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177話 場を温めて

182話でまた新たな変質者が登場予定。頑張っていきましょう。

「いずこの命令だ? 標的ってのは俺だけじゃないな? いやいいぞ。喋らなくても。物言わずとも、お前らの体には使い道がある」


 自分の声に思えなかった。冠氷(かんぴょう)が隔絶する様に。それでいて結氷湖の危うさに、足元の感覚が朧げになる。

 クランを嫌悪しておきながら、それ以上に彼女への誹謗に腹が立った。


「ちきしょう、何しやがった!?」

「足が……くそっ、一度に全員かよ!!」


 悪態をつく元気はある様子で何よりだ。


「そうだ。一度に全員だ。全員一緒だ。誰も助からない。誰も逃がしはしない」

「ひぃぃっ!?」


 正面のヤツの顔の横で囁くと、口から泡を吹いて気絶しやがった。

 今からそんな事でどうする。


「待て、待ってくれ!! 話を持ちかけられたんだ!! どこぞの貴族に仕える執事風の男によぉ!! 歳は50ぐらい!! それ以上の素性はわからねぇ!!」


 リーダー格の説明は、正直どうでもよかった。

 たった一人の獲物を囲み、しかしそこから逃れられない。まさに天豪雪獄よ。


「お前らの魂を慰める気などない。究竟(くきょう)の果てが斬首台とは、儚いものだな」


「「「ざ、ざ、斬首!?」」」


「まさか!! まだ何もしていないのに!? 斬首ww」


 何で笑ったの?


「この館の令嬢を侮辱した。お前らが口にしていいような方では無い。その時点でギルティ」

「ただの噂話だろ!! 横暴だ!!」


 人を襲っておいて?


寓言(ぐうげん)と侮るか。相手を見て言え。それこそ如何様にも処断できるわ」

「コイツ、狂ってやがる!!」

「お前らにはその体でもってメッセージになってもらう」

「メッセージだと……?」

「ベリー辺境伯の令嬢に手を出そうとした末路として」


「私が……どうしたの?」




 声の方を向くと、純白のブラウスと紺色のプリーツスカートに同型のベストを着た辺境伯令嬢が居た。スカートとベストに施された金糸の刺繍が濃紺に映える。それでいて細い脚から足首のタイトなソックスにかけての流線があまりにも清楚で、思わず目を逸らしてしまった。

 吐き気から。


 背後に、ベリー邸の正門へ消えて行く馬車が見えた。今帰ったのだろう。確か衣装の受け取りだと聞いたが。


「ワイルドもマリーも君の帰りを待ってから食卓に着くと言っていた。早く行って顔を見せるといい」

「彼らは?」

「ただの酔っ払いだ。館の前にいられちゃ醜聞になる。警護に連行してもらおう」


「そう」とだけ言って、手近の男の前にスカートを綺麗に太ももとふくらはぎの間に折ってしゃがみ込む。


「本当はどうしたの?」

「す、すまねぇ、よその貴族の使いの依頼であんたら二人の拉致を計画してたんだ。依頼元は分からなねぇ。声を掛けられたのも今回が初めてだ。前金が良かった。相当羽振りがいいんで、つい。そこの美女、いや兄さんか? が一人で来たんで襲い掛かったが、一瞬でこのザマだぁ」


「そう」と短く言ってこちらを向く。

 全部吐きやがって。肩をすくめて見せた。


「ん」


 小さく頷く。この意図が分からない。旅の時も度々あった。

 立ち上がり、辺りを見回す。何かを思いついたように館を見た。待機してたんだろうな。すぐさま門番の内二人が駆けつける。


「サツキくん……踊って」

「俺かよ!!」


 渋ったが、クランがジッと見つめてくる。


「俺はやらんぞ、教会にでもお布施がてら連行させろ」


 深い湖のような瞳の輝きは、月夜の元ですら澄んで見えた。


「そもそも襲ってきたのコイツらだ。冒険者の理に適ってるはずで――あ、はい、回復させて頂きます」


 クランの両手がスカートの中に差し込まれたのを見て、慌ててステップを踏む。

 踊り子(回復)Ⅴ。小規模回復術だが、これでヒールになる原理は俺も知らない。


「……命拾いしたわね」


 布地は太ももの上部まで降ろされていた。


「ていうか少しは躊躇えよ!! どうして変なところだけ思いきりがいいんだよ!!」


「ん」と満足気に鼻を鳴らし、太ももに掛かった布地を引き上げた。後ろの方に指を回し「パァン」といい音を鳴らす。

 おい、辺境伯令嬢?


「足が、足が戻った!!」

「傷が消えただと!? 奇跡か!!」

「ぎっくり腰の痛みまで引いたぞ!?」


 男たちが口々に歓喜する。辺境伯邸前はちょっとしたサバトの様相だ。


「ん」とクランがVサインを見せる。いや、回復したの俺だけど。


「おおっ、この方々こそは女神の再臨でないのか!!」

「正しく!! 我らのような粗暴な者に、かくもお慈悲を賜るとは!!」

「ありがたやぁ、ありがたやぁ」


 ……。

 ……。


 さらっと俺を女神に混ぜるな。


「代行、これは一体何のサバトでしょうか?」


 到着した門番が困惑した。

 そうか。

 素人目にもサバトに見えるか。


「貴方は、警備部に言って……ここ一時間の館の周囲の……人の動きを洗い出して。この人達と……接触のあった人物や……館を伺う不審者と、それと」

「他貴族家の使用人、執事、使いっ走りもだ」

「使いっ走りもよ」


 一瞬門番が奇妙な目で俺たちを見たが、すぐ短く礼をして館へ駆けて行った。


「それと貴方は、この紙に書いてるところに行って……これを見せて」

「承知しました。ご予約ですね。時間はいかが致しましょう?」

「私は一時間後……先客は直ぐに。奥へ通して頂いて」

「確かにお預かりしました」


 もう一人の門番が大通りへ駆けて行った。


「で、お前は戻らないのか?」

「すぐ着替えに戻る……から、サツキくんはこの人たちをお願い」

「おう、衛兵に突き出すんだな任せとけ」

「ひぃぃ、何卒、何卒穏便にー!!」

「それじゃ回復させた意味無い……お姉ちゃん、聞き分けの悪い子は嫌いです」


 何で俺が悪い流れになってんの?


「この先の酒場を予約したから……先にみんなで温めていて」

「場を温めてどうする気だよ!?」


 ていうか、酒場? 貴族の屋敷が集まった区画にそんな気の利いた店があったか?


「さっき門番に預けてたものがあったよな?」

「? ……ポイントカード?」

「そっか」

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