2話 受付嬢の顔
今話から少しづつに設定や世界観を混ぜていきます。
(大体冒頭に挙げて、本話と絡めます)
ギルドに国家間の連携は無い。有力な冒険者の引き抜きや移設を防ぐ為と、少なかれ政治的な関与があるからだ。身分フリーで参加できる組織などスパイのやりたい放題だ。逆に一国内のギルドであれば、辺境の区町村でも噂の伝播は早い。注目株のSSランクパーティから追放者が出たとなれば尚更だ。
ランクは下からE~Aに昇格し、S、SSになる。
Aが最上級者。Sで英雄。SSは魔王直属と戦えるもの。
確かに、グリーンガーデンは良くも悪くもギルドや傘下の注意を集めていた。「何やりだすか分からない」「目が離せない」「むしろ目に余る」「そこまでやるのか」「もう諦めた」と。
……。
……。
良い意味の方、どこ行った?
「サツキさん、パーティをお辞めになられたと伺いましたが」
中央から離れた迷宮都市カサブランカのギルドも例外では無かった。
カウンター越しで、顔馴染の受付嬢が首を傾げる。中央都市アンスリウムで世話になった人だが、俺が来る数日前に迷宮都市に転属されたらしい。凄い偶然ですね、と言ったら、読み通りで良かった、と返ってきた。彼女なりの冗談か気遣いか。
カサブランカには昨夜到着した。
先に宿を探したが、どこもかしこも変な目で見てくる。冒険者風の女の子が一人で泊まると思われたらしい。
酒場に行った。尻を触られた。男だと言ったらそれでもいいと言われた。
飲み過ぎて公園のベンチで休んだ。男が入れ代わり立ち代わりで口説いてきた。男だと言ったらそれでもいいと言われた。
……おまえらは。
今滞在する宿屋のオーナーにもおちょくられた。が、こっちは最初から俺が男だって気づいていやがった。
住み込みの従業員の少女を紹介された。婚活してるからどうだと言われたが、どうもこうも無い。いきなり従業員との縁談を客に持ち込むなよ。
おかげで今朝はぎくしゃくした。
ギルドに来たら、ここでも女の子と間違われた。面倒なので大声で男の子アピールした。「なんでぇ、男かよ」て言われて凄く安心した。
おかげで、クロユリさんの方から声をかけてくれて、そのまま受付の流れになったのだ。
「これからはお一人で?」
案じるような、少し困ったような声だ。クロユリさん、いい人だな。
濡烏のような艶やかな髪に新雪のような肌が印象的な人だった。勝ちきそうな目とは逆に、穏やかな喋りが数多の冒険者を癒してくれた。
この人ならきっと、今履いてるパンツを顔に押し付けてくるような事はしないだろう。だからいい人だ。
「ソロで考えてるかな。ここの迷宮で熟練度の底上げ。ふふ、楽しみ」
楽しいレベリングともいう。さぁ刈るぞ。狩るじゃなくて刈るぞ。
思わず笑みがこぼれてしまう。
離れた所から、おぉ、て聞こえたけど、俺じゃないよね? クロユリさんにだよね?
「お仕事モードで申し上げるなら、難易度としましてもできればパーティでの挑戦をお願いしております」
「ギルドの指針なら」
「ご理解を頂きまして恐れ入ります。グリーンガーデンを退席したばかりで心苦しいのですが」
「クロユリさんを困らせたくはないからね」
「まあ!!」
弾んだ声で胸の前で手のひらを合わせる。
時々こうした幼い仕草を見せる。
「それでしたら!! それでしたら!!」
なんかぐいぐい来るな。
「ここにちょうど腕の立つ受付嬢が居るのですが――。」
「受付嬢はダンジョンに連れて行けないかな」
「はん、所詮は受付嬢だよ……。」
「残念」
「残念」
そろそろ周りの冒険者たちの視線が痛い。痛みを伴う視線。
クロユリさん綺麗だし人当たりもいいからな。すぐ人気が出たのだろう。指数関数的に。
やばい殺気すら込められてる。いいぞ。連中、見所があるな。
って誰だ今、百合だとか言ったヤツは!?
男の子! ちゃんと付いてるから!!
くそ、一度どっちの勢力も血祭にあげてやるか。
「施設内での暴力はダメですよ。め」
何かを察したのか、可愛く睨まれた瞬間――殺意が膨れ上がった。こやつめ。お前も見所があるぞ。
「それと、一つだけ」
急に声をひそめてきた。吐息のようで色っぽい。無言、色っぽい。
「ダンジョン近辺で、黒い甲冑の目撃談が少々」
「両断卿がか?」
魔王の四騎士だ。
中でも黒騎士は筆頭格と目されている。両断卿は冒険者ギルドが勝手に付けたニックネームだ。
「いえ、そこまでは。断定は禁物ですがあれらが遊撃であるからには、その可能性も」
「あれら、ねぇ。了解した気に留めておこう」
「是非」
囁き声、いいな。
クロユリさんの可能性を見出し、俺は掲示板コーナーへ向かった。
――あれら、ねぇ。
ギルドとの付き合いは長いが、一般の職員が知るには込み入ってるな。国家機関を出し抜くのは、まぁ理解できるけど。
「受付嬢が必要な時は是非ご用命を」
いやダンジョンで受付嬢が必要になる事態、なかなか無いよ?
掲示板コーナーは主に冒険者同士のマッチングだ。新メンバの募集。その逆。そして、唐突にハブられし者。そんな惨めな人がいるのだろうか? 知ってるよ俺だよ。
尚、依頼の受注はカウンターの受付で行う。案件ごとに管理する必要があるからだ。仕事と人。こう書くとただの斡旋所が最新の働き方改革に聞こえるから不思議だ。
ところで、この真ん中に貼ってるヤツ。
――求む。ヴォーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードっての。お前は何なんだ?
「なぁ兄さん、少しいいかい? いや兄さん、でいいんだよな?」
恐る恐る近寄ってきたのは、三人組の若者だった。まだ駆け出しってところか。カサブランカの迷宮は階層により難易度が変わる。無理の無いレベリングが可能だ。無理の無い返済も可能だ。若い冒険者も多く訪れる。
もっとも、無理の無いレベリングが果たして楽しいかは別だがな(ニヤリ)
「え? 何で今笑ったの?」
「ああ、すまない。武者震いだ」
「いや震えてないよね? 笑ってたよね?」
「それで、今日はどんな御用かな? まさか俺を笑いに来た? 笑いに来たのか!? 女みたいだからって!?」
「笑ってたのあんただろ!!」
中々難しいな。ベテラン風に接するの。
「いや俺ら、さっきの話が聞こえてきてさ。兄さん、パーティを組む冒険者を探してるんだろ?」
「ほう、俺に目を付けるとは見所があr――あ、うん、ごめんこのキャラ無いわ」
ここはガキの遊び場じゃねぇ、とか言ってみたかった。
ママのオッパイでも吸ってろは、むしろ俺が吸いたいし。
「兄さんさ、もし良かったら俺らと組まないかい? こっちも探索の仲間を探してたんだ」
「おまえら三人で全員か?」
「ん? ああ俺ら三人だ。問題があるのか?」
少し考えた。
むむ。どうだろう? やはりママのオッパイは外せないか?
「何故、俺を誘う。冒険者ならいくらでも居るだろ?」
女顔で舐められてるとも思えない。
「そりゃ兄さん、なんたってあのクロユリ姉さんと親しいからな。ここの男ども、みんな狙ってるんだぜ?」
「お前らもか?」
「その為にもさ、まずは熟練度を上げて未踏のフロアでも攻略してさ。男上げたいじゃん」
答えになってないな。
それで、「なぜ俺」なんだ?
「どこまで潜った?」
「第6までだ。最深到達点が11って話だからおおむね半分だな」
そこそこ動けるのか。
現時点の攻略階層が第11層だった。観測部隊の予想では20層まであるらしい。
11層の深部まで行って帰らない冒険者が多い。そこを目指すということなら、まったりレベリングとはいかないだろう。
ならスピードコースか。
「最後の質問だ。目の前の女性がパンツを脱いでこちらの顔に押し付けてきた。おまえらならどうする?」
何聞いてるんだ俺? カウンター向こうのクロユリさんの顔が曇った。ちっ、聞こえたか。
「え? いや普通に怖いじゃん? ヤバイじゃん?」
「いいだろう、組もう」
「ヒュぅ、話がわかる」
若者を育てるのもベテランの仕事だ。追放されたけど。
「よし、一気に20層到達だ」
「全然わかんねーよ!!」
まぁまぁそう言うな。すぐに楽しくならから。良くなるから。
「じゃあ行くぞ。いやダンジョンじゃない、武器屋だ。俺のおごりだ次行くぞ次。まずは武器を強くする。防具? あーいらんいらん。即死意外なら回復してやる。それより攻撃重視だ。おいどこに行く」
軽くカウンターのクロユリさんと目くばせし、俺は三人の若造の首根っこ引っ掴みギルドを出た。
依頼は受けない。階層踏破が目的だからだ。
ただ、その背を
受付嬢が表情のない目でじっと見ていたことに、この時の俺は気づかなかった。
◆
俺達が出て行ってすぐ、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「カサブランカ支部へようこそ」
現れた顔馴染みの冒険者たちを、クロユリさんは満面の笑みで迎えた。
無表情よりも能面のような笑みだったという。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
一話あたりの分量が掴めず難儀しております。
一気に読めるよう短く細かく、がいいのでしょうか……。
なにぶん初めてですので、試行錯誤になりますね。