195話 天に向かって
どういう訳か、なろうの広告に女性向けブーツやソックスがやたら出て来て困惑しています。
「逆らう気か、貴様ぁ!!」
隊長の声に、遠巻きに見守るギャラリーから悲鳴が上がった。
衛兵が一斉に剣を抜いたのだ。
嫌な目の色だ。
精神や意識の価値を、物を通した価値でしか測れない。肝心の所へ還元できない人達だ。
「抜剣したな? ここから先はお前たちの責任だ」
アマチャの口調が冒険者時代のそれだ。
カサブランカの時はセリフだけなら誰が誰だか分からなかったもんな。
「大人しく従うなら、怪我をしなくても済むんだぞ!! 分かってるのかぁ!!」
「サツキの姉さ兄様の所有物を強奪する輩に、そう従う義理など無い。奸佞に甘んじる無象を罰するは天地開闢より執り行われし計らいと知れ!!」
豪儀だなおい。
「子供の分際でぇぇ!! 生意気を言ってんじゃ無いぞ!!」
生意気というか、俺にはコイツの言ってる事が分からなかった。
でもさ、剣で威圧すりゃ恫喝できるって思い上がりは大愚じゃん。
残念。そいつは貴族にしてSランク相当の冒険者だよ。
「この程度の人数、どうとでもなる。試してみるか、民から暴利を貪る役人どもよ」
物腰の柔らかな若者のセリフに、観衆の中から「あぁ」とため息に似た声が波打った。
剣を見せ無理を吹きかける衛兵に、毅然と立ち向かう貴公子だ。吟遊詩人が見れば高々と歌うだろう。賞賛の詩だ。
「ガキが舐め腐りおって!! 少し痛い目を見せてやれ!!」
おいおい、いいのか? 貴族の子息を相手に斬りかかって。せめて素性くらい確認しろ。
「そもそも何で魔物なんだよ!! 魔物を公道で走らせるバカが何処にいる!!」
「あ」
と誰かの間抜けな声が、静寂へのトリガーとなった。
俺も口を開けて困惑した。
唐突に起きた光景が、余りにも予測の外だったもんだから。
抜剣し迫ろうとした衛兵の一人が、目の前でプランプランって揺れていた。
首から上は見えなかった。焦茶のモフモフの中に消えていたから。
「あれ? サツキさんどうしたんですか。もう追いついちゃいましたよ?」
騎乗訓練も兼ねて後からスタートしたマリーが追いついた。幻獣・鵺に跨って。
「ちょ、マリー、前!! 前ぇ!! 咥えてる!! 頭、咥えてる!!」
「失礼ですね!! いくら私でも昼間の往来で下の口でアレの頭咥えちゃうほど変態が過ぎてませんよ!! セクハラですか? またセクハラですか!?」
「おのれにだけは言われとうないわ!!」
マリーの言葉に周囲が騒つく。いかん、俺が年端も行かぬ娘に淫らな行為を強要してるみたいになってる。
「あの!!」
観衆の中から町娘が一歩出た。服装から近隣の宿屋の従業員か。
「し、失礼ですですが、女の子同士で、その咥え合うとは……一体何がどうなってるのでしょうか……?」
こっちが聞きたい。いや聞きたくない。
「知りたいのであれば教えて差し上げましょう!!」
マリー、いいから衛兵の人を離してあげよ? さっきまでジタバタしてたのが大人しくなったぞ。ユリの口腔って呼吸できるのか?
「サツキお姉様の淫美に歪曲したロングホーンをですね、こう、こう!!」
「淫美に!? 歪曲!?」
町娘が真っ赤になり口元を押さえた。
あと、気のせいか観衆の視線が俺の股間に集中した。
「そんな、こんな素敵なお姉様の……く、咥えるだなんて……。」
他の町娘達も動揺を禁じ得ないようだ。
マリーがどんどん酷くなっていく。こいつはダメだ。
「ユリ? ぺってしなさい?」
直接交渉した。
衛兵の頭を咥えたまま小首を傾げる。プランプランと胴体が揺れる。
「ぺって、ぺってしよ? ね?」
根気よく接すると、衛兵を吐き出した。
急いで路面でぐったりする彼に駆け寄る。
「よし、息がある!! そこの君、衛生隊に回収要請だ!!」
手近に居る衛兵に指示を出す。
呆然と見守っていたが、咄嗟に駆け出そうとして隊長を振り向く。
「あの……?」
「えぇい!! 勝手な事ばかりしおって!! 総員、こやつを拘束しろ!! 俺が直々に取り調べてやる!!」
「「「きゃーっ。お姉様逃げてー!!」」」
黄色い声援が飛ぶ。
どうしろと?
「そういえば、この人たちってなんなんでしょう?」
マリー。今頃か。
「この無礼者どもがサツキの姉さ兄様の馬車と馬を収奪せんと迫ってきたのです」
アマチャも端折り過ぎだ。
「じゃあ悪い人たちですね!!」
大雑把な。
「だってそうじゃ無いですか。お姉様の大切な持ち物を奪おうだなんて、許される訳ないじゃないですか」
「「「そうよそうよ!!」」」
いちいちギャラリーを扇動するな。
「貴様らっ!! 我々の邪魔をするのか!! 共謀の疑いで全員拘束してもいいんだぞ!!」
やばい、一般人にとばっちりが向いた。
「待って、分かったから!! 大人しく指示に従うから、それより早くこの人の治療を!!」
「う、うぅぅ……。」
ユリから吐き出された衛兵が意識を取り戻した。
「おい、しっかりしろ!! 名前は言えるか?」
「ぬ……。」
「ヌ?」
「ぬ……ぬめぬめして、気持ち悪い」
「よし、大事無いな!!」
ひとまず峠は越えたようだ。
「騒がせおって。コイツらを拘束しろ!! 約束通り、お前は俺が入念に取り調べてやる」
ニヤリと隊長が口元を歪める。
「そんな!! サツキお姉様の天に向かって歪曲したロングホーンをどうする気ですか!! どうする気なんですか!!」
マリー、うるさい。
「お、お姉様の……天に向かって……。」(ごくり)
「お姉様……私にも、素敵なロングホーンを」(ごくり)
「こんな婉然としたお方に……お腹の中をハリケーンでミキサーなんてされたら、あたし……!!」
観衆の女性陣がモジモジし出した。
俺、何期待されてんの?
「そう!! 私のお姉様は凄いんです!! 一度に三人四人は当たり前!!」
人間じゃねーだろそれ。三割四割当たり前みたいに言ってんなよ。
「そんなお姉様を、貴方がたは独り占めしようっていうんですか!!」
「「「横暴だわ!!」」」
だから群衆を扇動するなよ。
「言わせておけば!! 構わん!! コイツらも逮捕しろ!!」




