情と声に、心が落ち着く。
ふと思い出す。
……昨日はこの人のお尻に顔を埋めたんだよな。
「サツキさん、何考えてるんです? 昨夜ですか? 昨夜、クランお姉さんの部屋でナズナお姉様にメイド服を着せた上、壁に手をつかせて突き出した大きなお尻に顔を埋めた事を思い出したんですか!?」
どよめきと共に、周囲の使用人やメイドから殺意に似た気配が、ヒリヒリと肌を焼いた。
……ナズナ様を弄んだだと?
……私たちのお姉様を?
……相手は子持ちだぞ、容赦ねぇ。
……くそっ、羨ましい事を。
……やはり大きいんですね。私たちの見込んだ通り。
うわー、居ずらい。
ていうかナズナさんの事はお姉様呼びなのね。
「あの、マリー様? 昨夜のことは、もうその辺で」
「とても凄かったです!!」
「いえ、ですからお忘れになって頂きたく」
「堪能しました!! まるでナズナお姉様の優しさに包まれてるみたいで!!」
「……あ、はい、恐れ入ります」
「ま、実際包まれたのはお尻の中心でしたけどね!!」
「もう!! マリー様!! もう!!」
……。
……。
なんだろう。ゴギョウさんやスズシロさんより年上なのに。可愛い人だな。
門兵の詰所に入ると、聞いていた通りの風貌の二人組がお茶を啜っていた。
「よく無事で来たものだ」
俺の声に顔を上げる二つの鼻眼鏡。
「予測してたでしょ? あんたが経路を準備したおかげよ。街の人の協力があってこそだけれど、そちらも根回ししていたのね?」
「ジギタリスじゃ彼が苦労してくれたからな」
後ろの男を顎で指す。
「シチダンカさん」
と、もう一人の背の低い鼻眼鏡がその名を呼んだ。
「森林都市での経験が生きたようで何よりです。聖女様」
「サツキさんに会う前は、鍛えられましたからね」
「それもまた、サツキの姉さ兄さんの教えなれば」
コデマリくんを前にするシチダンカの表情は、常に穏やかだった。
「って待ちなさいよ!! 貴方。そこの貴方。聖女様って言ったか? ああん?」
鼻眼鏡でガンをたれるな。
サザンカの作り物の眉がひょこひょこ激しく動く。
「奇跡の癒し手を聖女様とお呼びして何が悪いか」
張り合うな、
「え? ずっとそう呼んでたの? アンスリウム滞在中? こっちはずっと聖女ってワードひた隠しにしてたのに?」
コデマリくんを協会で引き受けてもらった理由が聖女様の隠蔽だったもんな。騎士派はよく秘匿してくれていた。
「いや、この前は自分で聖女様言ってただろ」
「あたしとあんただけだったでしょ!! あんな所まで見ておいて!!」
「あれはお前が無防備だったんだろうが」
余計な事を言うな。
事の経緯を見守っていたマリーの目がキラリと輝いた気がする。
「外では口にしないし、あ、あんたにしか見せないわよ――ていうかあたしらの苦労をなんだと思ってるのよ!! それで今は教会が大変な事になってるんだから!!」
「聖女様を抱き込む事で生まれる利潤と天秤に掛けた結果であろう。我らが聖女様を信奉するのに、如何程の障害があろうものか」
「それでコデマリの生活基盤を脅かしてどうすんのよ!!」
「知れた事。邪魔なら殺せ、でなければ生かせ」
「できるか!!」
妙な違和感。
シチダンカの反応が素っ気無いというか辛辣だ。
「お前ら二人、あの時のわだかまりがまだ……?」
「初めて会うわね」
「お初にお目にかかりますな」
んなわけあるか!!
半殺しにされ半殺しにした仲だろ!!
「だが許し難いのは事実」
剣呑な事を言い始めた。




