197話 お召しになるのなら
次回、解呪回
後の対応は変態王子げふん白タイツの怪人に任せ帰路についた。
彼がお出ましになった以上、俺に出来る事は無い。むしろ関わり合いたくない。また部屋に呼び出されたりしたら。うっかり、拒めなくなってしまったら。
……しかし、字面だけだと絶対任せちゃ駄目な人だよな。
慣らし運転も興が冷め、御者をアマチャに任せて俺はマリーと馬車の中に収まった。消化不良なのか、マリーの影に送還されるユリが不満そうに見つめてきた。俺のせいじゃない。
それで、
現在のベリー邸の馬舎なんだが異色に富んだ有様を呈していた。
白いグレートホース。
雷獣・鵺。
筋肉鬼神・シャクヤク。
猫型上位精霊・ニャ次郎。
……。
……。
え? シャクヤクそこでいいの? その立場でいいの?
ていいうか――にゃー何でここに居るんだよ!? 使節団と帰ったんじゃないのか!? 何で置いてかれてんだよ!?
道理で最近、馬番からのクレームが多いと思った。屋敷の馬、全部移動しちゃったもんな。
「グレートホースはまだ完熟訓練が要るでしょうね」
意外と馴染んだアマチャが、ニンジンを食べさせている。
羨ましそうに見る他の一頭、一霊、一鬼神。だからお前らそのポジションでいいのか?
「街道に出てみないことにはな。こっちで熟練しとくよ。せっかく来たんだから迎えが来るまでガラ美の方、見てもらえるか?」
「過保護が過ぎるようにも思えますが。羨ましいですね」
「お前らの時は超特急コースだったもんな」
アマチャと別れ、先に本館へ向かったマリーを追う。
別れる時の「じゃあ今夜の仕込みを済ませちゃいますね」が、古びた錆のように俺の心を軋ませた。
「ああ、良いところへ戻られました」
館へ入ると、エントランスでクラン付きの侍女が迎えてくれた。
スズシロさんと言ったか。三十近いはずだが、健康的な肌は若々しく見える。
「ゴギョウさんから?」
「いえ、そちらはつつがなく。今夜の事でお伺いしたいのですが、サツキくん――サツキ様は、清楚なメイドと女豹な娼婦風、お召し上がりになるのならどちらが好みでしたでしょう?」
どういう二択だろ?
まぁ自分が着るならメイド服かな。オダマキで着た事あるし。
「強いて言うなら前者だな」
あくまでもこの二択でならって話だ。ちなみに今は第一学園の女子制服のままだ。
「意外と普通なのですね」
「え!? 普通なの!?」
男の俺がメイド服着るのが?
「館で働く皆さんも着ていますし」
「着てるの!? メイド服を!?」
まさか執事長のお爺ちゃんや庭師のダンディまで? メイド服を?
「? サツキ様のお弟子さんも着用されてますよね?」
「まさか!?」
シチダンカまでメイド服を!? いつの間に男性メイドが広く一般に認知されるようになったんだ!?
いや、国王陛下が上半身裸にマフラーで闊歩したり、王子殿下が昼日中から全身白タイツだったりする国だ。むしろ敷居は低いだろう。メイド服。
「それと、サツキ様が戻られましたら、執務室に案内するようにと。ワイルド様から」
「そっち先に言おう?」
癪だがアイツにも面倒を掛けている。
「案内は不要だから。勝手知ったるだ」
さっきも顔を出したしな。
「いいえ、私が勤めを果たせなくなってしまいます。どうぞこちらへ」
スズシロさんが大きなお尻を揺らしながら先を行く。
凄い揺れるんだなぁ。
ちらりと、熱の篭った視線でこちらを見てきた。
……いかん、ガン見しちゃ失礼だ。
この時、俺は気づいてなかった。
彼女の質問。
「お召しになる」と言ったのでは無かった事に。
執務室に入ると、窓を背にした黒檀のデスクでワイルドが資料に埋もれていた。
長机では、若い執事が二人ほど、分厚い図書ファイルを整理している。
「ありがとうスズシロさん。ここまででいいよ」
「では、また後ほどに」
優雅に礼をし彼女は退室した。やはり大きい。揺れる。チラリとこちらを見てくる。あ、わざとか。
「テメェの契約物をこっちに回すんじゃねぇ!!」
おっと。
いかん、こちらだった。
「仕分けまでしてくれなくても。受け取りだけ頼んだのに」
「重要資料をその辺に放っておけるかよ!!」
ワイルドの怒声に、二人の執事が苦笑いする。
世話焼きなのはクランと一緒だ。
「不動産業でも始める気か?」
「支度金は遠征隊で使い切る予定だよ。どのみち開拓に出て帰ってこない人間が土地転がして儲けようだなんて」
王国から準備金は相当額出てる。加えて報奨金もある。
「どのみち年度が変わって予算組み直される前に収支と実態を一致させなきゃ返納の憂き目にあうし」
「そりゃ、テメェ……その金は国民の希望だ。俺たちはそれで生かされている」
こう言うところは好感が持てる。
貴族に限らず、行政からの支援事業じゃ収支を明らかにせず支援金の給付だけを受け取る外部委託が問題視されていた。
スラム街の人道支援、孤児院、戦死者の遺族。弱ってる人間に擦り寄り食い物にする連中だ。人権という言葉をやたら口にする奴が信用できないのは、どこの国でも一緒だな。
「実際、土地の契約には手を付けちゃいないさ。老朽化が著しい建築物の再生で職人に無理はさせたけど」
それと、このタイミングで外務補佐の抱える物件が流れてきたのは大きい。
「近隣の街や南方の物件まで手を出すのは悪目立ちが過ぎんだよ。母上のブランドで目を付けられてんだ。昨夜の騒動、アレで終わりじゃねぇよ」
「俺を囮に使っておいて?」
「ちっ」
外務補佐卿邸に国王が検察隊を従え突撃する前。ワイルドニキは当の貴族と交渉に当たっていた。
おおかた芋蔓式にする思惑なんだろうけど。
「世話になってるからデコイに使ってくれて構わないけど、お前にとっては予定外の事が起きた。クランが標的にされたと知ったら、昨夜はあの程度で済まなかっただろ」
一通り資料をデスクにまとめた執事達が、慌てて礼をし退室した。
閉じたドアに叩きつけられた殺気を、俺は顔面から受けていた。容赦ないよな。
「わざと巻き込みやがったな」
「館で待っていてくれた方が良かったよ。俺への遺恨ならいいが、あの子はあれで見目美しく映るらしい」
吐き気以外の感情が湧かないから実感が伴わないど、昨日今日で二度も言い寄られてたんだ。辺境伯のネームバリュー以外にも持ってるんだろうな。
「テメェがそれを言うのか?」
静かな。触れたら切れそうな気配だった。
グリーンガーデンを追放された酒場。彼の決断が如何程のものか。
もっとも数日後、その心中をあんな風に知ることになろうとはね。
「さっさとケリを付け無ぇから」
「遠ざけたくせに良く言う」
「――人払いはしておく」
肩を竦める俺に、目線も合わせずぶっきらぼうに言ってくる。
俺は、少しだけ考え、
「どこまで?」
「俺に叶う範囲だ」
なるほど。差してアテにはできないか。




