180話 麻痺
この作品は本来、悲哀(結ばれることのない二人)がテーマだったのですが、
悲哀じゃなくて卑猥だよなこれ。
「用があるのは冒険者の方だ」
倒れ伏せたゴロツキ達を前に、敵の執事頭は語りだした。
「この者は恐れ多くも国王陛下の御前で衣服事業の特権を求めたと聞く。冒険者風情の無礼をお心の広い陛下は一笑に伏す事もなく受け入れられた」
褒章式のアレだ。
そうでもしなかったら、マジで王女を押し付けられたかもしれない。その上、開拓なんて成功でもしたら確実だ。
そして何が怖いかって。
あのオッサン、アルストロメリアが独立するのを最初から織り込み済みでいやがる。
「だが、肝心のこやつはどうだ? 女学生の姿をし学園生活をエンジョイするなどと堕落した日々を送り、一向に事業計画を進めはしなかった!! これは怠慢である!!」
そこだけ聞くと最低な人だな俺。
特に女学生の姿のくだりが、申し開きの余地も無い。
「お陰でこちらは仕入れた繊維が暴落し、多大な負債を抱え込む結果となった!! 見よこの倉庫を!! かつては昼夜関わらず従業員がひしめいていたが、今では見る影も無い!!」
休ませろよ!! 従業員休ませろよ!!
そもそもパイナスとその傘下が動いてないのに信用買いに走ってんじゃねーよ。
「すべてはそこの冒険者の男のせいだ!! ……おと、男?」
ジィーっと俺をてっぺんから足先まで見る。
気持ちは分かる。
審議の末、理解の輝きが執事頭の瞳に灯った。
「貴様らっ!! 謀ったな!! 誰がこんなエロい姉ちゃんを連れてこいと言った!!」
「エロい姉ちゃんだが、間違いなく言われた冒険者だ!!」
「これ程細身で可憐なのにエロいんだぞ!! 馬鹿も休み休みに言え!!」
どう言うキレ方だよ。
「いいや、間違いなく例のSSランクだね!!」
「まだ言うか!!」
「証拠ならあるぞ!! 見てみやがれ!!」
ゴロツキのリーダーが俺の裾を捲る。
馬鹿、何勝手してるんだよ。
薔薇を模した柄のガーターが現れた。そんなに見るな。
「ぬぅ!?」
「どうだ? これほど美しいおみ足の御仁はそうそう居まい?」
「確かに素晴らしい!! なるほど理解した!! だいたいお前のせいで我らが仕えるご当家が――。」
ぐちぐちとまた始まった。
慨世なら他所でやってくれ。
連中にバレないよう手近のゴロツキの踵を蹴る。向こうが気づくと、くいくいっとクランの方を顎で指した。
「おおう、そうだった。もっと聞きたいんだが」
「何?」
執事頭が睨む。流石にバレたか。
「調子に乗りおって、この上何が聞きたいというのだ?」
「冥土の土産はいくつあっても嬉しいからな」
そこ喜ぶなよ。
「欲張なやつめ。このこの」
「よせやい」
「それで何が聞きたい?」
「恩にきる」
……お前らどんな仲だ?
「冒険者の方は分かったが、そちらの貴族令嬢は何だ? お前らの負債に関わってんのか?」
「まるで関わりがないわぁ!! 小童が!!」
何で逆ギレしてんの?
「だったら何で攫って来させたんだよ!! 聞けば辺境伯だって言うじゃねーか!! 瑠璃紺の天使様と事を構えて生き延びれる訳ねーだろ!! 俺らが思いもつかない残虐な手口で殺されるに決まってる!! もうおしまいだー」
最後の方。適当にも程がある。
『……うちのお父様……どんだけ……。』(ぷるぷる)
身内までネタにされて、クランももう限界が近い。
「ただ、我が主と同盟関係におられる、とある高貴なお方が所望なされた。それだけは言っておこう」
王女の所で聞いたアレかな。貴族体制の闇でもある。そしてその闇の最高峰がロリコンの天使げふん、瑠璃紺の天使ことベリー辺境伯という皮肉。
「もう一声!! もう一声だけ!! そのお貴族様ってのは一体どこのどなたなんですかい?」
値引き交渉するように男が粘った。
『すげーよな。こんな調子でどんどん情報を引き出しちまうんだぜ?』
『……お願い……話しかけないで……今はお腹が』(ぷるぷる)
『撫でて欲しいのか?』
『お姉ちゃんは……犬か……。』
『犬のように扱ってやんよ』
『……上から……くるの? この状況……何?』
『雨雲のたゆたいくれば魑魅どもの宴か』
『どうして……今ポエム詠んだの……? お姉ちゃんを殺す気?』(ぷるぷる)
いかん。おちょくり過ぎた。
指で輪っかを作り、男達にだけ見えるようにくいくいっと合図をする。そろそろ締めるぞ。
「さぁ言った言った!! そのお貴族様ってのはどこのどなた様でさぁ!!」
「一気にぶちまけてくだせぇ!!」
「イッキ!! イッキ!! イッキ!! あフェニックス!!」
「いい加減こっち気づけや!!」
……。
……。
あ。思わず叫んじまった。
いやコイツら。目的忘れてんじゃねーか。
「ヒィイ、旦那!? 何で起き上がってきちゃうんですか!?」
「マジ最悪っすわ」
え? 俺が悪いの?
ゾクリときた。
遅れてゴロツキ達が悲鳴を上げる。
背後で異質な気配が湧き上がった。
「サツキくん……私がせっかく堪えていたのに……どうして我慢出来なかったんですか? ……どうして? ……ねぇ、どうして?」
耳元で囁かれる怨嗟に、嫌な汗が首筋を伝った。
視界の端で、多勢に無勢でも気丈に振る舞ったゴロツキが一斉に怯え慄くのが見える。
ああ、喉の奥が乾いて苦しい。
呪縛を解いてくれたのは、意外にも敵の執事頭だった。
「貴様ら!! 我らを謀ったな!! たかが冒険者が!! 我らに使われるだけの捨て石の分際で!!」
背後の眼光がそちらへ向いた。
よし。体は動く。
「ええい!! 乱暴になっても構わん、コイツらを捕らえよ!!」
今まで事の成り行きを見守っていた私兵が一斉に動いた。
「俺たちに乱暴をする気か。薄い絵巻物みたいに!!」
「後悔しても遅いわ!!」
武装した男達が押し寄せた。
すぐに足が止まる。
俺の右側から白雄のような腕が正面へと突き出ていた。繊指には、指揮棒が摘まれている。彼女が太ももにくくりつけていた小型のロッドだ。
「簡単なパラライズ……だから後遺症は残りません」
麻痺系の初歩だ。杖が小型軽量化しているため、どのみち大技は無理だ。
それでも、貴族の私兵如きを止めるにはさ。
……。
……。
あれ? 何で皆んな前屈みになって止まってるんだ?
そおっと背後のクランを見ると、こっちはこっちで涙目になっていた。
「どうしようサツキくん……お姉ちゃん、穢されちゃった」
あー、小型ロッドを出すのにスカート捲らなきゃだしな。
「よし。コイツらの記憶を全部消すか」
「……できるの?」
「物理で」




