199話 暁紅
ブックマーク、評価などを頂きまして、ありがとう御座います。何より、ここまで読んで頂きまして、重ね重ね御礼申し上げます。
館の主な人物が食卓に会するのは、ここ最近の騒々しさと忙殺ぶりから珍事であった。うんおかしい。
第一学園聖堂の昼食会のような穏やかなものじゃ無い。いやアレだって殺伐としたけど、今朝よりはマシだ。
ワイルドニキ、クラン、マリー。端端に薔薇の木彫りをあしらった長大なテーブルは、隣同士向かい同士の間隔が広いが、空気だけは張り詰めていた。
ワイルド、我関せずという風で、寡黙に食事を摂る。
クラン、誰とも目線を合わせず寡黙に食事を摂る。
マリー、寡黙に……やめろ。そのニタニタ笑いをやめろ。何かあったって背後で控える使用人にもバレるじゃねーか。
苺さんが王都邸に来てないのが救いだ。王城にも滞在せず自領へ戻ったと聞いたが。
「あ、クランお姉さん。サツキさんがお醤油とって欲しそうにしてますよ?」
だから余計なことすんじゃねー!! 使用人にやらせろよ!!
「……!? しょ、しょ、おしょう水……!?」
「ぶっ!!」
思わず吹き出しちまった。
「油だ、ゆ!!」
「……!?」
自分の言葉の意味にやっと気付いたか、白磁の頬を梅重に染め俯いた。
……。
……。
やばいな。
肩、抱き寄せたいとか思っちゃったよ。やばい自分。
「全て戻ったようには見えねぇが」
早々にデザートのずんだ餅を平らげたワイルドが、射抜くような眼光で睨んできた。
「嫌悪感が無くなった程度だ。記憶のフィードバックなりオーバライドなり覚悟していたが、徐々にくるらしい――戻ったら俺じゃなくなる?」
ワイルドの言いぶりに一つの可能性が浮かんだ。
「人格形成に影響があるかは、まぁ婆様次第だが。そこまではあり得ないだろうよ。小娘を見てどう思う?」
「どうって――?」
マリーを見た。
「うふん」とウインクを返して来やがった。
「言動の一貫性に欠落してきたよな? お見合い当時はもっとしおらしかったように見受けたが」
「失礼ですね!! 誰が潮吹きらしいですって!?」
「そういう所だよオメーはよ!!」
マリーの発言にクランが可愛らしくケホンと咳き込んだ。
……あ。こんな仕草も可愛く見えるんだ。
「ご、御免なさい……その……漏らしちゃって」
クランの謝罪に、ワイルドが持ち上げたティーカップが取手からテーブルに落ちて派手に割れた。
すかさず執事がテーブルを拭く。
「申し訳ありません。どうやら茶器が傷んでいたようです。すぐ代わりをお持ちします」
うむ、とだけ答える彼の表情は、何故か影になって見えなかった。
すぐさま新しいティーカップが彼の前で湯気を立てていた。流石、ベリー家の使用人。
「あはは、サツキさん、顔がびしょ濡れでしたもんね!!」
ワイルドの手が新しいティーカップを握りつぶしていた。
「もう少し、頑丈なものを用意すべきでしたね」
執事が破片を片付ける。何でそんな冷静なの?
「ゔぅぅ……。」
クランが涙目になってフルフルしている。
よほど恥ずかしかったんだろうな。凄かったもんな。
「テメェは……調子に乗ってどこまでやりやがった¥」
静かな声だけに、本当にやばい。言葉の最後が変になってるもん。追放の時だってここまでじゃ無かった。
「どこまでって、解呪のキーはお前も承知してたはずだ」
クランが完全に俯いてしまったので、俺が答えるしかない。慎重に言葉を選んで、
「サツキさん無双でしたよね!! 迫るくるお姉さん達を千切っては投げ千切っては――じゃなくて、嗅いでは投げ嗅いでは投げて。怯えるクランおねえさんの両足を左右に開いて、なんていうか、色々あって黄金郷?」
マリー、本当うるさいから。
ズドンと思い音と共に、ワイルドを中心にテーブルが割れた。
「すぐに代えをお持ちします」
いやテーブルだよ?
あ、本当に今交換するのね。執事すげーな。
「怯える……両足を……?」
「いや押さえつけて開いたのはスズシロさんとナズナさんだから!! さらに言うと、先に顔擦り付けたのコイツだから!!」
「何と申しますか……クセになりそうです!! ワイルドお兄さんも一度お試しあれ!!」
何で火に油なの?
「いずれ解呪は通る道だが……お前はそれで良かったのか?」
俯いたままふるふるしてる妹に聞くか?
「全部……覚悟はしていたから……。」
「なら俺からは言う事は無い。あえて言うなら――。」
あるじゃん。言う事。
「あまり、泣かせてやってくれるな」
思わず「へぇ」と漏らした。
「変じゃ、無いでしょうか?」
くるりんと回って見せる。
深紅のワンピース型のローブに、小豆色のマント。頭には同色で唾広の魔法使い帽子だ。
パーティにいた頃は見慣れた衣装も、ガラ美が着ると別の趣がある。
「赤い魔法使いの異名を襲名だな。ワンドは新しく彫ってるな?」
「わたくしには、勿体無いです」
照れ臭そうにする。
タイツやブーツも新調してくれたか。新社会人のフレッシュフェアみたいだ。
「おさがりだけど……ガラ美に合わせて採寸し直したから。付与も……古いのを剥がして新規に組んでる」
「わたくしの為に、お嬢様自らの手でこのようなピーキーチューンを」
「拘った」
無表情にVサインを出す。
得体の知れないものに仕上がったようだ。
「ま、可愛らしいんじゃないか」
「そんな!!」
バっと勢い良く振り向くガラ美の頬は、薔薇の花弁が差し込んだようだ。
「か、かか、可愛いだなんて!! わたくしが、ご主人様に……!?」
頬に手を添えてふるふるしている。
「むぅ……私の時には、何も言ってくれなかった」
昨年あたりに新調した、と言うより苺さんから旅先に送られてきたんだよな。
『これでしとめちゃえ♪』という謎のメッセージカードと共に、たびたび装備(衣服が主だ)が送られてた。
何を仕留めるのかは定かでは無いが、攻略条件によって装備を変更するのは冒険者なら定石だ。
「呪詛のせいでそんな感慨に耽る余裕は無かったもんな。別な感想ならあったけど」
「……別な?」
「まぁこの話はここまでで」
「……別な?」
「聞いても気分のいい話じゃねぇよ」
「……あの頃のサツキくんの気持ちも……知っておきたいから」
「やめとけやめとけ」
「むぅ……。」
不機嫌そうに唇を尖らす。
あの時の感情は覚えている。
愛らしい赤い魔法使いを前に、嫌悪感と、どうしようもない嗜虐に似た衝動。
なんて呪いだよ。
最愛だと思われる人を、
滅茶苦茶に汚したいだなんて。




