184話 ダンスは二人の為に
今回は詰め込み過ぎ。
「ではダンスは二人切りの楽しみにとっておこう。王宮楽団のフル演奏は中々に壮大であるぞ。庶幾して待つが良い」
それを「二人切り」と呼ぶのは王族故か。
「俺と踊っても楽しくないよ。俺、踊り子だもん。如何に王子殿下といえ、容易くリードを許すわけにはいかないんですよ」
「ほう。それは益々もって胸踊るな」
あ、ダンスに掛けてきた。
お互い不適な笑みを交わし合う。
「どうして……好敵手を見つけたみたいになってるの?」
「男同士の勝負は理屈じゃないんだよ」
片や全身白タイツ。
片やイブニングドレス姿。
「どうしよう……サツキくん達に理屈が追いつけない……。」
すまんのう。
「さて」
全身タイツが床に這いつくばり、地面に右側頭部を当てる。モゾモゾとした動きで益々謎の生物になった。
大丈夫かこの人?
「なるほど、さして遠くへは逃げておらぬな」
ほんと大丈夫か?
「ならば今度こそ――フハハハハッ」
楽しそうに倉庫から駆け出していた。捕縛するのも時間の問題か。
あんなのが追ってくるんだ。執事頭も気がきじゃ無いだろう。
……。
……。
「よし、こいつを仕舞うか。手伝ってくれ」
今の光景を忘れるように、クランと二人で先っぽが露出した時計塔を、こう、ぐっぐって押し込んだ。
「こんな初めての共同作業……侘しい」
あまりにも悲しそうな顔だったから。
つい魔が差した。
彼女に、右手のひらを向ける。
「殿下が戻られるまでなら」
クランは困惑した顔で俺の手を眺めていたが、
「私で……よろしければ」
呪詛は健在だ。
そこは俺が堪えればいい。吐き気も。嫌悪感も。沸き立つ負の感情は呑み込んで、緩やかに少女をリードする。
ゴロツキと兵士達が見守る殺風景な倉庫の中で。二つのドレス姿が寄り添い静かに回っていた。
彼女も恐らく悟ったか――今夜は、もう駄目だと。うん、ごめん。
踊りながら奇怪な寂寞が去来した。
腰から上で彼女の体温を味わう苦痛よ。頭痛が治らない。
それでも、今が俠骨の見せ所だから。
クランがこちらの胸に頭を預けてきた。
正面から受け止めたのは、「フハハハハッ」という王子の笑いが近づいてきた頃だった。
認識阻害は万能ではない。付与術の最たるものだって言っても、集団になれば違和感を産む。ペットの散歩中にこちらにびびって飛び退く一般人を他所に、俺を含める男達は息を殺し、外務補佐卿の屋敷を睨んでいた。
王子が執事頭を小脇に抱えて戻った後、その場で解散となった。現地集合、現地解散かよ。
だが、重要参考人に変わり無く、ゴロツキ、兵士と分けて連行され、クランも王城へ招集中だ。
俺も同行しようとしたら、何故か現場に放り込まれている。
男爵邸にはワイルドが、検察官とこれも何故かマリーを引き連れ赴いていた。
こちらは合図があり次第突入する手筈だが……隣のおっさんがソワソワしてやがる。
「なんかこう、血が騒ぐよな!!」
静かにしろ。騒ぐと近所に迷惑だ。
「陛下、突入までご辛抱を」
親衛隊まで引き連れてる。貴卿らも大変だよな。
ていうか何で王様自ら捕物帳に出てくんだよ。いやあんたの嫡男も大概だけどさ。
「むむ!? 明かりが!!」
「もう少しお待ちを、陛下」
おっさんの声に釣られ屋敷を見ると、ガラスの割れる音と共に三階の窓から鎧姿が放り出された。
ワイルドニキ、派手にやりやがる。
「よし!! 合図だな!!」
「もう少しお待ちください、陛下」
さらに隣の窓も割れ、鎧姿がもう一名ご案内される。
「今度こそ!! な? 今度こそ!!」
「いまいち微妙ですな」
さらに次々と窓が割れ、内側から炎が上がった。
あ、これマリーとシャクヤクだわ。
「ええい、我慢出来ん!! 皆のものォ!!」
「「「おおっ!!」」」
「おかもちは持ったか!!」
「「「おおっ!!」」」
え? おかもち?
その時、運命のいたずらか。
貴族街の夜を覆った暑い雲がゆっくりと移り、天満月の灯りが彼らを照らした。
総勢30名の男たちが、上半身裸にマフラーを巻いていた。高く掲げたおかもちの燻銀が眩しいぜ。
そんな中、俺だけがイブニングドレスのままだった。事案にしか見えない。
「総員!! 突撃や!!」
「「「アザレア王国に栄光あれ!!」」」
滅びてしまえそんな国。
館の中は、まぁ惨憺たるものだった。
調度品や家具は無傷なのに、男爵の兵士達だけ無力化されていた。
被害があるとするならワイルドとマリーが割った窓ぐらいだ。派手に炎が噴出してたが、全て屋外に放たれた為、内装は驚くほど綺麗なままだ。
「証拠品ごと焼かれなくて良かったな」
「ベリーお兄さんが、接収されるからおうちは壊さないようにって。何度も念を押されたんですよ?」
ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らませる。
「そりゃ英断だ。無関係の使用人に退職金ぐらいは払えるな」
一度は行政が押収する形になるが、退職者には接収品を換金した上で分配される筈だ。
「小娘じゃ、屋敷ごと丸焼けが目に見えてる」
声の方を向くと、正面フロアの階段から突入した検察官に道を譲りつつワイルドが降りてきた。
「接収したもので事件性が無ければ分配はテメェがやりな。検察庁は了承してる」
「そんな勝手ができるかよ」
「了承を得たと言っている」
一瞬声を荒げたが、俺に近づき小声になった。
「無辜の民草を放置してれば行政も立つ瀬がない。強制退職ってなら斡旋先から未払い分の退職見舞が保障されれば。いずれ成る配分だったら」
「希望者を引き込むのも自然にか。これ、お前じゃ無いだろ?」
かと言って、王様の発案でも無いな。アレは勝手にやらせて経過を楽しんでる。
「アイツが手配して行きやがった。急に甲斐甲斐しくなったな」
「何の事やら」
元々世話を焼きたがるタイプだ。今になって心境の変化もないだろ。
「屋敷に戻らせたのか?」
「王城だよ。当事者なんだから調書だってあるだろ」
「ああ、そういう事か。ツバキ王女とパジャマパーティだな」
その口ぶりだと度々あるらしい。
言われて見れば検察庁舎じゃないんだな。
「俺もこの後調書だ。明日にしてくれると有難いが」
まさか俺までパジャマパーティに引き摺り込まれたり、しないよな?
「ってことはサツキさん、今日は無いんですか?」
マリー……嗅ぎつけやがったか?
ほら、ワイルドも「???」て顔になってる。
「何の事かは類推の限りじゃないが。件の外務補佐、共謀する貴族らに切られる前に根拠は集めたい。検察だって同じ意向だろうさ」
「それはそうですが……ああもう!! 優先順位!! 優先順位ですよサツキさん!!」
「向こうだってそういう空気になってんだよ!! それで我を押したらどんだけガッついてるって話だよ!!」
納得しかねるマリーも理解できる。
この子と居られるのも僅かだって分かるから。




