187話 夜に呼ばれて
来週の更新は水曜日に一回ぐらいになりそうです。
戻ったゴギョウさんの表情は浮かなかった。切り出しにくそう。
「急ぎの話じゃないなら、保留って事でどうぞ」
面倒事。余程の事か。ああ、聞きとうない。
「そのような訳にも、参りませんので……。」
眉をさらに困り顔へ歪めてしまった。
ああ、もう!!
「誰の使いだって?」
ゴギョウさん、俺の面倒事なら巻き込めないなら。こちらで早々に引き取るか。
「その……ケイトウ王子殿下、なのですが」
気が抜けていた。そういやここアイツんちだった。
ゴギョウさんの癒しオーラに当てられたか。一緒に居れば油断もするわ。
「是非、今夜はオールで語り明かしたいと仰せで。お使いのかたが、すぐに返答を持ち帰りたいと」
そっか、オールか……。
「せっかくの二人きりを……王子様も気が利きませんね」
「言いたい放題だね」
こちらは本当ならクランと二人きりになってたはずだよ。
「一体何をやらかしたら殿下の覚えも目出たくなられるのでしょう」
俺がやったんじゃねーよ。むしろ、
「プロポーズされた」
「それは……側妻ではないので御座いましょうね?」
「分からん。許嫁が居るとは聞いているが」
「サツキ様がうっかりその座を奪ってしまわれたと」
うっかりにも程がある。
どう転んでも禍根を残すよな。
「申し出を撥ね付けるにも一度会う必要があるか――支度が整ったらすぐに向かうと返してくれ」
「畏まりました。御支度は如何致しましょう? 今のドレスでは少し攻め過ぎてますね。ここは清楚系でいくというのも」
「普通ので騎士貴族の服があるからそれでいいよ?」
これ以上話をややこしくされてたまるか。
登城はまだ三回目だもんな。そりゃアバウトな指示なら迷いもするだろ。
大事な話っていうならプライベートルームじゃなく執務室やサロンでもいいだろうに。
既に乙夜も回っていい加減イラついていた。今日に限ってどいつもこいつも。
……クランにはすまない事をしちゃったな。
結局彼女も事情聴取の後、王城の一室で休むことになった。
ベリー辺境伯は貴族街に別邸を所持しているが、王城にも専用の部屋が用意されていた。有事を見越しての事だろうけど、その辺の貴族とは扱いが違うんだ。
言われた通りに進むと、騎士が扉の左右で警備しているのと目が合う。
多分ここだ。
凄く気まずい。
「何用だ。ここをどなたの部屋と心得ている!!」
騎士の声は硬い岩のようだ。どちらも2メートルを越す。
一応、ここで合ってる様だ。
「召集に預かり参上した。SS冒険者のサツキという。今夜は王城の一室お借りしていたのだが」
「なるほど。その婀娜なる佇まい。物を言う花の容姿。確かにサツキ殿に相違ないな」
何がなるほどだコラ。
「だが、中の主人からは聞いていないぞ」
「今夜はオールと言われた」
「お、オールだと!? 馬鹿な……。」
だよね。馬鹿なだよね?
「そのような事、直属の親衛を拝命し久しいが初めての事だぞ」
「いや、しかし、ここで追い返しては、それはそれで大変な事になるぞ」
もう一人が割って入る。
「拗ねられたら明日の公務にも関わる。今欠けられるのよろしく無い」
王城も捕物帳でてんやわんやだもんな。
「確認する」
騎士が凝ったガラス細工の鈴を取り出し小刻みに鳴らす。
「お呼びで御座いましょうか」
メイド姿が視界の端に現れた。どこから出てきた? 使用人向けの隠し通路でもあるのか。
「冒険者サツキ殿が緊急の召集に応じて参じた。今夜はオールになるとの話だが」
「承知しました、お伺いして参ります」
淡々と言うと、彼女は扉から部屋に入っていった。
ノックが無いのは、時間帯によって入室者が決められているからだ。
外部とのやりとりは使用人を通すのが常だが、気になる事があった。
――さっき俺の部屋に来た王子の使いは、本当に王子の使いなのか?
その答えは、この後すぐに出た。
間もなくしてメイドが戻る。
目元に焦燥の影があったが、すぐキリリとこちらを向いた。
「名乗りは結構ですので、このままお入り下さい。それと――。」
やはり何か戸惑っているようだ。夜に王子からの呼び出しとか俺も戸惑うよ。
「なにぶん夜も遅いです。声はあまり出させないようご配慮下さい」
無表情のまま、妙な事を言ってきた。
その答えも、この後すぐに出た。
ここまでの違和感の正体。
「夜陰に紛れワタクシの寝所を訪れるだなんて。冒険者くんは娘の王女ではなくワタクシを選んでしまったのね!!」
何の事は無い。部屋を間違えたのだ。
って、王妃様!? よりにもよってこんな深夜に人妻の部屋に来ちゃったの!? ていうか外の連中、王妃様が俺を所望したみたいになってたの!?
……。
……。
言えよ!! 最初からおかしいって言えよ!!
「可愛らしい冒険者くん。気をつけなくては駄目よ」
王妃様の瞳の輝きと、色々全面的に透け透けな寝巻きに、思わず生唾を飲み込んだ。いかん、動揺が気取られたか!!
「ふふ、そんなに緊張なさらないで」
赤い唇が笑う。
駄目だ。心が読まれてる。
いやだったら少しは隠そ? 目のやり場に困るってわかるんだったら!!
「子羊ちゃんが狼さんの住処に迷い込んだら、ペロリと食べられるんだから」
炯炯とした眼光が舐め回す。
出口は――鍵は掛かっていない。この距離なら、一気に抜けられる。
「ご諫言、痛み入ります。肝に銘じておかして頂きます」
「まぁ!! 可愛らしい顔をして犯して頂きますだなんて」
「どういう耳しとんじゃ!!」
しまった。思わずツッコんでしまった。
「コホン、この度の無礼はこちらの勘違いによるものです。本来は王――。」
「言わなくても分かっています」
王妃様が被せてきた。やはり読まれておいでか。
「冒険者くんはワタクシのこの熟れた体で冒険したくて抑えきれず、もうどうしようもなくて気づいた時には禁断の扉を開いてしまった、と」
何ひとつ心読んでねぇ!!
いや、確かに!! 確かに!! この紅いシースルーを内側から押し上げる双丘とかもう重力への叛逆じゃん、て目のやり場に困るけど!!
この部屋だってなんか王妃様のすげーいい匂いして落ち着くけども!!
「ふふ、戯れはこの辺にしておきましょう」
冗談だったのか……。
「心を読むまでもなく冒険者くんの視線を見れば分かっちゃうけれど」
「あ、いや、その!! ……お、恐れ入ります」
やべ。見過ぎた。いやさガン見すらしてたかも。
いや、だって、こんな近くにこんな凄いのあったらさ――駄目だ!! このまま流されちゃ。
本来会っているはずの少女を必死に思い浮かべた。
クランの細い手足。華奢な鎖骨。薄い胸。こじんまりしたヒップ。
……。
……。
よし。落ち着いた。
「本人には、あまり言っちゃダメよ?」
「うっす」
釘を刺された。
それより、誤解は解けたようだし早々に――。
「えぇ、分かっています。未来ある冒険者の少年を導くのもまた王妃の勤め。今夜は寝かせてくださらないのですよね? ワタクシも夜直に可愛がって差し上げますわ」
誤解したままだったー!!
「うふふ、安心なさって? メイドにも言われてましたの――近所迷惑になるから声は抑えるようにって!!」
さっきのそれか!!
「さ、もっとご覧になってもよろしくてよ。網膜に焼き付けて。触って感触を確かめて。あなたの心が赴くままに、弄んでもいいのよ?」
何て毒々しい肉体だろう。彼女が身じろぎするたびに、甘い体臭がここまで香る気分だ。
互いの距離をある種のバランスが線になって繋いだ。
バァンと扉が勢い良く開いた。
登場した人物よりもまず先に、廊下側に立つ騎士に助けを求めようとして――ってアイツらどこ行った!? 何か気を遣われてないか!? ていうか、王妃様の寝所に若い男が入るの止めろよ!! 入る前に止めろよ!!
「酷い、王妃ちゃん!! 私に内緒でサツキちゃんに大人の女を教えようだなんて!!」
よりにもよってこの人か!!
「嫌な予感がして、お母さん領地から飛んで来ちゃいました。過去最速、四日で着いちゃったわ!!」
「その予感、娘のために使ってやれよ!!」




