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19話 想いと代償

 翌日。

 出発まで特にすることもなく、アセビの所でお手伝いをした。

 別に遊びに来たわけではない。

 グレートホースの世話にテキパキと働くコデマリくんを、少し、いやとても見直した。

 見た目はか弱い女の子だけど、こういう所は男の子だなぁ。アセビも凄く懐いてる。

 ……よし。誰がご主人様か一度分らせてやろう。


「マリーさま!! やめてください、この子が怯えます!!」


 怒られた。

 私の邪念を感じ取るとは、アセビも大した奴だ。

 遠くから私たちを見ていた衛兵が、


「すげー……一睨みでグレートホースが恐れをなすとは」

「とんでもないお嬢さんだぜ……。」


 勤労に勤しむはずが、私のマイナスイメージだけが広がった。



 さらに翌日。

 事件が起きた。現場で起きた。

 出発時、4パーティしか揃わないのだ。

 私が最後に所属したオカメインコ倶楽部が居ない。

 逃げたな。

 そもそも、流れ者のパーティだ。街の為に命を掛ける義理も無いのだろう。他国まで逃げてしまえば、依頼拒否のペナルティも長消しにできる。

 冒険者ギルドは武力を有する性質上、国家間の連携が無いからだ。

 そりゃ、どこの国だって他国のスパイは嫌う。存在を決して許さない。当然だ。


「仕方がありません。オカメインコ倶楽部の面々の首には生死問わずの賞金を掛けました。今回の討伐は現チームのみで臨みます」


 アカシアさんの宣言に、参加者の反応は、割りと画一性が無かった。

 分け前が増えてよっしゃと拳を握る者。落胆する者。オカメインコ倶楽部を罵る輩。めっちゃ激昂する人。逃げときゃ良かったと後悔する者。

 ……もとから四分五裂だったもんな。

 大規模討伐は、往々にして参加者の減少が生存率に比例するから。

 ちなみに拳を握ったのは私だけだ。参加パーティが減った方が得分が増えるから嬉しい。

 いいぞ、やる気出てきた。

 ギルド長が激励のセレモニーを始めたが、皆の顔色は暗かった。

 私だけがテカテカしてた。

 それより、気になることが一つ……。


「アカシアさん、何ですかその恰好?」


 ギルドの制服ではなく、あずき色の冒険者の衣装を着ていた。

 私の為に、コスプレモノか?

 ピッチりしたパンツルック、すげー体のライン出てるんだけど、私の為なのか? ん?


「マリーさんのチームに参加するわ」


 そうか、混ざるのか。

 って、何!?


「これでも冒険者生活が長いのよ?」


 あの身のこなしから只者じゃ無いって思いましたけど。

 私の思う彼女なら、そりゃドラゴン程度造作もないだろう。


「おのれ!! よもやこんな所に最大のライバルが!!」

「ライバル……。」

「ドラゴンの首は渡しませんよ!!」

「あぁ。早い者勝ちってやつね。ふふ、大丈夫、邪魔はしないから。一等席でマリーさんの活躍を見せてもらうわ」

「面白味も色気もないもの、わざわざ足を運ばなくたって」

「むしろ一番の見ものじゃなくて? 帝国の機密ともいえる秘術、見極めさせてもらうわよ」


 あー、そっちか。


「いえ、別に隠してるわけじゃないからいいんですけど……。」


 私の方こそ、アカシアさんがどう動くか興味があるし。むしろ、先陣を斬らせてお手並みを拝見するのも有りかも。

 いや駄目だ。それでサクっとドラゴンにトドメ刺されたら意味が無いし、多分刺す。

 さすが美人。油断できねぇな……。


「? どうしたの?」


 ジト目で睨んでたら、冒険者風のお姉さんスタイルが小首を傾げる。

 よし!! いっちょ牽制しとこう!!


「旅の間、ずっとアカシアさんの匂い嗅いでられますね」


 ふはははっ、どうだ気持ち悪いだろう!!


「代官のテラスでの仕返しかしら? いいわ、返り討ちにしてあげる」


 ぬかったわ!!

 足掻きが取れないのは私の方か。ずっと嗅いでいたいとか言われたしな。

 しかし、何だ。私が言うと気色悪いのに、この差は一体……?


「ほ、ほどほどでお願いします、師匠も見てますから……。」

「少しくらいなら外に出ててもいいにゃ」


 ……どうして物分かりがいいのだろう?


「あの、あの……ボクはずっと御者に居ますから、お気になさらず……。」


 君も変な気をお遣いじゃないよ。



 そして出発。

 他の3チームを後方に、私たちが先行する陣形だ。

 いや陣形も何も、一緒に居ると他の馬がアセビに怯えるからね。

 街の外縁まで中央通りを抜けるんだけど。うちの馬車を先頭に、冒険者の幌車が護衛のように従う様に皆んなが振り返るの。何かの罰ゲームでしょうか?

 あ、門番の衛兵さんにどん引きされた。



 街の外は街道が続いてる。

 一般に認知された街道は、大規模な街や都市を繋ぐ幹線道路だ。国や領主が整備しており、これと国境を基準に地図が描かれる。定期的な警邏など治安も安定しているから当然トレーダーも選好した。定番ルートにもなれば人の目が増え、さらに一般の乗合馬車や、旅人にも利用され、流通や資金が巡るのだ。

 天気は上々。遠くで野鳥の囀り。お弁当も万全。みんなピクニック気分ですね。

 しばらく南下して主道から外れると周囲が森林になる。

 道は街道と比べ悪路だけど、揺れは感じない。流石は貴族向けの車両だ。振動の吸収性がいい。

 ただし、目立つ。

 後方に、距離を保ったまま他のパーティの馬車が着く。この配置、何かいい囮になってない?


「コデマリにゃ。視界が悪くなるにゃ」


 窓から顔半分を出して師匠が耳をピクピクする。


「しばらく続くわよ。カンはにゃぁの方がいいからお願いね」

「にゃ」

「了解しました。目はいい方です。死角のフォローをお願いします」

「距離にもよるけど遠方なら式を出します。シャクヤク?」

「屋根に居るぞあるじよ。長距離程度なら毛ほどにもならぬから安心召されよ」


 ……なんだかな。

 ちょっと視界が悪くなるだけで、全員が襲撃を受ける体で構えてた。どんだけ後ろめたいんだ、私ら。


「居たにゃ。扇に展開」

「なるほど、12時に150の距離といった所かの。このまま会敵するか、あるじよ?」

「コデマリさんは一旦中へ入られては?」

「魔法や弓程度なら受けても平気です。足、上げて行きますか?」

「速度このままで。シャクヤク、先手は駄目よ? 相手にこちらが気づいていないって思わせるの」

「包囲する陣形で近づいてくるにゃ」

「わわ、森の中、一人こちらの後方に先行しましたよ!」

「安心せい小僧。我が居る限り、何も当たらんと知るがよい」


 ていうか、コデマリくんは攻撃受けても平気なの?

 しかし、どいつもこいつも感がいいな。警戒して即襲撃か。

 間もなくして、正面に人影が現れた。

 こんな陣形で迫る連中が好意的なわけがない。

 むむ。サクラサク国の王様が言ってた、らいとのべるって呼ばれる文学作品のタイトルみたいになったな。


「囲んでいるのに奇襲には来ないんですね」

「どうするにゃ? この程度、にゃーなら造作も無いにゃ」

「師匠が出たら全滅しちゃいます。わざわざ来てくれたんです。対話が可能って言ってるのでしょう。シャクヤクもアカシアさんも様子見でお願いしますね」


 速度をそのままで、ドアを開け御者台に飛び移る。

 確かに、森には気配がある。なのに、張り詰めた空気……殺気が無い。

 ライトブレストメイルを着た男が三人、道を塞いでいた。左右の茂みに四人と三人。後方に一人回り込んだな。

 何者だろ? 展開が速い。


「コデマリくん」


 私の合図で馬車が停止する。

 アセビ、御者の言う事ちゃんと聞いてくれてる。いい子ね。


「止まれい!! 街道外れに貴族の馬車とは何か目的があっての事かと思うが!! 命が惜しくば大人しく武器を置いて立ち去るがいい!!」


 先頭の男性だ。リーダーなのだろう。整った顔立ちなのに、精悍な声と表情だった。なかなかの美丈夫。


「マリーさん、変よ?」


 窓からアカシアさんが顔を出す。

 男たちが、「ほぉ」と漏らした。おのれ。


「え? 私? そんなに惚れっぽく見えますか!?」

「? 何に動揺したかはわからないけど、彼ら、妙だわ」

「にゃ。攻撃の意思が無いにゃ」

「あ」


 金目の物でもなく、食料でもなく、ましてやコデマリくんや私の体でも無い。武器を欲しがるあたりがね。


「見たところ貴族では無いようだが、娘らだけで旅とは不用心が過ぎるぞ!! この道を引き返し北上するれば街があるはずだ!! そちらへ向かわれよ!!」


 すっごい心配された。

 その街から来たんだけど……なんか、すまんのう。

 後方を見ると、他の馬車が距離を置いて停車していた。日和やがったか。まぁいい。下手に関わってこられるとややこしくなる。


「壇上から失礼します。ご忠告、ありがとう御座います。失礼ですがそちらは?」


 辺りの気配を探る。11名。武装はしてるけど魔力は感じない。


「我らに礼は不要だ。見ての通り、物盗りの野盗ゆえ」

「野盗は忠告なんてしません。ましてや小娘の身を案じるなど。周りにお仲間を散らせてるのは――まさか護衛をして下さってるの!?」


 違和感に気付いて思わず声を上げちゃった。

 考えても見なかった。物盗りの相手に危険が及ばぬよう配慮する野盗。

 新しいな。

 リーダーが少しだけ顔を赤くしていた。


「女子供に手は出さん――まさか、本当に女だけで旅をしてるのか?」

「あの……。」


 コデマリくんが申し訳なさそうに手を上げる。


「ボク……男の子」


 男たちが「あー」て顔になった。


「それは失礼した。汗顔の至りだ。だが少年よ、首を垂れることなかれ。苦闘の人生であろうとも、己が成しえた努力は必ずや結実される」

「そう……かな?」

「あぁ、日進月歩だとも!! 君が培った研鑽は決して君を裏切らない!!」

「でも、それでも変わらなかったら……?」

「その時はその時で道はある!!」


 何言ってんだ、この人?


「そっかぁ、そっちの道かぁ」

「ちょ、うちの子におかしな事を吹き込むの、やめてもらえませんか!?」

「多難の生涯だとしても、花実が咲くのがそれほどおかしな事かね?」

「方向性の問題だって言ってるんです!!」


 何を咲かせようとしてんだ?

 ちらりとコデマリくんを見た。

 ……すまん、少女にしか見えません。

 いや、これはこれで、アリ寄りのアリなのか?


「ねぇ、マリーさん? 本題に入った方がいいのではなくて?」


 ドアを開けアカシアさんが降りてきた。

 ブロンドの美しい冒険者姿に、男たちが「おおっ!」と声を上げる。

 パンツルックだと足の長さが際立つな。

 あ、なんかモデル立ちしてる……。


「企てのある面構えでもあるまい。のう、あるじよ。早々に対話に入った方が得策と進言するがな」


 余計なこと言って馬車の屋根の上に姿を現したのは、着物姿の少女だった。大胆にも胡座をかいてるから、白い生足が露わになった。何でだよ。

 男たちが「ヒュー、ヒュー!」と歓声を上げた。何でだよ。

 一早く気づき制したのはリーダーの男だ。


「待てお前たち!! あそこに御座(おわ)すは鬼神様にあらせられないか!?」

「おお!! まさしく!!」

「グレートホースの馬車に只者ではないと思ったが、まさか神がおられるとは!!」


 ナンマンダブ、ナンマンダブと拝み出した。

 ぞろぞろと茂みから他の男たちも現れ、儀式に加わる。

 ナンマンダブ、ナンマンダブと。うちの馬車を囲んで跪く。迷惑な。


「我の偉大さにひれ伏すとは、当世(とうせい)にしては殊勝な心掛けじゃのう。あるじよ? これが元来の在り方というものよ。よう見ておれ」


 うちの自動防衛戦闘システムが調子に乗っていた。


「にゃ? もう終わったかにゃ?」

「あ、師匠。やはり師匠のお手を煩わせるまでもありませんでした」

「なんと!?」


 リーダーがガバって顔を上げる。あー、パターン入っちゃったか。


「上級精霊様も御座しになられたか!!」

「スゲー!! 俺、初めて見ちゃったよ!!」


 レア度なら師匠はシャクヤクよりも上だ。目撃例や召喚での顕現が確認されている鬼神と違い、その実態が未だ不明慮でありながら、存在だけは何故か感じ取れるのが上級精霊だ。

 皆知ってる。でも初めての接触だ。ゆらゆらして概念だけは理解できる感じ。


「とんでもないパーティに声掛けちまったな……。」

「まぁ私は普通の女の子なんですけどね」


 リーダーが、とんでもない、と首を振った。


「お嬢さんがこのパーティの中核とお見受けするが? さぞ、高名な魔法使いであらせられるのだろうな」

「役立たずの使えない火炎魔法使いですよ」


 パーティのマスターは師匠にお願いしていた。いや、師匠のご主人代理がアカシアさんだからアカシアさんが代表か?


「ふふ、ちゃんと分かってるじゃない」

「美しい人よ、誰を中心とした集まりかなど一目瞭然ですよ」


 あれ? なんかアカシアさんだけ扱い違わない?

 気のせい?


「あの、それで皆さんは、どうして野盗を名乗っておられるのですか? 真逆の人種に見えるのですが。ていうか正直、向いてませんよ?」

「聞いてくれるか、お嬢様」


 お嬢さんから一気に昇格していた。

 悪くないな。


「俺たちは山を越えた平原で――ほら、あそこ、あの向こう側。そこに里を築いた騎馬民族だったんだ」


 過去形か。


「此の頃、山脈側にドラゴンなんてもんが生息してな。馬は食われ、作物も荒らされ、甚大な被害を受けてんだ。近隣の村だって荒らされてる。奴のせいで都市間馬車の聯絡(れんらく)も途絶え、行商人すら近寄りやしねぇ始末だ」

「はぁ、騎馬の民が馬を失うのは大変ですね」

「アイデンティの崩壊だよな!! 馬、無いもんな!!」


 リーダー、テンションおかしくなってない?


「だからって、安心安全な野盗を目指すのは如何なものかと。行為が目立ったら、貴方がたが討伐対象になるのに論を俟たないでしょう」


 ていうか、ここにギルドの関係者が居るし。


(しか)あれど、野盗で生計を立てるつもりは無い。俺たちが欲しいのは武器だ」


 あ、嫌な予感がする。


「あのドラゴン(くそったれ)に全ての借りを返し、後悔のどん底に叩き落してやるためにな!!」


 めっちゃ復讐に燃えてたよ!!


「おうよ!! やられた分、きっちりやり返してやるぜ!!」

「あのでけぇ図体だ!! 狩り甲斐があるぜこんちきしょう!!」

「肉だ!! 鱗だ!! 祭りだ!!」


 わー、わー、と剣を持つ手を振り上げていた。

 やっぱりか。

 そうだよな。ドラゴンだもんな。そんなの近くに居たら、狩りたくなっちゃうの当然だよね。


「それで武器集めですか」

「馬を奪うわけにはいかんからな」

「そこは遠慮するんですね」

「当然だ。無事に街や集落に返さなきゃならない。言うに及ばず我らの目的は非道に在らずだ」

「あの……例えば、街の鍛冶に発注するなんていうのは、如何でしょう?」

「ドラゴンのせいで資金繰りが厳しくてな」


 世知辛いな。

 あ、そんな余裕があったら馬買うか馬。騎馬民族だもんな。


「よし。じゃぁ、次行くぞ次」


 後ろのパーティの馬車へ向かおうとする。

 こらこら。


「一応、あれもギルドから派遣されたドラゴン討伐部隊なんですが」

「それは失礼した。貴女の仲間か。しかし、何故距離をとって行動しているのだ?」

「この子に怯えるから」


 アセビの艶やかな毛並みを撫でてやる。


「……そんな部隊で、大丈夫なのか?」

「さぁ、どうでしょ? 私なんかよりは、あちらの方が大分マシだと思いますよ。私、役立たずですから」

「どういった風潮か理解に及ばないが、それならば討伐の件だが我らと共闘するというのはどうだろう? 里では男衆が不在の隙を突かれたが、こちらから攻めるのに遅れをとることは無い」


 何故そうなる?

 私の取り分を奪う気?


「ちょっと待って、根城周辺の地理に関してはどうかしら?」


 と、アカシアさんが横から出て来た。

 来たな、仕事のできる美人。


「もとより、ヤツが来る以前は我らの狩場だ。ガイドもできれば戦闘に適した場所や罠の配置も熟知している」

「討伐対象が被る以上、ブッキングした方が有利ってことね。どうかしら、マリーさん?」

「お断りします。こちらにメリットがありません」

「いや、メリットいっぱいあるわよ? 頼めば斥候だってやってくれるかも」


 む。それは面白くないな。

 主にアカシアさんが頼むって辺りが。


「先行偵察なら任せて欲しい。馬を失ったとはいえ先陣を斬ることも厭わぬ。貴女さえよろしければ、貴女がたの討伐の旅の末席を汚すことを許して欲しい」

「嫌です」


 きっぱり拒否する。

 そういう言い方、卑怯過ぎません?

 十年一日の如し。男の人はいつでも勝手を通そうとする。

 アカシアさんが、何故か不機嫌そうに、


「どうしてそんな頑ななの? 一瞥したところ彼らは熟練の戦士よ? 後ろで休んでる連中に比べるまでもなく相当な戦力になるわ」


 そういう問題じゃないんだけどな。

 私が欲しいのは、戦力なんかじゃない。


「私にメリットがありません。今の話に、私が出てきませんよね? 可否だけ求められたら、それはノー以外の答えは無いと思います」

「なら、道中に検討するっていうのはどうかしら? えぇと、地図、見てちょうだい。これ。私たちはこのルートを経て、この地点で野営するから。そこで落ち合いましょう?」


 違うんですアカシアさん。そうじゃない。

 私は――。


「いいだろう。我らは先行してその近辺を片付けておこう。倒した素材はそちらで回収してくれて構わない」

「こう見えてギルドの職員なのよ。略式の手続きだけど貴方たちの取り分にできるわ。集落の復興には入用でしょ?」

「……かたじけない」

「なら、夕刻頃にね」


 ――それで4回も要らない子にされたんだ。


「承知した。色よい返事を期待しているぞ」


 勝手に期待しないで。


 私の声は聞こえていないのだろう。

 男たちは一斉に茂みに潜った。

 ……え? まさか直進で野営地点に向かったの?



 その後、馬車は出発したけど、特に何も話さなかった。

 無言で窓の外を眺める。

 アカシアさんはただ目を伏せていた。何も言わない。

 何だろう。

 ここから逃げ出したくなった。よし、逃げよう。オカメインコ倶楽部なんてパーティ毎逃げたんだ。私一人姿を消したっていいだろう。


「どこ、行くの?」


 ドアノブに手を掛けると、瞼を伏せたままのアカシアさんが聞いてきた。

 こちらを見もしないで。


「お花を摘みに」

「馬車を止めてもらいましょ」

「いえ、おかまいなく」


 手を掴まれた。


「――駄目よ」

「駄目、とは?」

「行っちゃ、駄目」


 体を引き寄せられ、抱きしめられた。

 アカシアさんの胸に顔を埋める形になる。

 特に何も感じなかった。


「わかりませんね」


 顔を少しずらし、呼吸をする。

 疑問に、答えは求めていない。きっと求めてもイケナイんだと思う。

 どうして――。


 言葉が続かなかった。


 後悔するなら、どうしてあんなことを言ったんです?


「必要だからよ」

「私には要りません。もし討伐のことを仰るのなら、何故最初から衛兵を雇わないんです? 現地状況だって、近隣の集落に地理情報を求める事で足りるでしょう?」


 ましてやSランク討伐戦だ。いざという時、紺屋の白袴になったら目も当てられない。


「さっき――。」


 振動? 

 ここに来て震えに気づいた。

 アカシアさんを恐れさせるなんて、何があったというの?


「マリーさんが指示をして飛び出して行った時ね、この後の討伐戦でもこんな風に見送るんじゅないかって思ったら、凄く、寂しくて、怖くなったの……。」

「子供か」

「子供よ」


 私を抱き締める腕に、力が籠り、すぐに緩む。

 私を壊さないように、優しく、でも逃がしはしまいと。優しく、甘く。

 まるで、蜘蛛の巣だな。

お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。


もし何か感じるものが御座いました、下の評価欄の★を頂ければ幸いです。

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