190話 子供の頃のように
次回は水曜日頃更新できれば。
「約束があるので……困ります」
及び腰だ。そんなチャラ男、股間に一発入れてやりゃいいのに。ねーちゃんキックだ。
「なら、そうだ!! そのお相手には都合が悪くなったと書簡を出すといい。それがいい!!」
名案とばかりにはしゃぐ。
駄目だコイツ。遠回しに避けられてるって気づいちゃいねぇ。
「そんな勝手な事を……。」
お前も言い淀んでじゃねぇよ。
キッパリと拒絶を示さないクランに苛立ちを覚えた。馴れ馴れしくするのを許すのか?
「副騎士団長第八補佐卿のご子息ですね。確か次男だったかと」
ゴギョウさんが俺の後ろに着く。
えぇと、副騎士団長の8番目の補佐の次男坊ってこと? また微妙なのが来たな。
「内務補佐の叔父が居ます。ベリー辺境伯に取り入ろうと動いていると耳にしました――行かれますか?」
「いや、辺境伯代行の立場を危うくするのは迂闊だ」
「賢明な判断かと」
昨日もそれで面倒が起きた。彼女だって分かってる筈だ。
だったら尚のこと。クランがいいようにされるのに胡乱な点があった。
気を呑まれてる? まさかこの女が?
怪訝に見ていると、
「ご機嫌様。クラン様」
三人のドレス姿が回廊の真ん中に居た。
澄んだ声は煌びやかでいるのに凛とした意志を感じた。彼女にしては語気が荒い。
「ヴァイオレット公爵家の御令嬢です」
ゴギョウさんの潜めた言葉にも、興奮の声音が伺えた。
公爵家が王城に居るのは自然な筈だ。なのにこんな場所で出くわすはずがない。根拠の乏しい先入観は、彼女が放つ高貴さ故か。
一同が息を呑んで見た。
やべ、後ろのアザミさん達と目が合った。
慌ててゴギョウさんを押しながら石柱の影に隠れる。
「これはこれは、スミレ嬢。思いがけずにもお会いできて光栄です」
次男坊が軽薄そうな笑みを浮かべる。
対してクランは、バツが悪そうに視線を逸らした。
それで何かを察した風もなく、スミレさんは二人に前に立ちはだかった。何でこの人、いつもラスボスみたいな貫禄なんだろ?
「姉様の様に接してくださるクラン様は特別ですの」
と、脈絡の無い事を言い出すから、俺も次男坊もキョトンとした。
「格上に礼もできぬ不作法者が、ワタクシの姉にも等しいクラン様の足を止めさせるなど、覚悟はおありなのかと言ってるのですわ」
回廊に通る声だった。
誰もが侯爵令嬢の苛立ちを感じた。その原因ともなれば途端に蒼白にもなっただろう。
「い、いや、いえ……たまたま、たまたまお会いしたので、ご挨拶を申し上げていただけで、決してその様な……。」
「ならば行かれるが良い」
「は、はひぃっ、ごごごごきげんようっ」
有無を言わさない厳しい口調に、次男坊は転がる様に去った。あ、転がってる。
これで下がる溜飲なら単純な物だ。
「公爵令嬢の威厳ですわね」
ゴギョウさんも息を飲む。一回り下の娘が歩みの差を見せつけた。胸に居来したのが感嘆か嫉妬か。人の価値はここで決まる。
公爵令嬢が、改めてスカートを摘み膝を折る。同じタイミングでアサガオさんとアザミさんも続くのは凄いよな。
「差し出がましい事をしてしまいました」
深く礼をするスミレさんの表情は伺えない。
「……助かりました、スミレ様。お手を……煩わせてしまいましたね」
顔を上げると、スミレさんは何かを思案するよう視線を漂わせた。
すぐに諦めたのか、
「いいえ、その事ではなく」
とクランの背後へ目を向ける。
今は石柱しか見えない筈だ。
「本来なら別の方が止めに入った事でしょうが」
うん。スミレさんにもバレてるね。
クランは含みのある言葉をどう受け取ったのだろう。華奢な背が、折られる寸前の山百合の様に儚く見えた。
「クランお姉様にもお考えがあっての事とは存じます。ですが納得はいきません」
拗ねた様に唇を尖らすスミレさんに、穏やかな笑いが掛かった。クランの笑い声。なんだか久しぶりに聴いたな。
代行職に就いた理由はアイツから聞いている。だからさっきの若造にも苛立ちを覚えた。今、王城に居る相手を理解しちゃいない。
それは俺にも言えた。
「ありがとう、スミレさん。声をかけてくれたのが貴女で良かった」
呼び方が砕けた。親しい仲だったんだ。
「またゆっくりと語らいたいのですが」
「足を止めさせてしまったわね」
「いいえ、クランお姉様のためでしたら――それでは、ご機嫌様」
スミレさんとお付きの二人が礼をし、その場から去る。
クラン。どう声を掛けようか。
三人の令嬢が、ある柱の横で歩みを止めた。
嫌な位置だ。
「……王宮は万魔殿とは申しますが、最後に頼りになるのは自分ですわ。しっかりなさって下さいましね、ワタクシ達の王子様」
独り言の様に言うと、今度こそ彼女達は立ち去った。
そっか。
そりゃ軽蔑されても仕方ない。
「如何されましたか?」
「同年代の女性に腹を立てられるのは気分が悪いなって」
「では、如何なさいますか?」
「それは……付き添いはここまででいいよ」
石柱の影から出る。
「それでこそです。サツキくんは元気な姿が一番似合ってます」
はっとしてゴギョウさんを見る。
この人も、人が悪いな。
「ありがとう、お姉さん」
彼女の反応を待たず、セピア色の風景を背に置き去りにした。足早にクランへ駆け寄る。
あの頃の子供のままじゃいられないって分かるから。
幼少の折に仲の良かったお姉ちゃんに見守られながら。
一つのケジメを付けに踏み出した。
「クラン」
彼女が振り向く。
表情に、頬に、ほのかな薔薇の色が差す。
「昨夜は一人にしてしまい済まなかった。次こそは――。」
「次こそは……?」
不安と期待に満ちた瞳が、水面のように俺の輪郭を溶かす。
「必ずやお前のパンツを嗅いでやろう!!」
「嬉しい!! 今すぐ嗅いで!!」
「どう言う事ですの!?」
石柱の影から派手な音と共にゴギョウさんがズッコケた。
構わず見つめ合う。
「子供の頃のように!!」
「えぇ、あの頃のように……!!」
「(子供の頃……あれ? 言われてみれば私も嗅がれていたような……あれ?)」




