179話 クランの腹筋
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下品さを押さえるのが今後の課題です。
幌を張った古びた馬車が到着したのは、倉庫街の一角だった。件の外務補佐の所有地だ。
夕刻は集荷や最終の発送で賑わうはずだが、人気がまるで無い。寂れた空間に、遠くの区画から影絵のような作業員の賑わいがこだまする。
『まるで打ち捨てられたようだな』
『経営の才覚が……無かったのでしょう』
見た目だけの猿轡をした口で、小声で疎通する。
報告じゃお抱えの商社がプラットフォームに稼働していたはずだ。今日の為に無人にしたのか?
「鍵はオレが預かってます。中で落ち合う手筈ですので、そろそろ会話は」
男の言葉に小さく頷く。
猿轡も両腕の上から胸ごと縛り上げた縄も形だけだ。そういうスタイルだ。いや違う。こちらの自由意志で解放できる。違うから。
「オレ達が案じるに及ばねぇと思いますが、いざってぇ時は盾にもなりましょうや。どうか安心してくだせぇ」
お? 意外と侠骨な事を言ってくれる。
どうにもこの五人組、最初に会った時より変わりつつある。
「ただ、胸襟を開かせて頂ければ、御二方とも、もう少し、その、肉付きがよろしければと」
「うるせーよ」「うるさい……です」
「……失礼をこきました」
俺たち二人の殺気を浴び男の顔が青ざめたが、気に留める余裕は無かった。
こっちは倉庫が立ち並ぶ路地を進むにつれ、妙な気配を感じていたんだ。
敵意では無いが、俺達が仕込んだ配置でも無い。ワイルドは別件で出ている筈だ。検察官と外務補佐にはこの後だ。マリーが着いてきた訳でも無い。あえて言うなら、これは傍観者か?
「こちらです」
『ここからは畏まるんじゃないよ』
正面の倉庫に入った。
中は殺風景だ。荒事を懸念して商品や荷物は別に移したのかもな。
中央には執事服を先頭にした数名が居た。貴族の私兵か。全部で16名。本当に認識違いをしてるらしい。
SSランク相手にゃ足りねぇよ。
「望みの娘を連れてきたぞ!!」
男が声を張り上げると、正面の執事服は咄嗟に人差し指を顔の前で立てた。
「しー、しー、ご近所迷惑になるだろっ」
辺境伯令嬢ご誘拐など企てる割には気が小さい。
「ほら、これでいいんだろっ」
と男も小声になる。付き合いいいなコイツ。
背中を軽く押され、縄で縛られたイブニングドレス姿の俺たちが前に出た。
「ほう。これはこれは」
床に崩れる俺達に、連中がおかしな視線を無遠慮に浴びせる。
隣のクランがムッとして俺を小突いてきた。馬鹿、バレるだろ。何に怒ってるんだ?
「どうして……サツキくんばかり」
……。
……。
あ。アイツら、何だって俺の方ばっか見てるんだよ!!
「ほほう、これはこれはですな、執事頭殿」
「ううむ、これはこれはですなぁ」
「いやぁまったく、これはこれはですなぁ」
「サツキくん……ほんとこれはこれはだよ」
特に集中したのが裾が大きくはだけたドレスから伸びる足だ。
あとさり気なく混ざるな。
「うむ。宜しい。報酬を受け取り早々に退散するがいい。尚、報酬受け取りの際は、受け取り証明書にサインを明記するように。経費で落とさねばならんからな」
……経費かよ。
「なぁ、お貴族さんがこんなお嬢様がたを攫ってどうしようってんだ?」
「貴族? さて何のことかな。お前らには関係のない事だ。さっさと行け」
「まぁそう言うなって。あんたも大層なお貴族様の家令様に見えるがねぇ。他にも儲け話があるのなら乗っからせて貰いたいじゃねぇの」
「黙って帰れば、出口までは生きながらえたものを――。」
執事服が合図をする。
最初から口を封じる手筈か。
一斉に私兵どもがゴロツキに襲い掛かる。手にしているのは細身のサーベルだ。
「お嬢さんがたをお守りするぞ!!」
「おうよ!!」
気丈にも俺達の前に出る。
武器はこれも細身だがしっかりした刀身。バスターソードだ。作戦に伴い辺境伯家で支給した。
「ぬわ」
「うわ」
「これはたまらん」
棒読みで次々と倒される5人組。あくまでふりだ。クランの加護が守ってるんだ。そうそう破られまいよ。
でもな、ここまでお膳立てしたってのに。
「流石は兵士だ、強い」
俺の隣で小さな肩がびくんと跳ねた。
「くそ、持病の腓返りが」
俺の隣で細い背中がプルプルし始めた。
うん、分かる。俺のせいだ。
……コイツらに小芝居を期待した俺が馬鹿だった。
「くそ、これが戦闘のプロとフリーアルバイターとの力の差か」
「まるで歯が立たないぞー」
もういい。もういいから喋るな。
隣を見ろ。
クランが俯いたフリをして笑いを堪えてやがるぞ。
「こ……こむらがえり……一体何のダメージを受けたら……。ていうか……何で腕を押さえてるのよ」(ぷるぷるぷる)
向こうには聞こえて無いからいいものを。
それを言った男が、クランを向いてニカっと笑い親指を立てた。
「ぶふっ」と俯いた少女から聞こえた気がした。
余計な事してんじゃねーよ!!
「ふっ、手こずらせてくれおって?」
ほら、相手の執事頭も疑問系になってるよ。
「俺たちじゃ敵わん。こうなったらもうあれだ。諦めて冥土の土産を語ってくれ」
「私が諦める方だと!?」
「ほら、言いたい事もあるだろ? 何故テメェらのご主人がこちらのお嬢さんがたを狙ったかとか」
「簡単に言うと思ったか!!」
「そこを何とか。いよ!! 大貴族の執事頭!!」
投げやりかよ。
尚、二十八外務補佐の爵位は、何の事は無い男爵だった。
「いいだろう。知りたければ教えてやろう」
「いよ!! 流石は黒幕の貫禄!! そうでなくちゃ!!」
いや君らはもういいから。もうそれ以上はいいから。
小刻みに震えるクランの腹筋が辛そうだった。




