表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

190/391

190話 子供の頃のように

次回は水曜日頃更新できれば。

「約束があるので……困ります」


 及び腰だ。そんなチャラ男、股間に一発入れてやりゃいいのに。ねーちゃんキックだ。


「なら、そうだ!! そのお相手には都合が悪くなったと書簡を出すといい。それがいい!!」


 名案とばかりにはしゃぐ。

 駄目だコイツ。遠回しに避けられてるって気づいちゃいねぇ。


「そんな勝手な事を……。」


 お前も言い淀んでじゃねぇよ。

 キッパリと拒絶を示さないクランに苛立ちを覚えた。馴れ馴れしくするのを許すのか?


「副騎士団長第八補佐卿のご子息ですね。確か次男だったかと」


 ゴギョウさんが俺の後ろに着く。

 えぇと、副騎士団長の8番目の補佐の次男坊ってこと? また微妙なのが来たな。


「内務補佐の叔父が居ます。ベリー辺境伯に取り入ろうと動いていると耳にしました――行かれますか?」

「いや、辺境伯代行の立場を危うくするのは迂闊だ」

「賢明な判断かと」


 昨日もそれで面倒が起きた。彼女だって分かってる筈だ。

 だったら尚のこと。クランがいいようにされるのに胡乱な点があった。

 気を呑まれてる? まさかこの女が?

 怪訝に見ていると、


「ご機嫌様。クラン様」


 三人のドレス姿が回廊の真ん中に居た。

 澄んだ声は煌びやかでいるのに凛とした意志を感じた。彼女にしては語気が荒い。


「ヴァイオレット公爵家の御令嬢です」


 ゴギョウさんの潜めた言葉にも、興奮の声音が伺えた。

 公爵家が王城に居るのは自然な筈だ。なのにこんな場所で出くわすはずがない。根拠の乏しい先入観は、彼女が放つ高貴さ故か。


 一同が息を呑んで見た。

 やべ、後ろのアザミさん達と目が合った。

 慌ててゴギョウさんを押しながら石柱の影に隠れる。


「これはこれは、スミレ嬢。思いがけずにもお会いできて光栄です」


 次男坊が軽薄そうな笑みを浮かべる。

 対してクランは、バツが悪そうに視線を逸らした。

 それで何かを察した風もなく、スミレさんは二人に前に立ちはだかった。何でこの人、いつもラスボスみたいな貫禄なんだろ?


「姉様の様に接してくださるクラン様は特別ですの」


 と、脈絡の無い事を言い出すから、俺も次男坊もキョトンとした。


「格上に礼もできぬ不作法者が、ワタクシの姉にも等しいクラン様の足を止めさせるなど、覚悟はおありなのかと言ってるのですわ」


 回廊に通る声だった。

 誰もが侯爵令嬢の苛立ちを感じた。その原因ともなれば途端に蒼白にもなっただろう。


「い、いや、いえ……たまたま、たまたまお会いしたので、ご挨拶を申し上げていただけで、決してその様な……。」

「ならば行かれるが良い」

「は、はひぃっ、ごごごごきげんようっ」


 有無を言わさない厳しい口調に、次男坊は転がる様に去った。あ、転がってる。

 これで下がる溜飲なら単純な物だ。


「公爵令嬢の威厳ですわね」


 ゴギョウさんも息を飲む。一回り下の娘が歩みの差を見せつけた。胸に居来したのが感嘆か嫉妬か。人の価値はここで決まる。

 公爵令嬢が、改めてスカートを摘み膝を折る。同じタイミングでアサガオさんとアザミさんも続くのは凄いよな。


「差し出がましい事をしてしまいました」


 深く礼をするスミレさんの表情は伺えない。


「……助かりました、スミレ様。お手を……煩わせてしまいましたね」


 顔を上げると、スミレさんは何かを思案するよう視線を漂わせた。

 すぐに諦めたのか、


「いいえ、その事ではなく」


 とクランの背後へ目を向ける。

 今は石柱しか見えない筈だ。


「本来なら別の方が止めに入った事でしょうが」


 うん。スミレさんにもバレてるね。

 クランは含みのある言葉をどう受け取ったのだろう。華奢な背が、折られる寸前の山百合の様に儚く見えた。


「クランお姉様にもお考えがあっての事とは存じます。ですが納得はいきません」


 拗ねた様に唇を尖らすスミレさんに、穏やかな笑いが掛かった。クランの笑い声。なんだか久しぶりに聴いたな。

 代行職に就いた理由はアイツから聞いている。だからさっきの若造にも苛立ちを覚えた。今、王城に居る相手を理解しちゃいない。

 それは俺にも言えた。


「ありがとう、スミレさん。声をかけてくれたのが貴女で良かった」


 呼び方が砕けた。親しい仲だったんだ。


「またゆっくりと語らいたいのですが」

「足を止めさせてしまったわね」

「いいえ、クランお姉様のためでしたら――それでは、ご機嫌様」


 スミレさんとお付きの二人が礼をし、その場から去る。

 クラン。どう声を掛けようか。

 三人の令嬢が、ある柱の横で歩みを止めた。

 嫌な位置だ。


「……王宮は万魔殿とは申しますが、最後に頼りになるのは自分ですわ。しっかりなさって下さいましね、ワタクシ達の王子様」


 独り言の様に言うと、今度こそ彼女達は立ち去った。

 そっか。

 そりゃ軽蔑されても仕方ない。


「如何されましたか?」

「同年代の女性に腹を立てられるのは気分が悪いなって」

「では、如何なさいますか?」

「それは……付き添いはここまででいいよ」


 石柱の影から出る。


「それでこそです。サツキくんは元気な姿が一番似合ってます」


 はっとしてゴギョウさんを見る。

 この人も、人が悪いな。


「ありがとう、お姉さん」


 彼女の反応を待たず、セピア色の風景を背に置き去りにした。足早にクランへ駆け寄る。

 あの頃の子供のままじゃいられないって分かるから。


 幼少の折に仲の良かったお姉ちゃんに見守られながら。

 一つのケジメを付けに踏み出した。


「クラン」


 彼女が振り向く。

 表情に、頬に、ほのかな薔薇の色が差す。


「昨夜は一人にしてしまい済まなかった。次こそは――。」

「次こそは……?」


 不安と期待に満ちた瞳が、水面のように俺の輪郭を溶かす。


「必ずやお前のパンツを嗅いでやろう!!」

「嬉しい!! 今すぐ嗅いで!!」

「どう言う事ですの!?」


 石柱の影から派手な音と共にゴギョウさんがズッコケた。

 構わず見つめ合う。


「子供の頃のように!!」

「えぇ、あの頃のように……!!」

「(子供の頃……あれ? 言われてみれば私も嗅がれていたような……あれ?)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ